第34話 騒動

 セツシートに到着して、はや二日が過ぎた朝のこと。その日グレイはいつものように、カーテンの隙間から差し込む光で目を覚ますと思っていた。しかし実際は、窓の外から聞こえてくる大勢の人の声で目を覚ましたのだ。


「なんだよ、うるさいな……」


 寝起きが悪いグレイは、朝から嫌な寝起きにイライラしつつもう一度布団に潜り込む。ガヤガヤ、ガヤガヤと静かな寝室の中に止まることを知らず常に響き続けた。そのことがついに頭に来てしまったグレイは、ベッドから勢いよく起き上がり思い切り自室のカーテンを開けた。


「……は?」


 目の前に広がっていたのはいつものような青く澄み切った空ではなく、毒々しい赤色に染め上げられていたことに衝撃を覚える。衝撃はそれだけではなく、セツシートの街の中心部に建物を押し除けるようにして空にまで届きそうな高さの塔が建っていた。いつもと何もかも違う景色にグレイは腰を抜かしてしまう。


「ついに神が動き出したんだ」


 外を見て立ち尽くしていると、ちょうど後ろの方から聞き馴染みのある声が聞こえた。相手が誰か目星を付けてからくるりと体ごと反対を向いてその人を見る。


「やっぱり大翔か、どうしてここにいるんだ? っていうかクレアはどうした?」


「クレアは先に塔の近くへ行って偵察をしに行ったよ。それで僕は君たちに危険を知らせに来た、というよりも助けに来たんだ。以前は記憶を経由していたが、神が降りて来てくれたおかげでそのまま現実に干渉できるようになったよ。やはり、神の力は凄まじいものだな」


 また自分では理解できないことを言い出したなと、半分流し気味になっていたグレイだが、神という言葉に反応をした。


「神の力?」


 大翔の言った言葉をそのまま復唱する様な形でグレイは聞き返す。ああそうだ、と頷く形で答えながら大翔は続けた。


「今回ばかりは君ではなく、神の記憶を経由させてもらったんだ。人間と神の違いだよ」


「……それで俺たちは神を倒せば良いのか?」


 大翔に聞いて数秒後、扉の奥の廊下から誰かが走ってくる音が聞こえて来た。やがてその音は部屋の前に来ると、二枚の扉をほぼ同じタイミングで勢いよく開ける。


「海斗くん! 急いで外に出ないと」


 目白さんが部屋の中へ入ってくるや否やすぐにそう急かしてきた。それに賛成するように大翔も同じようなことを言ってきたため、グレイたちはすぐに玄関へと向かう。どうやらマロンとノアの二人は以前話した通りに東側と西側の人の避難指示に向かったようだ。


「マズいな……」


 家の近くにある大通りには、突如現れた塔によって混乱が起こり人がどんどんと流れていた。


「皆さん! 現在状況を確認中ですので一度、セツシート大学へ避難をして下さい!」


 人が右往左往している中、民衆を落ち着かせるために理事長が高めの台に乗って案内をしていた。慌てて聞き取れていない人もいるが、聞き取れた人もいるようだった。その聞き取れた人が近くの人に伝えているためか、かろうじて大通りの人の流れは守られている。


