#03-6 悪魔的な笑いを浮かべて


 あたしが祈りを終えるのと、デルクが到着したのはほぼ同時だった。


一先ひとまず、後処理はこちらの教会にお任せしましょう」

 デルクの後ろには、同じ修道服スカプラリオを着た修道士達が何人も立っていて、その言葉を合図にそれぞれが仕事を開始する。


 どこかで出待ちしてたんじゃないかと疑ってやると、彼は軽く笑ってから。

「えぇ、良いものを見せてもらいました」

 そう、言葉通りの良い笑顔で返された。


『そういう輩が成敗される瞬間とか、想像するだけで垂涎物すいぜんものですね』


 港湾都市に来る道中にそんなことを言っていたな、ということを思い返せば、初めから手を出さずに遠巻きに見ているつもりだったのだろう。

 加えて、あたしが仕事をしている間、この辺り一帯に人が近寄らなかったことも、きっと彼らの力なのだろうという答えに辿り着いて。

 理解した上で、抱いた感想はひとつ。

 くそう。

 

「お疲れ様でした、マリーさん」

 しかしながら、そんなことは何処吹く風。優しい笑顔でねぎらわれると、悔しいが、ほっとするのも事実で。

「ありがとう、デルク」

 深い溜息と共に、素直にお礼を口にした。


「……ぅわっ!」

「ッ! マリーさん?!」


 ほっとしたら、急に足がガクッときて、倒れそうになってしまった。

 幸い、あたしの隣にいた気遣いの出来る男デルクが支えてくれたから、けることは無かったけれど。


「だいぶ、お疲れのようですね……」

「あたしには荒事は向いていないのよ」

 軽口を叩いてみたけれど、割と本気で疲れてるみたい? びっくりするくらい、体に力が入らないのよ、これが。


「あー……、割とマジっぽいわね、これ」

 クローヴィスにぶつけた揮発ガス。

 吸わないように修道服スカプラリオで口元を覆って飛び込んだけれど、完全には防ぎきれていなかったのかしら……。

 

「一旦、教会の一室を借りて、解毒剤を処方してもらいましょう」と解決策を提示しつつも。「……あおった僕も悪かったですが。マリーさん、今回は少し、張り切りすぎでしたね」

 苦虫を潰したような顔でそんなことを言うものだから。

「……これは、あたしなりの贖罪しょくざいなのよ」

 返した言葉は、思いがけずねた口調で。


 言わずとも良いことを口にしてしまった後悔とともに、我が事ながら、自責の念に駆られてしまう。



 あたしはかつてたくさんの人間を、毒で殺してきた。


『ごめんなさい』


 全く無関係の人間から、近しい身内まで。


『こんな弱い子に生まれてごめんなさい』

 

 それは父や、夫。それに――。


『ごめんなさい、お母さん』


 ――実の娘さえも。あたしはこの手にかけた。


 今更何をしたところで、その罪をあがなえるとは思っていない。


 神様は、平等だ。

 そこに恣意しいはなく、意思もない。

 あるのは、究極的に二元論。


 正しき人には救いを下さり。

 罪深き人には裁きを与える。

 それだけのこと。


『――ごめん、なさい……』


 記憶の中の謝罪の言葉は、誰の声だったのか。自分にもわからない。

 けれど、それでも。


 あたしは、人を殺すという罪で、大切な家族を殺した罪を贖い続け、ゆるしをい続ける。


 それがあたし、マリー・マドレーヌという血塗れ修道女ブルーデフノンが選んだ、つぐないなのだ。



「僕ごときが、知ったふうな事を口にする訳には行きませんが」少し悩みながら、デルクは言う。「罪を罪として受け止め、それを贖おうと努力を惜しまない貴女だからこそ。僕たちは、僕は、力を貸すのです」

 真っ直ぐな瞳を向けられて。

「それを忘れないで下さい」


 ……まったく。修道士にしておくには惜しい、いい男だわ。

 

