幕間 親の心子知らず
★
「ウチの娘が、こちらにお世話になっておりませんかねぇ……?」
ある朝、修道院を訪ねてきた女の、その問いが。
今回の『依頼』の
その後も、同じような問い合わせが何件か続いた。
家を出て、働きに出た娘の行方が
同じ親が何度も尋ねてきた。
不安になって調べてもらうと、よく似た姿の娘が奴隷船に居たような話を聞いた。薄汚い格好で街中を歩いていたような。最近埋葬した遺体に似た背格好の者がいた、などなど。その話は段々と具体性を帯びてくる。それも一人の人間からでは無く、複数の親達からだ。
「少し、調べてみる必要がありそうね」
話ここに至り、我が修道院の院長様は調査を宣言した。
その手足となるのは、当然所属している修道女達で、つまりあたし達の仕事だった。
結果はクロ。
大半の娘の行方が、ある奴隷商人の扱う『商品』にあることが判明し、その入手経路に一人の娘が関与していることも裏打ちされた。
その日の内にこの問題は『依頼』として扱われ、『対象』を処す役割の指名を受けたミレンは、行動を開始した。
「
その最初の行動があたしへの協力依頼だったことは、明記しておこう。
仕立て屋に勤めるアニタという少女が、今回の『対象』だった。
田舎から出てきたばかりの若い娘に声をかけ、自身の職場に勧誘する。そして警戒心が薄れてきた頃、奴隷商人がそれを買い取る、という流れだ。
そして田舎から出てきたばかりの娘、にミレンが
「あんた、その見た目で一般人に
本人に自覚は無いみたいだが、ミレンの外見はひどく
真っ黒な髪色に、彫りが薄く幼さが先立つ顔。
肌の色もやや黄色がかっていて、そのどれもが、この辺りでは珍しい外見だ。
まぁうちの修道院には
世間に出れば目立つ。それは事実なのだ。
「……え。ダメ、でしょうか?」
ダメでしょうか? じゃないわよ。
ダメでしょうよ、そりゃあ。
そう言い聞かせるんだけど、全然引かないから(大概、頑固なのよね、この娘)、仕方ないので特徴的な黒髪は、茶色に
顔は、幼さが強い方がむしろ警戒されないだろうという判断で、少し汚れを増やしたくらいで、そのままにした。
それで
なんというか……。
勿論それを狙った訳だが、それにしても、幼い外見の少女というものは、悪人からすれば
今回はいいけど普段は気をつけなさいよ、と注意をしたら、そんなこと言われても、と返された。そりゃそうか。
数日、店舗を見張っていたあたしに、ミレンが窓ガラス越しに合図を送ってきた。
ガラス越しに外を見ながら髪をまとめ、小さく
それは、今晩決行の合図だった。
人目につかないように店から出てくる荒くれども。
知らなければ気付かないだろうが、そうだとわかっていればこれほど怪しい絵面もあるまい。
行き先を確認して、あたしは先にアニタを
「な……ッ! アンタ誰よッ?!」
「え? どこにでもいる、普通のおねーさんよ?」
「そんな怪しい風体の普通があるかッ!」
ちょっと
それはさておき、あとはタイミングを見て、ミレンの前に引きずり出せば、あたしの役目は終わりだ。
今回の『依頼』は、ミレンのお仕事なのだから。
まぁ当のミレンは、
「――と言うことなのだけれど、一つだけね。……お仕事が残ってしまったの」
修道院にある一室で。
あたしの前には、一人の女が立っている。
それはこの『依頼』の発端。
最初に『娘の行方』を尋ねてきた女だ。
「結局、ウチの娘は、皆様のお世話になったのですね……」
「そうね、回収はしてある。全身では無いけれど」
あたしは
「遠慮しておきます。見たら色んな意味で後悔してしまいそう」
「賢明ね」
当然の反応だ。
「本来なら、『これ』は火刑に処されるのだけれど。……このまま持ち帰って、
真っ直ぐ、女に視線を合わせて。
改めて良く見れば。ああ、やはり。
どことなく、アニタに似ている。
「どうする?」
「……そのまま、預かります。それが、親としての責任で、……あの娘へ出来る、親としての
そう言って、アニタの母は卓に置いていた壺を手に取り、ぎゅっと抱き締めた。
その仕草は演技には見えず、たしかな慈愛を感じられて。
『心配してくれる親がいるとか、どんだけ幸せなんだって話だわ』
アニタはそう叫んでいたけれど。
たぶんお母さんは、紛れもなく貴女を心配していたんじゃないかしら。そう思わされるのだ。
「……
何度も頭を下げて、彼女は修道院から退院していった。
「持って、帰られたんですね」
その背姿を見届けていたあたしの背後から、声。
振り返る。そこにはミレンが立っていて。
「そうね、大切そうに
「……アニタは、家族に冷たくされてたんじゃ、無かったんですか?」
なんとも、納得出来ない、と大きく書いてあるような、苦い
「さぁ? ……すれ違い、行き違い、勘違い。お互いが思い合っていたって、それがその通りに伝わるとは限らないからね」
一応諭しては見たけれど。
やっぱり、顔に書いてある文字は消えてなくて。
くすりと笑って、あたしはミレンの頭をなでた。
「……なんですか」
不満そうな顔をしてきたから。
「
いつもの、ミレンが言うところの『意地悪な』顔を浮かべて、目を逸らした。
「親の愛は注がれるが戻ってこない、ってヤツかしらね」
そう
「……それって、親の心子知らず、って事ですよね?」
視線の端っこで、ミレンがハテナを浮かべていた。
「そう。ま、逆も言えることではあるけどね」
要はそういう事なのだろう。
子の心もまた、親には解らないものなのだから。
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