#03-4 この世界はどっちも腐っているな


「悪魔との、契約?」


 デルクから飛び出した随分と突飛な情報に、あたしは首をひねることしか出来なかった。

「ええ。全力で我々に喧嘩を売ってますよね」

 喧嘩を売られたと語る割には、何故か嬉しそうな修道士である。


「悪魔と契約を交わすことで、その者の願いを叶える悪魔の薬を手にすることが出来る……という触れ込みで、契約者を増やしている『魔女』がいるそうです」


「ああ、そういうこと」

 得心とくしんがいった。つまりは「『悪魔との契約』を広告として利用している、毒薬の売人がいる、ということかしら?」

「まとめると、そういうことです」


『確認できているだけで、六人、こいつに殺された。それも厄介なことに直接的な外傷によるものでは無く、毒によるものと判断される』


 毒の売人というキーワードと、過日ラウレンスが語った情報がリンクする。

「その魔女とやらが何者なのかはまだ不明なのですが……。近年の傾向から、西王国の出では無いかと疑っています。くだんのクローヴィスも、この魔女の顧客である可能性が高い。クローヴィスという名も、ふるい西王国の王の名にあやかったものでしょう」


「西王国の者が、悪魔と契約を交わしてしまった、と?」

 あたしの問いに、彼は頷きを持って返す。

 

 毒の使い方を教わって、それで殺人を犯し。

 その快楽に酔ったのか、連続的に罪を重ね続けた、か。

 

 ああ、成程なるほど

 これはたしかに。

 だ。


「やる気、出ました?」

 苦笑いしながら疑問符を投げかけるデルクに。

「えぇ、とっても」

 返したあたしの笑顔は、多分、酷く冷たいものだったのだと思う。

「嬉しそうで、何よりです」

 含みのある言い方だ。


 デルクの表情リアクションを見て、ちょっと冷静になれたヤバいなと思ったので。

「そういう貴方も、随分と嬉しそうだけれど?」

 話の矛先を変えつつ、あたしはいつもの通り、本当の笑顔の上から、笑顔の仮面をかぶり直した。


 さてあたしの小賢しい話題のすり替えに、気付いているのかいないのか。

 こちらの問いかけに、びっくりするくらいにいい笑顔を浮かべて。


「いやぁ、悪魔をかたって毒の販売でしょう? 宗教と世俗、どっちの権力にも歯向かうとか、そんな叛逆はんぎゃく、許されざるですよ。そういう輩が成敗される瞬間とか、想像するだけで垂涎物すいぜんものですね」


 ……そうか、デルクってば、こういうトコあったわね……。


 真面目で正義感が強く、裁くべき悪に対して容赦がない。それは修道士としては有能な人材である証明なのだろうが、一歩間違えると過激派に分類されてしまう考えと言えるわけで。

 そして多分に彼は、半歩くらいは間違えている。

 一歩では無い。ギリギリで。


 ……ま、人のこと言える立場でもないんだけど。


「そんなわけで、背後の闇を手早く調べあげ、叩くことが最優先なのですが、今回はその末端のひとつ、と判断されましたので……」

貴方デルクが派遣されてきた、と?」

「そういうことですね。あはは」


 爽やかに笑う修道士の姿に。

「……まったく。ウチの修道会には、ロクな奴が在籍してないわね」

「いえいえ、まったく。同感です、姉妹ズッセンマリー」


 どいつもこいつも。被った仮面の精巧さだけは立派なくせに、中身はどこまでも真っ黒で。なのに同じ色した真っ黒な世界を憎んで、白に染めようとしているなんて。

 

 世俗も宗教も、この世界はどっちも腐っているなと痛感させられて、あたしは大きなため息をついた。


「そういうわけですので、今回の僕の役割としては、男手が必要なことのフォロー、くらいなもので、基本的にクローヴィスのほうはマリーさんにお任せする形になると思います」

