凡人社畜のハイエルフ転生

ねこ鍋

第1話 ゲームの仕事で異世界転生

「ついに、いよいよ明日だな……!」


俺はワクワクする気持ちを抑えきれず、ベッドの中でつぶやいた。


俺はとあるゲーム会社で、プランナーとして働いている。

あまり大手ともいえないが、知ってる人は知っている、くらいの中堅の会社だ。

そして、ついに明日、俺が企画から担当したソーシャルゲームがリリースされるんだ。


ゲーム会社のプランナーだというと、ほとんどの人に「プランナーってなに?」と聞かれる。

まあ、何かって聞かれたら企画プランの名前の通り、企画などを考えるのが仕事になるんだが……

ぶっちゃけ何でも屋みたいなものだ。


プログラマーやデザイナーといった専門的な知識を持たない代わりに、企画をしたり、仕様を作ったり、資料にまとめたり、各セクションに連絡して回ったりと、とにかくなんでもやるんだ。

テレビ業界でいうとAD《アシスタントディレクター》みたいなものかな。テレビ業界のことは知らないけど。


とにかくそんなプランナーとして企画立ち上げから、マップ制作からゲームバランスの調整まで行い、5年の歳月をかけて開発したソーシャルゲーム「ダンジョンワールド」がついにリリースされることになったんだ。

ようやくみんなに遊んでもらえるのかと思う感慨深い。

開発に5年もかけると、なんだか自分の子供のようにも思えてきて、感動もひとしおだ。

独身だから子供がいる親の気持ちはわからないけど、きっとこんな感じに違いない。


そして次の日。

俺のわが子のように愛しいゲーム「ダンジョンワールド」が遂にリリースされた。

それはあっという間に話題になり、さっそくトレンド入りした。

主に悪い意味で。


初日からバグが頻発し、そもそも起動すらしないと低評価レビューが連発。

リリース開始5分でメンテに入った。

それから全社員が不眠不休で働き連続120時間の長期メンテをなんとか完遂した結果、「ユーザーに満足いただける品質を維持できないと判断しました」とのコメントを残してサービス終了が決定。

無事伝説のゲームとなった。


「最速で伝説入りした国産ゲームw」

「炎上商法成功してよかったじゃん」

「最後にでっかい花火打ち上げられてよかったな」

「汚ねえ花火だぜ」

「きっと開発者も喜んでるだろ。最後にトレンド入りできたんだし」


それはもう散々言われた。

酷過ぎてネタにされたのがせめてもの救いだっただろうか。

これで罵詈雑言の嵐だったらきっと心が耐えられなかっただろう。


でもまあ、しょうがないよ?

実際サービス終了するような品質でしたのはこっちなんだし?

でもさあ。

これだけは言わせてくれよ。


サ終して嬉しいわけねえだろ!!!!

こっちはリリースに5年もかけてるんだよ!!!

それがわずか120時間──5日で終わった気持ちを考えろよ!!!

プレイできた時間なんて5分間だぞ!?!!!!!??


5年かけて、5日で消えて、5分だけ遊べたゲーム。

語呂が良過ぎて1週間経ってもまだ炎上してる。

ふふ……ふふふ……

ゲームは5日で終わったのにな……

ふふふふふふ……笑えるよな……


俺の5年は、5分で全部無駄になったんだ……


しかもこれで仕事が終わったわけじゃない。

当然ながらディレクターは激怒。

どうしてこんな状態になったんだと怒り狂っている。


どうしても何も、決算が近くてこれ以上リリースを延期できないからとバグがある状態でのリリースを決断したのはあんただろうが。

責任は俺が取るとかなんとかカッコいいこと言っていたが、歴史に残る大爆死の後では体裁を気にする余裕もないらしかった。

赤字額は概算でも10億を超え、ゲームどころか会社すらサ終しそうだと株価はナイアガラの滝を形成してこれまたトレンド入りしてしまった。


はあ……

おかげで連日会社に泊まり込んでの残業だ。

敗戦処理ほど辛いものはない。

廃棄が決定した愛しいわが子を泣きながら埋めるような作業だ。辛くないわけがないだろう。


そもそも、企画段階からディレクターがあれこれと口出しをしてきて、自分が作りたいと思うものから離れてしまった。

それでもサラリーマンなんだからと言われる通りに修正した。

仕様変更の嵐でプログラマーやデザイナーには何度も頭を下げ、必死に修正を繰り返してなんとかリリースにこぎつけた。

苦楽を共にした、本当に我が子のような作品だったんだ。


「それが……こんな……」


悔しくて、涙がこぼれ出す。

視界が滲んで何も見えなくなった。


……次はちゃんと自分の作りたいゲームを作ろう。


誰かの言いなりになる人生はごめんだ。

たとえそれで上司と対立することになったとしても、自分の意見をはっきりいうんだ。


そういえば昔何かで見たことがある。

人生の最後に最も後悔することは、失敗したことではなく、挑戦しなかったことなんだと。


そうか。

あれってこういうことだったんだな。


あんなやつの言いなりになっていたことが、今は悔しくてたまらない。

どうして言いなりなんかになったんだろう。

たとえクビになったとしても、ダメだと思ったことはダメだというべきだった。

そうすれば、せっかく5年もかけて作ったゲームも、もう少しは長く続けられたかもしれないのに……


……ああ、それにしても眠いな。

3日間も会社に泊まり込んで仕事してるんだから当然か。

ほとんどろくに寝ていない。気がついたら体も机に突っ伏していた。


もう指一本動かない。眠すぎる。

視界もなんだかぐるぐる回って、さっきから耳鳴りがサイレンみたいに鳴り響いてて、なんだか猛烈な眠気が……


あれ、マジで指一本動かないんだけど。

もしかして俺やばくない?

