第40話 過ちで改めざる、これを過ちと謂う


「ミカエル、これで終わりにしよう」


 剣をミカエルに向け、グレイは覚悟を決める。


「っふ……なぜそこまでするのだ。戦力の差は一目見れば分かるだろう」


 ミカエルは鼻で笑いながら諦めないグレイを見た。グレイはミカエルの方など気にもせずに剣に魔力を流し込んだ。


「相乗魔剣・颶風!」


 空気を斬りながらグレイはミカエルの方へと直進する。どんどんと詰まっていく間合いにミカエルは眉一つ動かす事なくただ待っているように見えた。やがてグレイが間合いに入り地面から飛んだ瞬間のこと。ミカエルがついに動き出した。


「見えてんだよっ!」


 フィオナとは違いミカエルの戦闘時の移動方法は瞬間移動のみだ。最初の頃は確かに手間取ったりもしていたが、何年も瞬間移動を使っているグレイにかかれば大体の位置は分かる。左手に持つ剣を右手に持ち替えて防御しようとした。


「流石だな」


 キン、とグレイとミカエルの剣が交わり合い火花を散らした。空いている自分の左手を使ってグレイは獄水球を準備し、ミカエルが剣を引いた瞬間に撃ち込む。


「お前が考えることは私も考えるさ」


「まずっ……」


 グレイの撃ち込んだ魔法はミカエルの手元から繰り出されたビームによって打ち消された。ただそれだけではビームが止まるということはなく真っ直ぐにグレイの方へと飛び込んで来た。最高速度で魔法障壁を体の前に貼りミカエルの攻撃を防ぐ。


「くそッ、もう無理……」


 ビームをもろに喰らっている場所からどんどんと魔法障壁は割れていく。ポロポロと剥がれていく壁を前にしてグレイは地面に一度下がった。


「逃げても無駄だ」


 ミカエルが走って横に逃げるグレイを後ろからビームを撃ちながら追う。


「海斗くん、こっちに来て術式を! ミカエルは私が引きつけるわ!」


 ハッとして目白さんの方を見てみる。地面には直径一メートルほどの小さな魔法陣が描かれていた。目を見てグレイと目白さんは意思疎通を図る。二人で入れ替わりつつグレイは地面に書かれた魔法陣に魔力を流し込んだ。何の魔法陣なのかは分からないが大体の想像はつく。天使の涙の術式を魔法陣に移したんだろう。チラッと目白さんの方を横目で見てみると、ミカエルの攻撃を同じ場所で避け続けていた。


「目白さん、撃ちます」


「ええ、いつでもいいわよ!」


 目白さんに一度報告して一気に魔法陣に魔力を流し込む。魔法陣から出た天使の涙は真っ直ぐに直進して目白さんの方へと向かっていった。


「どこを狙っているんだ?」


 再びグレイを見てバカにするようにしてミカエルが言う。ミカエルは自分に当てられると思ったのか完全に油断をしていた。けれど目白さんは魔法の当たる直前で天使の涙が真横にぐにゃりと曲がる。


「んなっ……⁉︎」


 グレイでさえも何が起こったのかを理解できなかった。


「倒したか?」


 天使の涙を防御なしでもろに受けたミカエルが目の前から消えたため探す。ミカエルがいた場所はおろか、その近くの地面にも何も見当たらなかった。


「目白さん、さっきのどうやったんです?」


 どこにもいなかったのを悟ったグレイは目白さんの方へと行き、先ほどの現象について考える。


「グレイたちには隠してたんだけど海底都市で学んだこの剣。実はもう一つ能力があるのよ」


 目白さんが魔力で剣を作り出して指差す。指先の動きから察するにどうやら魔法か何かを撃って欲しいようだ。それを踏まえてグレイは適当に水球の威力を撃ち込んでみる。するとグレイの撃ったはずの水球は気がついた時には自分の顔の目の前に迫っていた。当然、その球は避けることが出来ずにそのまま喰らう。