「グレイ、とりあえず理事長に報告をしに行きましょう」


 目白さんに誘われてグレイは後をついて行く。台のすぐ目の前にまで近づくとようやく理事長と目が合い、グレイたちの存在に気がついたようだった。


「グレイさんにメジロさんじゃないですか。

どうかしました? お二人も早く避難を。それともマロンさんやノアさんのようにお手伝いですか」


 けれども理事長の言葉から考えてみると大翔は見えていないようだ。自分と目白さんの二人の名前しか呼ばなかったからそういうことなのだろう。


「理事長、あの塔の中へ入らせてください」


「何を……あの塔の中へ入るのは………」


 グレイの言葉を聞くと理事長は戸惑いの表情を見せた。普段ならばここで諦めるところだったが、今食い下がるわけにはいかない。


「この騒動を抑えるためには塔の中は行くしかないんです」


「たとえ、この騒動を抑えるためだとしても我が校の生徒を危険に晒すことはできません」


 胸を張って理事長は言い切る。それでもグレイは粘り強く、案内を続ける理事長に交渉した。


「理事長! このままだとまた神が降りて来てしまうんですよ」


 グレイだけではなく、目白さんも交渉に力を貸してくれた。理事長はしばらくの間、二人の特待生を前に押し黙っていたがようやく固く閉じていた口を開いた。


「分かり、ました……でも、必ず戻って来てください」


 かなり苦しい決断だったのだろう。言い方や表情、その全てを見ただけで理事長の心境が痛いほどに伝わってきた。フィオナのこともあったから尚更のことだ。


「「ありがとうございます」」


 人の流れに逆らうのは無理だったため、大通りを少し進み路地に出て塔の方へと走る。塔に近くなればなる程、地面に敷き詰められているタイルが歪み建物が壊れていく。


「ようやく着いた」


 塔は地面からせり上がるように空へと伸びており、見上げても最上階は見えないほどの高さだ。幸い塔のある場所は大きな公園になっていたため、住人への被害というものは無かったものの危険なこと極まりない。


「あれ、クレアか?」


 入り口の近くでクレアは腕を組んで、塔の壁に体重を分散させて立っていた。グレイがやって来たのに気づくとクレアは両手を大きく振って喋る。


「まだ神は完全には地上に慣れてないから急いで!」


 明らかに身の丈にあっていない大きな扉を体重をかけながら押し開けた。グレイたちは足を止めずにそのまま走って塔の中へと侵入する。全員が塔の中へ入り扉を閉じると、上へ続く螺旋階段の横に無造作に置かれているランタンに火が灯った。塔自体は外観は少し暗めのレンガ造りになっていて、中も同じ造りになっている。だが、螺旋階段の上は暗闇で更に照明の色合いも合わさって外とは全く違うイメージを醸し出していた。


「じゃあ、さっさと上へ行って終わらしましょう」


 目白さんの合図で塔の螺旋階段を登りだす。目白さん、大翔、クレア、グレイの順番に最後のグレイが登ろうとした時のこと、突如後ろからバキバキッと嫌な音を立てた。


「うおぁっ! みんな急いでくれ!」


 すぐ後ろで崩れいく階段を見てグレイは叫んだ。グレイの叫び声を聞いた三人はこちらを振り返ることなくひたすらに上へと走った。自分以外の三人が上へ到着したのを見て、自分もと思った時になぜか階段は上からも崩れていった。


「うおぉぉ! 届けぇっ」


 階段は上と下、二箇所が崩れ一気に落下していく。グレイはとっさの判断をすると、一歩後ろに下がる。そこから短く助走をつけて目白さんたちのいる場所へ手を伸ばした。


「グッ……」


 ギリギリ届かず落ちたと思った瞬間、グレイの手を目白さんが掴んでくれた。何とかして目白さんの力を借りつつも肘を使って這い上がる。


「ありがとう」


「いいのよ」


 地面に寝転んで服についた砂を払いながら目白さんが答えた。ようやく登りきった先の空間は決して大きいわけではないがすごく小さいとはいえない空間だった。奥には入って来い、といわんばかりにたたずんでいる扉がある。


「あの扉は?」


「大丈夫だ、入っても構わない」


 扉に耳をこれでもかと近づけて中の音を聞いていた大翔が言う。


「早いところ行ってしまおうか」


 大翔に言われた言葉を完全に信用して躊躇なく勢いよく扉を開ける。何か無いかと思いもう一歩踏み出すといきなり、自分の目の前が暗転した。


「っ!? ……みんな、どこにいるんだ!」


 すぐに辺りを見回してみるものの、見える範囲全てが真っ暗なため何も見えない。声を出しても誰からの返事もないことにグレイは段々、恐怖心を覚えるようになる。やがて一人になったグレイの耳元に誰かの声が聞こえてきた。


「……みや、おい神谷! 起きろって」


「んん……」


 声が鮮明に聞こえるようになった時、視界が元に戻った。けれどもそこは先ほど自分がいた塔の中ではなく、懐かしさのある部屋だった。


「次の授業始まっちまうぞ! 何考えてたんだよ」


 目の前にいるのは杉見。前世にグレイが最も苦手としていた人だ。気が付けばグレイは真っ白なワイシャツ、黒のズボンに着替えていた。

 ………そう言えば俺、さっきまで何してたんだっけ?

 神谷は自分が何をしていたのかも忘れてしまった。

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