#03-2 殺しの奇跡なんてものはない


「さてどこから話そうか。そうだな、マリー・ド・ルーフス、キミはこの国の治安維持についてどう考えている?」


 依頼主たるラウレンスは、まるであたしを試すように、質問から口火を切った。

 内心を隠し、笑顔という仮面を貼り付けつつ、さて何と答えるべきかしらと思案する。


 共和国、と呼ばれるこの国の歴史は、短い。歴史で言えば半世紀にも満たない。

 帝国から独立する形でおこされたこの国は、あたしよりは遥かに年上ではあるが、国という種族としてはまだまだ未成熟おさないと言っていい。


「取るに足らぬ貧民の戯言ざれごとと受け取って頂ければ幸いですが……」

 前置きしつつ、あたしは答えた。「神のお導きに従わぬ者が多い、でしょうか」


 その答えに、ラウレンスは満足そうに頷いた。

 どうやら彼の望む解答であったらしい。


 国民が自ら主権となり主導してゆく運営方法は、責任を伴うが自由である。そう言えば聞こえは良いけれど、結局のところその責任とやらを誰が取るのか、という話に帰結きけつする。

 あたしが生まれた西王国であれば『王』の称号をいただく者、つまり君主と呼ばれる国の代表たる者が、それを担保たんぽする。

 ではそれらが居ないこの国は?


「そういうことだ、女史ムフラウマリー」

 こちらがわざわざ『貧民』を自称したにも関わらず、敬称を付けてあたしの名を呼ぶ。

 いちいち嫌味な仕草だこと。

 念の為言っておくが、あたしに貼り付いた笑顔の仮面は、若い男のプライドのように硬いので、崩れることは無い。


「本来であれば国民一人一人が責任を追わなければならないのだが。結局のところ、人は誰しも責任など取りたくないものだからな」

「ええ、まさしく」

「ついでに言えば、そうしたときり所になるのが宗教で、要は人は原罪を負って生まれてくる本来悪だから、完全な善たる全能のお方に従えば正しい道を示してもらえて安心、というものなわけだ」


 言うなあ、この男……。

 自分も宗教家だということを棚に上げたようなことをのたまうラウレンスに、少しだけ、ほんの少しだけだが、好感を持った。

 

「でもそれはあくまで、神の教えを守ることが条件ですから」

「そう。詰まるところ、この国の治安など、個人の采配ひとつで如何様いかようにもなる、ということだな」

 嘆息たんそく。そしてラウレンスは右の唇だけ上げ、どこか遠い目をしながら言い放つ。


「ああ、本当に。反吐へどが出るねぇ」


 何に、とは示さず、あざけりの表情を覗かせると。ふと指で口元を隠しながら、喉の奥から呪詛じゅそを吐くようにくつくつと笑い、一枚の肖像画を取り出し、ターフルの上に放り投げた。

 

 大仰おおぎょうな態度だ、とは思ったが、今はそんな仕草よりも肖像画そのものに意識がかたむく。


「クローヴィス。それがこいつの名だ」

 あたしが肖像画へ視線を向けたのを確認しながら口にし、指でトントンと卓を叩き、続ける。

「ここから北方、沿岸部の都市の話になる。確認できているだけで、六人、こいつに殺された。それも厄介なことに直接的な外傷によるものでは無く、毒によるものと判断される」

 

 毒殺。

 その言葉に、あたしの耳がぴくりと反応した。


「他にも余罪は有りそうだが、当局とやらは役に立たない。このままこいつを放置していれば、今後何人の民が犠牲になるかわからない」

 

 沿岸の都市……というと、この国では最も栄えている港湾都市のことね。

 人の流入激しい、海運の港町。

 殺しの対象には、さぞ事欠かないことでしょう。


「十を生かすために、一を殺す。まあ、それがまつりごとというわけだ」

 ラウレンスの口には薄笑うすらわらいが浮かぶ。


「しかしだ、神様って奴はお優しいからねぇ。人を生かすことはしてくれても、殺すことはやってくれないんだよねぇ」

「……殺しの奇跡、なんてものは、ないですからね」


 ラウレンスは乾いた笑いで、あたしは冷めた笑いで。

 二人して、自嘲した。

 

「……やってもらえるかい?」

 考える。

 いや、考える、振りをした、だけだ。

 元よりあたしに拒否権は無いし。


 何よりあたしには、にかける慈悲など、持ち合わせてはいない。


「謹んで、お受け致しますわ、ラウレンス猊下げいか


 肖像画を卓から拾い上げ、一礼カーテシー

「ですが」

 そして敢えて少しだけ不満げな微笑を浮かべてあげると、依頼主はホッとしたように、その意を汲んで小さく笑った。「ひとつだけ、お聞かせ願えますか?」

 指をピンと一本立てながら、あたしは問うた。


「ああ、キミのような美女からの質問ならなんでも答えよう」

 余裕そうな表情から伝わる緊迫感。ここが切所せっしょ……交渉のしどころだと感じているのかもしれない。

 全く同感だ。だからこそ、あたしは尋ねる。


「猊下の口調は、どっちが本性ですの?」


 は?

 という顔で時間が止まる。

 見れば、院長も目を丸くしていた。


「くっ……」

 震えるようにうつむく。

「くっはははははは!」

 そしてラウレンスは顔高く哄笑こうしょうした。


「良いねぇ、マリー・ド・ルーフス! 実にさかしい!  ……まったく、ああ、まったく最高だ! なあ、ヒルベルタ!」

「え……えぇ、喜んで頂けて何よりだわ」

 なんとか返答した院長の顔には、ついていけない、と大きく書いてあった。


「いやはやまったく。これだけ笑わせてもらったのだからお返しをさせてもらおうじゃないか。そう、こっちがボクのさ。堅苦しい作法は実は苦手でねぇ」

 ラウレンスはニヤリと笑う。

「そういうキミもなんじゃないかい、マリー・ド・ルーフス?」


 最後の質問はルーフスのほうを強調しながら。

「いったいどこの花園から飛んできたのかな、キミという蝶は」

「さぁ。……どうでしょうか」

 

 ああ。

 こんなやり取りはいつ以来かしら。


 思わず過ぎ去った記憶に思いを馳せかけて……小さく首を振った。

「あたしは『ルーフス修道院のマリーマリー・ド・ルーフス』。それ以上でもそれ以下でもありませんわ」

「くっくっ……。まぁ、キミがそう言うのなら、そうなんだろうねぇ」


 ニッコリと笑って受け流すと、彼もそれ以上は追求しない。このやり取りこそが粋で、これ以上は無粋だと、知っているからこそだろうか。


 ああ結局。

「期限は、ございますか?」

 結局あたしという人間は、こんな『高貴なやり取り』とやらを頭では嫌だ嫌だと思いながら。


「早ければ早いほど良いねぇ。若者同士の秘事ひめごとのように、ね」

「あら、猊下は西王国ジョークもたしなみますの?」


 こんなやり取りを楽しめるように染み付いてしまっているのだと、思い出させられて。


「交流の手段は学んでおいて損は無いのさ。人と人のやり取りこそが、これからの世には必要になる。ついでに女性を口説くのにも役に立つからねぇ」

「まあ! お上手なのですね」


 ごちゃごちゃになってしまうので、もう一度。

 笑顔の上から、笑顔の仮面を被り直すのだ。


「では、吉報をお待ち下さいませ、猊下」

「ああ、期待しているよ、マリー」


 そう、あたしはマリー。

 血にまみれることで、己の罪をつぐなう道を選んだ、ただの血塗れ修道女ブルーデフノンなのだから。

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