第17話 受け入れの食事 ―Family Meal―
「妖精様のお店で働いてた職人さんの腕が上がったんですって!」
「あそこのバーガー食べたら、疲れが取れて仕事が捗るのよ」
「黒髪の妖精様、可愛いよねぇ」
街で噂が広がっていく。
ノクトゥルナ様の存在が、むしろ店の魅力になっていた。
「ふう...」
閉店後の深夜、椅子に崩れ落ちるように座り込む。
アルも、いつもの巻きたばこすら吸う元気もない様子。
「もう限界だな」
「ええ...」
開店から一ヶ月。
毎日が完売続きは嬉しいが、二人では限界を超えていた。
「仕入れに行く時間もない」
「休みも取れない」
「新メニューの開発どころじゃない」
「スタッフ、必要ですね」
「ああ。でもな...」
アルが真剣な顔になる。
「この店の"秘密"を知られても大丈夫な人間じゃないとな」
確かにその通りだ。
魔物の肉を使用していること。
ノクトゥルナ様の存在。
そして布教活動。
「いい案がある」
アルが静かな声で切り出す。
「奴隷を買おう」
「...!」
「この辺境の街には、奴隷市場がある。そこで、忠誠を誓わせた人材を」
俺は言葉につまる。
前世の感覚からすれば、それは...。
「ユウト、この国でのことは、この国の方法で考えないとな」
アルの声には確信があった。
「奴隷制度は確かに残酷だ。でも、だからこそ俺たちに救われるのを待ってる奴らがいる」
「アルさん...」
「考えてみろ。店で働いて、まともな給料をもらって、いずれは自由の身になれる。俺たちは、そんな機会を与えられる立場なんだ」
その言葉に、はっとする。
確かに、救いを求める者に手を差し伸べる。
それこそが、ノクトゥルナ様の教えではなかったか。
「分かりました」
「決めたか?」
「ええ。でも、一つ条件があります」
「なんだ?」
「必ず、その人の意思を確認したい。強制は絶対にしない」
アルが満足げに頷く。
「当然だ。俺たちは"救済者"なんだからな」
店の隅で、小さな妖精が静かに微笑んでいた。
*
辺境の街の地下深く、薄暗い通路を進む。
松明の煙と汗と血の匂いが、鼻を突く。
「気分が悪くなりそうだ...」
囚われの人々。
鎖に繋がれ、檻の中で震える姿。
胸が締め付けられる思いだ。
「ユウト、冷静になれ」
アルが小声で諭す。
「感情に流されちゃいけない。ここは商売の場なんだ」
「でも...」
「俺たちには目的がある。救えるのは限られてる。だからこそ、賢明に選ばないと」
アルは市場を見渡しながら続ける。
「体が弱い者、視力の悪い者、耳の遠い者...そういう『欠陥品』は値が安い」
「...どうしてそういう人たちを?」
「考えてみろ。力仕事ができなくても、料理の下ごしらえなら問題ない。目が見えにくくても、包丁さばきは覚えられる。耳が遠くても、厨房仕事はできる。そして俺達には彼らの能力を改善できるかもしれない術がある」
アルの声に、冷徹な計算が滲む。
「何より、そういう人たちは他では雇ってもらえない。ここで売れ残れば、その先は分かるだろ?でも、俺たちなら...」
その時、ある檻の前でアルが立ち止まった。
「おい、ユウト。あそこを見てみろ」
薄暗い檻の中、小さな影が震えている。
その横には...。
薄暗い檻の中、小さな少女が震えている。
その横で、片目を失った若い男が、少女を守るように寄り添っていた。
「兄妹か?」
アルが商人に尋ねる。
「ああ。目ぇ悪い兄貴と、足の不自由な妹だ。セットなら安くするぜ」
商人は鼻で笑う。
「他じゃ使い物にならねえから、在庫の処分みてえなもんだ」
アルが俺の耳元で囁く。
「ユウト、どうだ?兄は包丁仕事、妹は接客...」
その時、檻の中の兄妹が顔を上げた。
恐れに震えながらも、二人は互いを離そうとしない。
(この目...)