視界はもうグルングルンと洗濯機のように回りまくってて、意識だけが体から抜けるような浮遊感に襲われている。何が何だかわからない。


このまま、死ぬのか……?


やり残したことたくさんあったのに……

でもまあ……やっと眠れるなら、それもいいかな……

さすがに疲れたよ……

次があるなら、もう少しホワイトな企業に転職して、自分の作りたいゲームを作れるところがいいな……


やがて視界は真っ暗に染まり、意識も暗闇の中に消えていく。


おやすみ、みんな……

修正した企画書は社内の共有サーバーにあげたから、あとはよろしく頼むよ……

俺は、先に……寝るな……



……

…………

……………………



……ん?

なんか視界が明るくなってきた。

もしかしてもう朝か?


真っ黒だった視界の中心に、小さな穴みたいな光が見える。

なんとなくぼーっと眺めていたら、急に何かが伸びてきて俺を掴んだ。

そのままどこかに引き摺り出される。

目の前の光はどんどん大きくなっていって、それが目の前いっぱいに広がった時、急に視界が広がって──


「おめでとうございます! 元気な男の子ですよ!」


なんか声が聞こえる。

聞いたことない声だ。

うちの会社にあんなに綺麗な声の人なんていたかな。


「みろ、君に似て可愛い顔立ちだな」

「ええそうね。あなたに似て勇敢な顔をしてるわ」


なんだかやたらと美しい声が聞こえる。

ゲームを作ってたから、キャラクターの収録にも行ったことが何度かあるけど、その時に聞いたどの声よりも美しかった。

一体誰だ?


声のした方を見ようとしたけど、うまく体が動かない。

首もなんというか、座ってるみたいでうまく動かない。

そもそも、誰かに抱かれてるみたいで、自分で動こうとしても全く何もできなかった。

とにかく声を出してみよう。


おーい、今は何時なんだ?


「おぎゃあ! おぎゃあ!」


俺が発したつもりの言葉は、まるで赤ちゃんが泣いたみたいな声にしかならなかった。


「あっ、泣きましたよ!」

「元気な鳴き声だな。これは立派な子に育つぞ」

「ええ、私たちの子なんですもの、当然に決まってるわ」


周囲の人たちが、俺の泣き声を聞いて喜んでいる。


んん?

どういうことだ?

もしかして俺は赤ちゃんになっているのか?

意識を失う前は寝てたはずだから、これは夢ってことなのかな?


「ふふ、このほっぺなんて君にそっくりだ」


超絶イケメンの男性が俺のほっぺを突いてくる。

いた……くはないが、触られている感触はある。

てことは夢ではないっぽいな。


なら、このぼんやり見えてきたとんでもない美男美女は、もしかして俺の両親ってことか?

まるでどこかの王族か貴族か、ってくらい美しくて、長い金髪は比喩抜きで光り輝いて見える。

それに、よく見ると耳もなんかとんがってるし……

もしかして、これは……エルフってやつか?


ということは、状況を整理すると、俺はエルフの子供に転生したってことになるが……

まさかそんなことが現実にあるなんて……


それにしてもさっきから視界の周りがキラキラ光っててちょっと邪魔だな。

美しすぎるのも考えものだ。

思わず光を振り払うように腕を動かした。


自分の目に映った手は、信じられないほど小さかった。

そんな小さな手を振ると、ちょっとだけキラキラする光が消えて、俺の両親と思われる二人の顔がさらに見えやすくなった。

うーん、これぞまさにエルフって感じの美しい顔立ちだ。


すると、二人の両親は俺をみて、やけに驚いた。


「今の手の動き……まさか魔力を払ったのか?」

「ええ、そうに違いないわ。生まれてすぐにもう魔力を感じ取れるなんて!」

「やっぱり君の魔法の才能を受け継いだんだな!」

「ええ、貴方の感知能力を受け継いだのね」

「これは間違いなく1000年の一人の才能だ!」

「歴史に名を残す魔法使いになるに違いないわ!」


なんだかやけに褒め称えている。

魔法とかよくわからないが……もしかして俺はすごいのか?


最初に俺を抱き上げたっぽい、別の女性が喜びの声を上げた。


「エルフの王族たるハイエルフのお二人の子なんですから、立派なハイエルフの王になるに決まってます!」


助産師っぽい女性が力強くそう宣言した。

どうやら俺は、エルフの王族の子供として転生したらしい。

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