「デルク……貴方、出家しておいて良かったわね」

 けれど、あたしの口から出るのは、思っていることと真逆の言葉で。


「……どういう意味ですか?」

「そうじゃなきゃ、相当な数の女を泣かせてるわ」

「えぇ! どうしてですか?!」


 本気で困惑しているデルクに、あたしは浅く笑ってあしらう。

「はぁ……。馬鹿なこと言ってないで、教会に急ぎましょう。ちょっと、失礼しますよ……ッ!」

 口にするや、あたしの視界が一段高くなる。

 あっという間に横抱きお姫様抱っこで持ち上げられていた。


「……あたしはこのまま、新居にでも連れていかれるのかしら?」

「教会に行くと言ってるじゃないですか!」

「え? じゃあこれから婚礼なの? いやん、ダメよ、あたしのこの身は神様に捧げたの。略奪? 神様からの略奪婚なの?」

「はいはい、いいから行きますよー」


 とりあえず、バカ言う元気はあるのだと理解はしてくれたらしい。

 そのまま小走りで動き出した。

 

 ……デルクがいい男すぎて、泣きそう。

 そんな顔を見せたくなかったのだけれど、かかえられたままのあたしに逃げ場はなかったので。

 デルクの胸に顔をうずめた。


 一瞬、歩みが止まるが。すぐにまた歩き出す感触があった。

 察してくれたのだろう。

 そうしてあたしという急患を載せたデルク号は、教会に緊急搬送されたのだった。


 ――。

 ――――。



 ここまでが、あたしが今回重ねた罪のお話だが、この話にはもう少し続きがある。

 そう、依頼主への報告だ。


 ラウレンス・ヨハン・ファン・ルクスルーブラム。

 あたしが教会に運び込まれた数日後、彼は颯爽さっそうと現れた。


「体調はどうだい?」

 依頼内容の達成報告はすでに部下から受けているのだろうが、開口一番にこちらの体調を心配出来る辺りは、流石さすがだなとか思う。


「お陰様で、もうすっかり」

 もっとも、渦中のあたしなんぞはすでに快復していて、客室でカップを片手にくつろいでいたりするのだけれど。


 控えていた世話役デルクは、お偉方ラウレンスの来訪を見るとすぐに椅子を引き、一礼をしてそっと退室した。

 それを確認すると、ラウレンスは引かれた椅子に着席して、体勢を崩す。


「ふむ。……珈琲かと思ったら、それはひょっとして、チョコラートかい?」

「えぇ。体に良いからと、勧められまして」

「成程。共和国ではカカオは比較的安価に手に入るから、病み上がりには良いかも知れないねぇ」

 二人きりだからだろうか。ラウレンスの言葉遣いはの方だ。


「さて。お互いに睦言むつごとを語らう仲でもないし、本題と行こうかね」


 せっかちな殿方は嫌われましてよ、閣下?

 そう思ったけど、口にすると話が長引きそうなので止めておいた。病み上がりで『高貴なやり取り』は、ややもすれば会話が終わらなくなる。


ずは、期待に応えてくれてありがとう、かな。見事な手腕だったよ、姉妹ズッセンマリー」

「お褒めに預かり光栄ですわ」


 穏やかな笑顔で褒めながら、しかし瞳の奥はひとつも笑っていなくて。


「その追加報酬、というわけでもないが」

 指で口元を隠しながら身を乗り出し、続ける。

 前にも見たな、この動作。癖、なのだろうか。

「大元の『魔女』について、いくらかわかったことがあってねぇ」


 ……そうきたか、この男。


「無論これは、協力者にしか明かせない情報、という奴だけれどね?」

 協力しなければ情報は開示しない、と。

「随分と意地が悪いことをおっしゃいますのね」

「ふふ。男というものはね、良い女の前では、つい意地悪になってしまうものさ」


 くつくつと。聖職者らしからぬ悪魔的な笑いを浮かべて、ラウレンスはうそぶく。

 それはあたしに、今後協力しないという選択肢は存在しないことも理解した上の仕草だろう。


 心の内で舌打ちひとつ。

 両手を上げて降参の意を伝えると、彼は心底愉快そうに笑った。

「末永く、お付き合いをよろしく頼むよ、マリー・ド・ルーフス」


 イラッとしたので、思いっ切り嫌そうな顔をしてやったのだが、その悪魔の表情は、笑顔から変わることは無かった。

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