困っている者に手を差し伸べる。
そして、家族の絆。
「買います」
「セットで、銀貨5枚だ」
「高すぎる」
アルが交渉に入る。
「目も見えない兄と、歩けない妹か。世話の方が大変だろう。銀貨2枚が相場じゃないのか?」
「む...」
「他に買い手がつくとでも?」
アルの冷徹な声に、商人が唸る。
「...分かった。銀貨3枚だ」
「契約成立だな」
鎖が外される音。
恐る恐る立ち上がる兄妹。
「お前たち、これからは辺境バーガーで働いてもらう」
アルの声が、少し優しくなる。
「まともな給料を払う。ちゃんと働けば、いずれは自由の身にもしてやる」
兄妹の目が、かすかな希望の色を帯びる。
「本当に...私たちみたいなのを?」
兄が震える声で尋ねる。
「ああ。お前たちなら、うちの店に合ってる」
俺は頷きながら答えた。
傷ついた者たちへの救いの手。
それこそが、ノクトゥルナ様の望むことのはずだ。
「さあ、行こう。うちの店へ」
アルが二人を促す。
暗い地下から、光の差す地上へ。
「ちょいと旦那、そこの二人も買っていかないか?」
帰ろうとする俺たちを、奴隷商人が呼び止めた。
檻の隅を指差す。
「体が弱くて重い物も持てねえ若造と、耳が遠くて使い物にならねえ娘だ」
薄暗がりの中、痩せこけた青年と、うつむいた少女が座っている。
「こいつらも在庫処分でいいぜ?安くするから」
アルが俺の耳元で囁く。
「料理の仕込みなら、力はそれほど...」
その言葉を遮るように、俺は商人に向き直った。
「...二人でいくらですか?」
「おや?」
「体が弱くても、包丁は使えます。耳が遠くても、調理はできる」
「へぇ、そうかい?」
商人が意地の悪い笑みを浮かべる。
「なら、銀貨4枚ってとこだな」
「ふむ」
アルが煙草を燻らせながら交渉に入る。
「体の弱い奴隷は、食わせても働けない。耳の遠い奴隷は、指示も通らない」
「む...」
「銀貨1枚。これが精一杯だろう。お前だって俺達に押し付けようとして声かけしたんだろ」
商人が唸る。
アルの商才は、こういう場でも冴えわたっていた。
「...銀貨2枚。これ以上は引かねえ」
「決まりだ」
鎖が外される音。
おずおずと立ち上がる二人。
「私たちを...本当に雇ってくれるんですか?」
青年が不安そうに尋ねる。
「ああ。うちは人手が足りなくてな」
アルが答える。
「力仕事はお前にはさせない。料理の腕を磨いてもらう」
耳の遠い少女も、アルの口の動きを読んでいるようだ。
「さあ、行こうか」
人手不足は解消できる。
そして何より...。
「ノクトゥルナ様」
心の中で呟く。
「きっとこれが、正しい選択なんですよね」
かすかな風が吹き抜け、
優しく頷くような気配を感じた。
*
店の二階で、新しい仲間たちとの顔合わせ。
「では、自己紹介を」
アルの声に、おずおずと口を開く片目の青年。
「レイン...です。19歳。この子は妹のリリィ、12歳になります」
足の不自由な少女が、小さく会釈する。
「幼い頃に両親を亡くし...それから、奴隷商人に...」
言葉を詰まらせるレイン。
妹を守るため、どれほどの苦労があったのだろう。
続いて、痩せた青年が前に出る。
「カイと申します。17歳です。病弱で...力仕事は苦手ですが、細かい作業なら」
その手は繊細で、料理に向いているように見える。
最後は耳の遠い少女。
15歳のマリーは、口を動かしながらゆっくりと話す。
声の大きさが安定しないが、一生懸命に伝えようとする姿が印象的だった。
「今日から、みんなには賄い付きで働いてもらう」
アルの言葉に、四人の目が輝く。
奴隷として、まともな食事も与えられなかったのだろう。
「さて、ユウト。今夜の歓迎会を頼む」
「はい」
厨房に立ち、腕を振るう。
オーク肉のステーキ。
店では出さない特別メニューだ。
「これは...」
レインが驚いた表情を見せる。
片目でも、その肉の上質さは分かるようだ。
「うちの店の秘密の一つ」
アルが説明を始める。
「これは特別な肉だ。食べれば、体が丈夫になる」
四人が驚いた表情を見せる。
「まずは食べてみろ」
ステーキを切り分け、それぞれの皿に盛る。
ハーブの香り、焼き目の具合、全てマリアさんから学んだ技が活きている。
「いただきます...」
おそるおそる口に運ぶ四人。
そして、その目が見る見る大きくなっていく。
「こんな美味しいもの...」
「体に、力が...」
「暖かい感じが...」
リリィは言葉こそないが、頬を涙で濡らしながら食べ続けている。
「これが、うちの料理だ」
アルが静かに告げる。
「そして、これはまだ始まりに過ぎない」
魔物の肉の効果が、彼らの体を癒していく。
リリィの足の痛みも、カイの虚弱も、少しずつ改善されていくはずだ。
「明日からは、この料理を作る仲間として働いてもらう」
俺の言葉に、四人が力強く頷く。
ノクトゥルナ様の姿が、
かすかに微笑んでいるのが見えた。
新しい家族の誕生。
そして、布教の新たな一歩。
夜更けまで、温かな食事は続いていった。
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