終章

エピローグ

「…………」


 グレイが目を開けた時そこは見渡す限り真っ白な場所、すなわち天界に寝転んでいた。いつものようにふかふかのベッドに少し暗めの部屋とは景色が一転していた事に困惑する。だがすぐに先ほどまでに起きていた出来事を思い出した。


「神谷さん」


 鈴の音が耳に入ってきたかと思えば、目の前の段差の前にミカエルが現れた。少しの間だけミカエルを見つめて、先ほどのように魔力に侵されていないかどうかを確認する。


「改めて助けていただいてありがとうございます」


 その場に起立してミカエルは頭を下げた。


「一つ聞きたいことがあるんだがいいか?」


「はい、どうぞ」


「あの時、ミカエルが言い放った言葉は本気で言ってんのか?」


 あの時といえば、ミカエルがグレイたちのことをおもちゃと言った時のことだ。ミカエルに言われた時はグレイも流石に怒りを露わにして堪忍袋が切れそうになった。するとまるでグレイの心を読んでいるかのように的確にミカエルが回答した。


「そうですね、魔力というのはやはり侮ってはいけませんね。大天使として永く生きてきましたが、これだけ苦しかったのは今回が初めてです」


 今のミカエルの反応を見る限り、悪意はなかったように見える。


「もし、良ければなのですがもう一度地上で生きて貰えませんか?」


 背中についている羽を使ってグレイの側に飛んできたミカエルはまさに嘘のようなことを言ってきた。あまりに都合のいいことを言ってきたミカエルは眉間にしわを寄せて考える。もしもここまでがミカエルの思惑で地上に戻ってすぐに殺される、なんてこともあり得るのだ。


「まあ、これまでと同じようには生きれないですけど」


「これまで通りには生きれないのか?」


 しまった、と思いつつもミカエルの口から出た言葉にすぐに反応してしまう。嘘はついていないということに関して安心したものの、意味が分からなかった部分について言及した。


「そこまで変わりませんよ。ただ、人間としてではなく天使として生きることになるんです」


 いや、それ変わるだろう。人間と天使だとかなりの差が空いている。


「後は天使として天界のお仕事を頼むかもしれませんが、生活に支障は来出さないと思いますよ。しかも、まだ地上にやり残したことがあるんでしょう?」


 確かにそれはそうだ。フィオナを助け出しまだろくに挨拶すら出来ていない。


「……そうだな。分かった、じゃあ俺を生き返らせてくれ」


「分かりました。では一つだけお願い事を聞きましょう」


「願い事?」


 随分と藪から棒な質問だったために声が裏返ってしまった。ミカエルがグレイの阿呆な顔を見て苦笑いをしながら説明をし出した。


「神を倒すことが出来れば一つだけ願い事を聞きましょうと言ったはずなんですが……」


 そう言われてグレイは十数年前に世界に飛ばされた時の記憶を追ってみる。うろ覚えだがその時の記憶を思い出したグレイは願い事を慎重に考えた。自分がセツシートに戻ることが出来るのは決定していることだ。ならば、現実に帰って役立つことを願うべきだろう。


「悩むな……」


 ここでグレイは一つ大事なことを完全に忘れていた。悩むことなど一つもないはずだろう。


「目白さんの復活をしてくれないか?」


「残念ですけどそれは、目白さん自体の体が必要なんです……」


 今更ながらもミカエルはすごく申し訳なさそうな顔をして言ってきた。でもそんな心配は無用だ。グレイは魔力空間の中からゆっくりと目白さんを引っ張り出した。既に目白さんの体は冷えて重たくななってしまっていたが。そんな目白さんを見てミカエルは目を見開いた分かりやすく驚いた。


