#04 《帝国よりの》編

#04-1 今回のお仕事、ボクと、だから


 視線をさえぎるもののない、広い平野の真ん中に。

 その家屋は建っていました。


「ふぅ、ん」

 わたしの横に立っていた、赤い修道服スカプラリオを纏った少女は、唇の右側だけを上げ、ニヤリと笑うと。

「成程。これだと、あちらも、身は隠せない、けど。……見てるこちらも、身を、隠せない。考えられてる」

 淡々と。感想を口にします。


 遠目に見えるその建物は、はたから見れば、ただの民家。

 悪魔とは人の心に潜むもの。

 それを体現しているように。

 如何にもな廃墟はいきょではなく、逆に周囲から秘匿ひとくされた隠れ家でもない。知らなければ、そこに悪人が住んでいるなんて、夢にも思わないでしょう。

 

「どうする、ミレン?」

 尋ねられたので。

「うーん」

 少し、考えて。

「もう、突撃で良くないですか?」

 わたしは考え無しの作戦を提案しました。

「無茶。でも、それでこそ、ミレン」


 無茶、と言う割には、自身の武器を準備して。その作戦をそのまま受け入れる体勢に入っていたので。

「アレックスに言われたくは無いです」

 わたしは、ぷぅ、と唇をとがらせねてみせるのですが。

「それは、仕方、ない」

 彼女……アレックスは笑みを濃くするばかり。


「だって、ボクと、ミレンが組んだら。こんなやり方、しか、して来てない、もの」

 そしてアレックスが続けた答えは、正にその通りで。

「……幼い頃は、無茶ばっかりしてましたもんね」

「今も、の、間違いじゃ、ない?」

 わたしは苦笑いしか出来ないのですが。


「……アレックスといるから、でしょうか」

「……まるで、ボクのせい、見たいな、言い方。今回は、ミレンの、せい、なのに。ボクは、巻き込まれた、側」

「そ、そんなこと言わないでくださいよ」


 ジト目で見られて、ちょっぴりドギマギ。

 少しの時間見つめあって。

 そしたら二人で、吹き出して笑う。

「……いっつもの、こと、か」

「ですね」

 これがわたし達のいつも通り。


「じゃ、ま」

「はい、今日も」


 わたしはかんざしハースペルに手を当て。

 アレックスは、

 

「お仕事に、励みましょう」


 目的地に向け、ゆっくりと。歩を進めるのでした。

 

 ――。

 ――――。



 自給自足を旨とする修道院では、当然の事ながら、食料の生産および加工というのは最重要課題といえます。


 当院はそれほど大きな規模の院では無いとはいえ、それでも二十名近い修道女が在籍しております。加えて、飢饉ききんの時の備えや、近隣への支援なども考慮しますと、やはり相応の生産力が求められます。

 特に農作物の生産が、非常に大きいところですね。


 実は当院が所有する土地の多くは、この地を治める貴族家……分かりやすく言い換えれば、この地の領主様より、寄進を受けたものです。我々はその土地を活用し、農地などにてているのです。

 そしてそれは同時に、当修道院が、領主一族の庇護ひご下にあることも意味しています。


 勿論、土地の領主様の後ろ盾というのはとても有難いものですが、同時に昵懇じっこんの仲を保つ為に、領主様からの『ご依頼』を請け負うことも多く、それもまた重要なお仕事だったりするわけでして。


 今は遠く、港湾都市まで『出稼ぎ』しているマリー辺りに言わせれば、「政治ってのは、なのよ」という事です。


 さて、午前早くから続いていた農作業は、太陽が天高く昇る頃に、一旦休憩となります。

 通常はこの後、正午の祈りを捧げるために聖堂へ向かうのですが。


 今日は少し様子が違うようで……。



 ガタガタガタガタ……ッ!

