第5話 Hallows’nightmareⅢ
「おい、待てよテメぇら。勝手にどっか行くなって。お陰で探しちまっただろうが」
落ち着く声だった。久しく逢っていなかった父との再会がまさかこんな形で実現するとは。
「父、さん……!?」
「あ? おぉっ、悠月! オマエも探したぞ。悪い奴だな、大人しくしてろっつったろ!」
仁はニコッと笑みを浮かべて、次いで太刀の刃に憑いた血を祓った。
父の姿は酷く傷だらけであった。薄汚れた衣服はもう何日も外に出ているような風合いで酷く傷んでいる。
事実、仁の様子はどこか草臥れて見えた。笑みこそ浮かべた彼ではあるが、その表情には疲弊の色が滲んでいる。傷だらけの身体からは赤い血が流れていて、つい先ほどまで闘っていた戦士のようにも見えた。
「父さん……?」
何かに気づいたのか、不安に怯える息子を、それでも仁は笑顔で落ち着かせた。
「ハハッ、なぁーに、この程度大したこたぁねぇさ。心配すんなって!」
ぐるりと周囲を一瞥して、仁は残っている怪物たちの注目を一身に集めた。
「しっかし、ひでぇ有様だな。急いで来たつもりだったが随分と殺ってくれたもんだ。テメェら今日は一体何人喰ったよ、えぇ?」
仁の問いかけに、奴らは何も答えなかった。
白い仮面で作られた口元が、挑発するようにニヤリと歪んでいるだけだ。
「……答えない、か。ま、いいけどな。死人に口無しだ。お喋りできる方が異常だ」
ポリポリと頭を掻き毟る仁。
この異様な現状を前にしても仁は平然としていた。態度こそ気を抜いてはいるが、その実、視線だけは冷たく鋭い。隙は限りなくゼロに等しかった。
恐らく、仁は敵が攻撃するのを待っているのだ。
彼が手に持つ太刀の長さは二尺ばかり。六○センチ程度の長さだ。対して、敵の攻撃手段は確認した限りでは、素手による刺突のみ。人の骨をへし折る威力はあっても、間合いは太刀の方が長いのだ。これならば、わざわざ自分から出向かずとも、飛び込んでくるのを待った方が仁にとっては都合が良いのだろう。
「ま、生憎とこんな日だ。テメぇらが外に出て遊びたい気持ちはよーくわかるぜ。だがなぁ……だからといって踏み超えちゃならねぇ境界線まで跨いで勝手するってのはどうかねぇ」
仁が太刀を構えた。
「成仏できねぇってんならそっちの世界で迷ってりゃよかったんだ。いちいちこっちの世界に干渉してきやがって。いい加減目障りだ。――来な。まとめて相手してやるよ」
白刃が返ったその瞬間、奴らは一斉に仁を狙って疾走を開始した。
「駄目だ、父さんッ!!」
仁の腕はよく知っている、けれどこの数が相手ではあまりにも分が悪い。
「フッ、まぁ見てなって。これが……オレの仕事だぁああああッ!!」
仁は勇んで魅せた。その闘気、覚悟は決して強がりから来るものではない。確たる自信と勝機を見出しているからこその気迫と応えであった。
呼吸を止めての踏み込み。まずは背後に迫った一匹を逆袈裟で仕留めた。次いで、流れるように二匹目、三匹目の息の根も忽ちの内に仕留めてみせる。
重さ一キロ弱にもなる太刀はいざ戦場で使うともなれば想像以上の重荷となる武器だ。素人が振り回せば数分ともたずに太刀筋が乱れる代物だというのに、対する仁はどうか。
彼が執る太刀は未だ踊るように剣風を巻き起こしている。怪我を負い、疲弊の色を滲ませながらできるような剣戟では決して無い。どれだけの研鑽を積めばこの領域に至るのか。勇ましく魅せる剣技の数々はまさに武人、鬼人の如き戦いぶりであった。
「ハハァッ! どうしたよ、テメぇらの力はこんなもんか。それじゃあオレは殺れねぇぞ!!」
力の差は歴然であった。
瞬く間に切り伏せられていく怪物たちは見ていて清々しくもある。あれほど恐怖に怯えていた悠月も今では父の勇猛果敢な闘いぶりに心を奪われ、勝利を確信するに至っていた。
「あーあー……なんだよ、なんだよつまらねぇなぁ。こっちは一人だってのにまるで相手になってねぇぞ! 結局オマエたちは、弱ェ奴を相手にしなきゃ威張ることもできねェタヌキってこったなぁ!? なぁ亡霊さんよぉッ!!」
亡霊、と呼ばれた怪物たちが一斉に後退さる。
たった数手の打ち合いで敵の数は半数以下にまで減少していた。
「あん? なんだよ。威勢が良かったのは最初だけか。距離を取れば安全だろうって?」
怪物たちは仁から充分に離れるとピタッと静止した。
