#01-5 貴女は罪人としてここに認定されます


「……なせッ! ……離せよッ!」


 どこからか聞こえてくるのは、女の声。

 キョロキョロと周りを見渡せば、部屋の片隅に扉を見つけました。

 ああ、あんなところにあったですね、と思い当たった直後には、コンコンコン、というノック音が、そこから鳴り響いて。


 ……こんな場所トコロで、わざわざノックをする。すわ、ここで倒れている連中の仲間か、などと焦ってみても良いのですが。

「どうぞ」

 すました声で、わたしは返答します。


 何者か、なんて誰何すいかするまでもありません。こんな状況で、こんなお茶目をする人間を、わたしは一人しか知らないのです。


 果たして、ぎぃぃ、と木材がこすれる音が鳴る中、扉が開かれますと。

「はぁい、お待たせ♪」

 修道服スカプラリオ羽織はおり、コルネットを形作った修道頭巾ウィンプルかぶった女性が姿を現しました。


 場違いな程に明るい声で、右手をヒラヒラと振りながら、やはりこの場にふさわしくない笑顔の彼女の名は。

「お疲れ様です、マリー」


 応え。そしてもう一人。

 縛られ、マリーに引きられるようにかたわらに立っていた、驚愕の表情を浮かべた娘にも、同じように応えるのです。


「アニタも、お疲れ様」

「あ、あんた、シレネ! なんでッ?!」

 そう、縄で拘束され連れてこられていたのは、アニタ。

 そのまん丸と見開かれた瞳に真っ直ぐ向き合いながら、わたしはにこりと笑いかけました。


「お陰様で」

「ッ! どういうことなのよッ?! なんであんたここに……! つか、早くほどけよ、この縄!」

「あら、好きで縛られてるんじゃ、なかったんですか?」

「なわけ無いでしょうが! ふざけんなよ!!」


 んー……、と。人差し指を頬にあてながら。

も縛られるのは、好きじゃなかったんですけど、ね」

「……ッ!」そんなわたしに、アニタは戸惑ったように顔をひきつらせてから。「し、知らないわよッ!!」

 言い放って、外方そっぽを向かれてしまいました。


「そうですか」

 なので、わざと聞こえるような音量で溜息をくと、ちらりと視線が向けられたので。

「残念です」

 もう一回、笑って見せました。

 

 ぐぬぬ、と言い淀むような仕草をしながら、またこちらを振り返り。その内、アニタの表情は少しずつ変化していきます。


 なんと言うのでしょう。

 薄暗くなってきた黄昏刻たそがれどきに道を歩いたら、急に吹いた突風に木々があおられて、ざわざわと揺れた時のような。


「そんな、薄気味の悪いものを見るような目で見つめられると、哀しいです」

 くすん、と目頭に指を当てる真似をしてみたり。

 でもアニタは何の反応も見せてくれなくて。逆にぎゅっと手を握りしめながら、なんだか震えた声で。


「……あんた、シレネ……よね?」


 そんな質問を返してきました。

 ……むっ。


「他の誰に見えるんです?」そう、質問で返してから「ていうか」じっと、目を合わせて。「自分で売り飛ばした人間ひとを、そんな簡単に忘れるんです?」

「………ッ! そ、そういうんじゃないわよッ」

 目を見開いて、否定の言葉を口にするアニタ。


「そういうんじゃ、ないけど……。な、なんかあんた、口調とか、雰囲気とかが、違くない……?」

 ふむ。ほどけた髪の毛をもてあそびながら。

「髪型のせいじゃないですか?」

「ち、違う、そういうんじゃなくて! ……あんたのそんな表情、見たことないわよ……」

 あら。


「マリー、わたし今、どんな表情してます?」

 自分じゃ分からなかったから、思わず壁の花に化けていたマリーに問いかけます。


 そうしましたら。突然話題を振られたことに一瞬驚きつつも、「そうねぇ」すぐにいつもの(意地悪な)笑顔に戻りまして、返してくれます。

「寝所で男を手玉に取る悪女おんなみたいな顔してるわ」

「すみません、わたしにわからないたとえ出すの、めてもらえませんか?」


 相変わらずの西王国トークに、つい顔をむくれさせてしまったわたしですが。

 けれどマリーは、くすくすと笑って。


「要は、わっるい顔してる、ってことよ」


「そ、そう! それよ!」

 どういう事でしょう、とかわたしが思うより早く、アニタの方が反応してきました。

「アタシの知ってるシレネは、そんな悪い顔しなかったわ!」


 えぇ……?

 思わず自分の頬に手を当ててしまうじゃないですか。


「ま、そりゃ仕方ないわ」

 悩んでいるわたしを尻目に、壁から抜け出してきたマリーは、アニタの前、つまりアニタとわたしの間に位置するように移動します。

 その手には、(いつの間にか準備されていた)ひと揃いの衣服たち。

「だってそこにいるのは、貴女の言う『シレネ』であって、『そう』ではない娘だもの」

「……どういう、意味よ……?」

 アニタの疑問に、マリーはくすくすと笑って。

 わたしに視線を走らせると、持っていた服を渡してきます。


「別に特別な意味じゃありません」

 わたしは先程破られた服を脱ぎ、受け取った上着トゥニカを新たに被ってそでを通すと。

「わたしはシレネですが、それはわたしの本当の名前じゃない。そういうことですよ」

 その上に、白と黒を基調とした糸で織られ、赤で装飾された修道服スカプラリオ羽織はおったわたしを見て、アニタが目を見開きます。

「……ッ! その服……ッ?!」


 ふぅ、と。

 ひとつ息を吐いたら。わたしはアニタを見詰めて、名乗りを上げるのです。


「わたしの本当の名前は、ミレン。修道女ノンミレンです」


「『赤い……噂』の、修道女……!」


 アニタはかっとなって叫びます。

「アタシをだましてたってこと?!」

「それは否定しませんけれど……。そもそも最初にわたしを騙したのは、アニタの方じゃないですか?」

「う……ッ!」


「まぁ、それはいいんです。この世界は、騙される方が悪いんです。少なくとも、わたしはそう思ってますから」

 でもね。そう、続けて。

「騙されてた、今までの女の子の親御さん達は、そういう訳にはいかなかったみたいですよ?」


 いわく。

 娘が街に出て、音信が取れなくなった。

 曰く。

 行方の知れなかった娘によく似た人相の娘が、奴隷として売られていたと聞いた。

 曰く。

 怪しげな廃墟で、血塗ちまみれになったブローチを見つけた。娘の誕生日にプレゼントしたはずのブローチを。

 ……そんないくつもの嘆きの声が。

「修道院に寄せられていたんです。調査が必要な程に、ね」


 うつむいたままのアニタから視線を逸らさずに。

「だからわたしが派遣されたんです。これを『依頼』として受ける為に。そしてそれは、証明されました」


 わたしは持っていたかんざしハースペルをぎゅっと握り締めて。

「だからアニタ。貴女は罪人hostisとしてここに認定されます」

 切っ先を、真っ直ぐ前に向けます。

咎人とがびとへの宣告は、死刑のみ」

 じっと。その先を見据えて。


血塗れ修道女は刑を執行するcruenta monialis peragit damnationem

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