 

 遠くから響いてきたその騒音の原因は、農作業の一旦の片付けをしていたわたしたちの側まで来て、馬のいななきと共に急停止しました。

 何事かしらと見ていれば。馬に引かれていた馬車から顔を覗かせたのは、妙齢の女性。


「やぁミレン嬢、ご無沙汰しているよ」

「か、カルラ様?!」

 艶やかな赤髪を手ではらいながら、彼女……カルラ様は、わたしに向かってそんな風に挨拶をしてきたのです。


「すまない、急用でね。ヒルベルタはご在席かな?」

「は、はい。おそらく執務室におられるかと……」

有難うベダンクト。……回してくれ」


 ぱっと手を軽く振ったかと思えば、カルラ様は御者に指示を出し、馬車はそのまま発進していきます。

 颯爽さっそうと去っていく女傑じょけつの背を見送って。

 後に残された私はといえば、片付け損なったくわを手にしたまま、呆然と立ち尽くしてしまっているわけなのですけれど。

「ミレンさん、今のは……?」

 おずおずと、エミィが尋ねてきたので、はっと立ち返ります。


「カルラ・ファン・ローセリア様……と申しまして」

「ローセリア……?」

 エミィの顔にはハテナマークが浮かんでいます。

 まぁ、当然の反応でしょうか。

 

「はい。……この辺り一帯を治める、ローセリア家当主のご息女様であらせられますね」

 にこりと微笑んで答えますと、エミィは「へぇ」とうなずくわけですが。その顔はすぐに「あれ?」という顔に変わります。

 本当に、覚えの良い娘です。


「そうですね、つまりは――」

 だから答えはすぐに導かれます。


「――未来の、領主様ですよ」


 ――。

 ――――。



「ミレン」

 正午の祈りを終えた直後、呼ばれた声に振り向けば。

「お仕事、だってさ」

 赤色の修道服スカプラリオに身を包み、くいっと右手の親指でわたしを奥へと誘う、アレックスの姿がありました。

 なんとなく、呼ばれるのかなぁとか、予感というか覚悟をしていたわたしは、素直に頷きます。


「ごめんなさい、エミィ。やっぱり、お昼からはお手伝い出来ないみたいです。行ってきますね」

「はい。……お気を付けて!」


 笑顔で見送ってくれるのは嬉しいのですが。

 心配なんていらないんでしょうけど、ことエミィに関しては、後ろ髪を引かれてしまうのは何故なのでしょうか。

 笑顔のままやり過ごそうとしても、ついつい離れ難く感じると言いますか。

 

「は〜い、じゃあエミィは昼からは、あーしと一緒に作業しよっか〜」

「は、はい! よろしくお願いします、イマさん!」


 そんなわたしを見てとったのか。

 ぽんっとわたしの背中を叩きつつ、イマがエミィに声をかけて行きました。去り際にこちらをちらりと、背中越しにウインクをひとつ残して。


 ……わたしはいつも、周りに助けられてばかりですね。


 その背にぺこりと一礼して。

「すみませんアレックス。すぐに準備しますので」

 振り返り、後ろに立っていたアレックスに声をかけます。


「ん。懺悔の小部屋ビリフトゥカーメルで、説明が、あるってさ」

「わかりました」

 わたしの返事を聞いて後ろを向いたアレックスでしたが。


「あ。そう、そう」

 そのまま横顔で目だけこちらを向けて。

「今回のお仕事、ボクと、だから。……よろしく、ね」

 それだけ言い残して、再び歩き出されます。


 彼女自身が真っ赤な修道服仕事着を着ていた時点で、予想はしておりましたが。

 、ですか……。

 十中八九、カルラ様案件でしょうけれど。

 マリーが不在だから、というのもあるのでしょうが、正直、最近あまりなかっただけに。


 ふる……っ、と。身体が震えたのは。

 武者震いか、あるいは単によろこびに震えたのか。


「あはっ――」


 高鳴る胸の鼓動を感じつつ。

 わたしは準備に向かうのでした。

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