「用意周到ですね。じゃあ、本当に目白さんの復活でいいですか?」


「ああ、よろしく頼む」


 ミカエルが手を叩くと床に寝かせられていた目白さんの腹の穴が治っていき。ゆっくりと目白さんの瞼が開く。


「……海斗くん?」


「目白さん、さっきは俺の不注意であんな目に……本当にすいませんでした」


「ううん、いいのよ。私の不注意よ、グレイが自分を責める必要性はないわ」


 ニコッと微笑んだ目白さんはゆっくりと立ち上がり、目の前にいるミカエルを凝視する。まるで今までの会話を聞いていたかのように目白さんは冷静に挨拶をした。


「ようやく魔力から解放されたのね」


「あの時は私も自分を抑え切れず、恥ずかしいばかりです。目を覚ましたばかりで申し訳ないのですが、目白さんも神谷さんと同じく天使として地上で生きてもらってもよろしいでしょうか?」


「ええ、全く問題ないわよ」


 目白さんは即答、というほど早くはないがグレイの時よりは圧倒的に早く決断をする。


「色々あって聞き忘れていたけど、海斗くんって小さい子が好きなの?」


「うげっ……」


 感動の再会もして綺麗に終われそうだと踏んだ時、目白さんの口からはまさかの言葉が飛び出した。グレイはそのことをずっと聞かれていないかったので闇へ葬るつもりだったのだ。なのに目白さんはなぜこのタイミングで言ってきたのか。これには何か意図があるのか否か。


「どうなの?」


 そう考えているうちに更に一歩、目白さんがグレイの方へと近づいてきた。圧倒的な威圧感を目の前で受けたグレイは後ろは少しずつ下がろうとするもそれは叶わなかった。


「逃げちゃダメですよ」


 ミカエルが心も和むような優しい笑みでグレイの肩を掴みその場で捕まえた。目白さんから見ればミカエルの笑顔は天使だったが、グレイから見てみればその笑顔は悪魔の笑みのように映る。身動きを取れず逃げる場所を失ったグレイは遂に観念した。


「別にそういうことじゃ、無いですけど……なんか小さい子を見てると心が和みませんか?」


 必死に絞り出した答えは決して目白さんの目を見て言うことは出来なかった。グレイの回答を聞いた目白さんは何か喋る訳ではなく一向に黙ったままでいる。


「もういいわ、個性は人それぞれだし好みも人それぞれだし。ただし! 今までもこれからも私に一筋でいてよね」


 人差し指をグレイの目の前に突き出して念を押すように目白さんは何度も言った。


「今までもこれからも俺は目白さんを愛すよ。あと、俺は小さい子は好きじゃないから!」


「何を言ってるんだか……もう返答でバレバレよ」


 小さなため息をついた後に目白さんはそう短く言い切った。


「なっ、俺は違うって……」


「だからそう言う反応をしてるからバレるのよ」


「うふふ……あっはははは!」


 二人が痴話喧嘩のように争っているのをすぐ真後ろで見ていたミカエルが目から涙が出るほど大笑いをし始めた。その声を聞いた二人は喧嘩どころでは無くなりミカエルの方を見る。


「ごっ、めんなさい……二人の会話がすっごくおかしく感じちゃって。さ、じゃあそろそろ地上へと向かいましょう。喧嘩の続きはまた地上に戻ってからゆっくりとして下さいね」


 ミカエルが手を伸ばすと何もない空間から先の戦いで使用していた剣が出現した。その剣でグレイたちの足が接していた地面をいとも簡単にバサっと斬った。


「うおわっ……!」


「きゃ⁉︎」


 グレイと目白さんの二人が踏んでいた地面が剣で斬られ垂直に落下する。そのまま落ちると思った時に、ミカエルが二人を抱えてゆっくりと降下した。


「色々と迷惑をお掛けしましたが、私はこれで。また、お二人の力が必要になった時はお呼びに参りますのでよろしくお願いします」


 二人を地上に連れていったミカエルはすぐに翼を羽ばたかせて天界へと帰っていった。そして、二人は目を合わせて言う。


「帰ろう、俺たちの家に」


「そうね」


 塔が崩れ山のように積もっている瓦礫に刺さる一本の剣。それを引き抜いてグレイたちは朝日の元、手を繋いで歩いていく。

 二度目の人生。それを後悔しないものに出来ているだろうか。明確な答えはまだ分からない。でも一つだけ言えることがある。

 俺は今最高に幸せだ、と。

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エンジェル・ホープス 白神かぐや @yonemasa-hiroto

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