完全に〝見〟の態勢である。武士相手にはそれが一番だと学んだのだろう。
だが、それこそ仁相手には無意味な策であった。
確かに、相手が剣技を頼りとするならば、距離を取るのは上策と言えただろう。既に疲労困憊状態にある仁である。刃の届く範疇まで距離を詰めるとなれば大きく体力を消耗してしまう。そこを突けば、或いはこの鬼人も討ち取れるやもしれぬ。
が、それはあくまで仁が武士であれば、という理屈の上に成り立つものだ。
喩えばそう、彼が遠くにまで刃を届かせることの出来る技を会得していたとしたら――カカシも同然に様子見などという愚策に走った標的を、仕留め損ねることなどありはしない。
「ま、考えは悪くねぇな。ない頭で出した結論としては上出来だよ。――だが残念だったな」
仁が腰に佩いていた鞘に太刀を納めた。
見開いていた双眸を閉じ、相対する亡者たちの魂、その命脈たる鼓動を心眼で〝視る〟
「覚えとけ。此処では非常識こそが常識だ。オレはな、武人である以前に魔法使いだ」
闇に閉ざされた視界の中で沸と浮かび上がったソレは等しく赤橙色に揺らぐ怪物たちの魂であった。漏れはない。全方向から認知できる同系統の鼓動は全て捕捉した。
「刃が目に映るモノしか切れないと思っているなら……それは大間違いだぜ」
閉じられていた双眸が開かれる。
悠月と同じ極彩色の魔眼が仁の瞳を七色の輝きに燈したのとほぼ同時、納められていた白刃がたちどころに抜き放たれて周囲を薙いだ。
〝――ッ!?〟
音もなく、黒衣の怪物たちが倒れていく。
白い仮面から溢れんばかりに滾っていた赤橙色は明滅し色を失う。
怪物たちの死は肉体の損傷によりもたらされた死ではなく、魂を喪ったことによる死。動力源となっている心の臓を直接断たれたことによる消滅死であった。仁は魔眼を通して視た奴らの魂を内部から刈り取ってみせたのである。
「……凄い、これが父さんの力」
神業の如き所業に悠月は目を疑った。
理屈はわからずとも、父はたった一人でこの劣勢を打破して魅せたのだ。
まさに圧巻の一言。悪夢のような恐怖を前に勇猛果敢に闘った父の勇姿は息子である悠月にとっては英雄の様に映っていることだろう。
「ふぃ~。これで一丁上がりっと」
仁は深い溜息をつくと、緊張の糸を解いた。
これ以上の脅威はないと判断したのだろう。抜き身の刀身を鞘に納めた仁は、耳元にハメていたイヤホンのような石に触れると、いつもの調子で誰かと喋り始めた。
「おい、聞こえるか。オレだ。広場に群がってた亡霊はオレが処理した。こっちは問題ない。んなことよりさぁ、早くそっちも終わらせてくれよ。流石にオヤジ一人じゃキツイってぇ~」
仁はそのまま誰かと、うん、だの、はい、だのと相槌を打っている。
すぐに応対は終わるかと思っていたが、どうやらそうではないらしく、長引いている様子から鑑みるに、話し相手の方は些か機嫌が悪いようであった。
「チ、相変わらず手厳しいな社長は。たまには労いの一つでもあったっていいじゃんかケチ」
辺り一面は非現実的な異様な光景が広がっているというのに、この男はどうやら意にも介していないらしい。本来ならば正気を失っても可笑しくない環境で仁は。
「おい、大丈夫か悠月。ケガはしてねぇだろうな」
異様なほど冷静に、むしろ明らかに慣れた様子で、いつもの陽気な態度を貫いていた。
「父さん……さっきの奴らはなに! ここは何処、一体、何が起きてるの?」
逆に悠月はこの異質な空間を前に半ば気が狂いかけていた。
無理もない。轟々と燃え盛る移動販売車に重機で削り取られたように抉れたアスファルト。無数に転がっているのはゴミではなく、生きていた人の死体である。
つい先ほどまでは笑顔が絶えない場であったはずの広場は、すっかり死の海と化し、屍が跋扈する狂気の世界となっているのである。これで正気を保っている方がよほど異常である。
「此処は外の世界。〝外界〟だ」
「外の……世界?」
「天国、地獄、異界、冥界、黄泉の国。呼び方なんて人それぞれだ。好きに呼べばいい。仮にオレたちが生きている世界を『表』だと喩えるなら、この場所は『裏』の世界ってことになるんだろうな。ありとあらゆる負の側面を背負わされた、闇と死者が住まう場所ってところさ」
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