「うおぉ! マジか……」


「この魔力の剣、大量に作れるだけじゃなくて受け流してそれを返すこともできるの」


 便利なものだなと思い目白さんが亀裂のある方へと戻ろうとした時。


「目白さん、後ろに!」


 グレイも亀裂からセツシートに戻ろうと目白さんの方を見た時にようやく気が付く。目白さんの真後ろに張り付くようかのようにしてミカエルが瞬間移動で現れた。ここでグレイは先ほど自分が取った行動について己を咎めた。なぜあの時ミカエルの体を確認しなかったのか。ミカエルには瞬間移動があるだろう。どうして忘れたんだ。


「今のはもう一発喰らっていたら流石に死んでいたな。でもお前たちはもうあの魔法を撃つことはできない」


 右手に持つ剣を大きく引き、目白さんの背中に刺された。


「ガッ……」


 剣を垂直に上に上げて更に目白さんの腹が喰い込んでいく。その後すぐにグレイの方へと剣を振り下ろし目白さんの体のみが飛んできた。空中で穴の空いた腹から赤い鮮血を撒き散らしながらドサっと地面に落ちる。


「そんな……」


 足元に広がる血の池とその上に倒れる目白さんを前にグレイは何をしたら良いかも分からずにただ立ち尽くした。何をしていいのか分からないまま、目白さんの顔から血の気が引いていく。


「最後の挨拶でもしておけ」


「目白さん……目白さん!」


 グレイはその場に足から崩れ落ち目白さんを自分の膝の上に移動させた。目白さんは残る力を振り絞ってグレイの頬へと手を回す。


「グレイ……運命はやっぱり変えられないのね」


「何を言って?」


「海底都市で教わった能力で知らされたの。

未来を知る能力、それで全て分かったのよ。これを……」


 目白さんの持っている剣をグレイに渡そうとするも床に落としてしまう。そのまま間を置くことなく目白さんの口から大量の血が吐かれる。


「最後に私からのプレゼントを受け取って」


 目白さんは不意にグレイの方へと顔を近づけキスをした。今まで目白さんと二人で育んで来た記憶が蘇ってくる。すぐに現実に戻され、膝の上になっている目白さんが冷たい体になっていた。自分の中にあった何か大きなものが崩れ落ちる感覚が残る。前にもこんなことがあったような……


「グレイくん、まだ諦めるのは早い」


「その声は大翔……?」


 辺りを見回すが姿は見えない。


「頭に直接語りかけているんだよ。いいかい、よく聞くんだ。目白さんは死ぬ前に君に全てを託した。僕たちが渡した能力も、天使の涙の術式も全てを託した。それを使ってどうにかミカエルを封じ込んでくれ」


 大翔はそう言い残すと声が一切聞こえなくなってしまった。そしてミカエルが光弾を撃ちながら言う。


「安心してお前も送ってやろう」


 大量の避けることすら困難な光弾を見てグレイは絶望する、はずだった。なぜか弾道が現実とは早く目に映る。


「これが目白さんの未来を見る力……?」


 先ほどの大翔との会話が蘇り、今自分の体で起きている現象について理解する。グレイは右手に自分の持っている剣を持ち、左手に目白さんから受け取った剣を装備した。


「ミカエル、これで終わりだ!!」


 まず右手の剣に氷魔法を流しこみ、左手で炎魔法を流す。二つの属性を使うことはできないが、剣に保つことならば一応可能ではある。


「合併相乗魔剣・斬撃氷華炎満!」


 グレイは大量に降り注ぐ光弾の間を抜けて、ミカエルの間合いへと飛び込んだ。目白さんの剣に乗せた氷魔法でミカエルの弱点を突き身動き出来ないように封じ込めた。そこにグレイの剣に乗せた炎魔法で一気に爆発的な力を生ませる。


「ぎゃあぁぁ‼︎」


 先ほどの天使の涙のせいでボロボロになっているミカエルの体にグレイの攻撃を喰らった。今までグレイたちが与えていたダメージが蓄積されついにミカエルは地面に倒れる。

数秒間、地面に横たわったミカエルを観察してグレイは肩の力を抜いた。


「やっと、終わったのか……?」

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