「ふぅん。つまり貴方は、背後の魔女を洗い出す方に専念する、ということね」

「ですね」


 まぁ、おおむね予想通り、かしら。

 それでも、何も問題は、無い。

 あたしは、あたしのやるべき事をやる、それだけの話。むしろ一人で実行する、そのための手筈を整えてくれるのだと思えば、最高の助力ね。

 

 かたん、かたん。

 いくつもの思惑を乗せた馬車は、軽快な音を立てながら走り続ける。


「到着する頃には、日も落ちているでしょうから。良ければ今の内に眠っておかれると宜しいかと」

「あら。デルクったら、美女を寝かしつけて、一体何をする気なのかしら」

「いやぁ残念ながら、無事に港湾都市にお連れするくらいしか、出来ることがないんですよ」

「ふふ。よく出来た相棒ね」


 馬車というものはもう少し揺れるものなのだけれど。

 この相棒にかかれば、そんな振動さえ心地よいものに変わる。

 思わず込み上げてきた欠伸あくびに、我ながら苦笑いだ。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えさせていただくわ、デルク」

「えぇ、ごゆっくり」


 笑いあって。

 その後は沈黙がおりて。


 気付けばあたしの意識は、眠りの泥に沈んでいた。



 モクモクとけぶブラウンカフェ内では、体格の良い男たちが珈琲と煙草を手に、喧騒を楽しんでいる。

 決して上品とは言い兼ねるこの空間が、しかし彼のしょうには合ったのだろう。周囲に溶け込むように、一人、珈琲を口に含んでいる。


「聞いたか? エルヴィンの野郎、くたばったんだとよ」

「ああ? バカ言うなよ、つい最近、一緒に酒呑んで騒いだばっかだぜ俺は」

「おおそれよ。なんか割と最近、あいつ飲み歩いてたみたいなんだよ。んで昨日だな、道端で冷たくなって転がってたんだとよ。どうも呑み過ぎですっ転んで、頭ぶつけちまったって話だ」

「マジかよ……。馬鹿な奴だぜ」


 周囲から聞こえてくる噂話。

 その内容を耳にして、男は己が行いの成功を確信した。

 ぐっ……。

 カップに残っていた珈琲の残りを一気にあおると、やおら立ち上がり、勘定を済ませ出口へ向かう。


「けどそういやエルヴィンの奴、変な酔い方してたな。……こんなに酒に弱かったかって、思ったわ」

「なんか変な病気でもかかってたんじゃねぇの?」


 耳に届く雑多な情報を遠くに聞き流しながら、男は店を出る。

 冷静に、気取けどられないように。

 店を出てすぐの角を曲がる。曲がりきり、周囲に人影がないことを見てとると、男は口元を押えて口角を吊り上げた。

「くくっ……」

 あふれ出た笑いは、男の顔を邪悪じゃあくゆがませる。

 

 今回も上手くいった。

 これであいつから巻き上げた金子きんすは、借金ではなくなった。口約束で金など貸すから、こうなるのだ。


「大した額でもねぇのによ……。こんなんで殺されるなんて、ざまぁねぇな、おい」

 自身が手に掛けたことなどすっかり忘れたように、他人事で死者を冒涜ぼうとくする。


 初めて殺しを実践した時、周囲の噂話にさえしばらく怯えていた男はもういない。ここにいるのは、わずかな酒代程度の金で容易たやすく人を殺し、あまつさえそれを嘲笑あざわら殺人鬼ひとでなしだけ。


 殺しの快楽に心を奪われたあわれな男の名は、クローヴィス。

 クローヴィスは気付かない。

 繁華街の裏路地。たしかにここは普段から人影は少ない。

 だが、こんなにも静まり返っていることなど、かつて無かったであろうことに。


 虚空に向けてわらう、そんな男の背にかけられたのは、ひどく場違いな明るい女の声。


「見ぃつけたっ♪」

「……あぁ?」


 そこには、春三日月はるみかづきのように横に裂かれた、凄惨せいさんな笑み。


 断罪だんざいの時は、すぐそばまで迫っていた。

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