第18話 第四章 誠実
赤い空の下、屋上では椎名が悲しそうに俯いていた。
「深田さん、本当にいい人だった。みんなに優しくて、なのにずっと一人なんて……」
「良い訳ないよな、俺もそう思うよ。あいつは誰かと一緒にいたかった。それだけだったのに」
本人が引っ込み思案なのもあるけれど、それも彼女の傷を思えば納得できる。もしかしたら死なせてしまうかもしれない。
そんな自分を呪いながら誰にも迷惑かけないように深田は閉じ籠っていたんだ。
本当は誰かといたいのに。その本心を殻に閉じ込めて。
「だけど、その傷は悪化した。だから触れなくても周囲の命を死なせてしまうようになった。……鏡君が! 君が現れたから!」
「…………」
深田の傷の悪化。それは俺の傷のせいなんだろう。俺が存在するだけで世界は壊れていく。
まるでヒビが入り、さらに大きくなっていくように。
「君の傷が悪化させる。周りを不幸にする。確かに早百合ちゃんも深田さんも辛い境遇にはいたけれど、でも死ぬほどじゃなかった。全部君が現れたから、それから悪くなり出した」
大切なクラスメイト、大事な世界。それは俺という異物のせいで壊れていく。
「君は、どこまでいっても悪魔だよ」
その元凶を前に、椎名は睨んできた。
「なんだ、答え合わせの時間か? まだ一人残ってるっていうのに気が早いやつだな。それかもう一人はどうでもいいってか?」
「そんなことないよ! あまり話はしたことないけど、彼女だって私は」
俺が結論を出した過程には忘れてはいけないもう一人の女の子がいる。答えを出すのはそれを話した後でも遅くない。
「なら、最後の一人を話そうか。あいつは……悲しいやつだったよ」
*
暑い。思うんだけど神サマはこの気温のこと忘れてるんじゃないか?
この世界をどう思ってるのか知らないがこの暑さだけはどうにかしていいだろ、いやマジで。
誰も苦情入れないって。むしろお前は辛くないのかよ。嫌だろ普通に。この暑さぞ?
俺なら迷わず変えるね。
いつしか俺は立ち止まり窓から外を見つめていた。廊下から覗く外の世界は青い空と海が広がっている。
白くて大きな雲すら鬱陶しく思えるぜ。
「どうかした?」
そんな俺を担任教師の秋山が気にかけていた。
振り返り俺を見る。黒の長髪を一つに束ね眼鏡を掛けた目が俺を見る。
「先生はさ、暑いとは思わん?」
「慣れるしかないわね」
「そこでなんとかしようという発想はないんすかね?」
「社会へ適応するための場所が学校なのよ」
マジか。
「…………」
「? 鏡君、どうかした?」
彼女と目を合わせて話をする。それだけのことだ。ただそれだけのことが上手く出来ない。
そんな俺に秋山は不思議そうな顔をする。
「まあ、新しい生活が始まるわけだし緊張するのも分かるわ」
「まあ、ね」
俺はもう一度窓から景色を見る。代り映えのしない世界。その不変さに現実逃避したくなる。
変わらないもの。そんなものあり得ないのに。
「着いたわよ」
視線を向ける。教室の扉が目に入る。
ここが新しい場所、新しい世界の扉か。
「一緒に入ってきて」
そう言われ秋山の後ろについて入室する。
「みんなおはよう。今日はみんなに新しい友達がやってきたわよ。じゃあ自己紹介してくれる?」
明るい声に促され教壇に立つ。新しい居場所、希望あふれる青春の一ページが開く。
が、そこから見える光景は決して活気のあるものではなかった。
黒い髪の女の子は俯き白い髪をした女の子は本を読んでいてこちらを見る素振りもない。
それだけ。誰も俺を見ていない。それが俺が過ごすことになる教室だった。
「えーと」
俺が声を出しても二人は見向きもしない。
これは無視とか言うレベルではない、拒絶では?
どうでもいいなんて生易しいものじゃねえだろ、断固として関係を持たないという鉄の意思と鋼の決意を感じる。
どうしよう、心折れそうなんだけど。
いや諦めるな、俺は俺の夢に邁進するのみ! 俺がここにいる意義を打ち立てるんだ!
「俺の名前は鏡京介。夢は友達百人です。って、百人いないやないかーい!」
「…………」
「…………」
「以上です」
真顔になるわ。
「ええと、はい。それじゃみんな仲良くしてあげてね。先生はこれから鏡君と話があるからみんなは待っていて」
俺は秋山と一緒に教室から出る。
「悪くなかったわよ、自信落とさないでね」
そいつはどうも……。
俺と秋山は応接室へと入りソファに座る。エアコンが送り込む冷風に俺たちは気を緩めソファに背もたれた。
「神はここにいた~」
「面白いわね、君は」
それから俺と秋山で簡単に話をしていった。
この学園のこととか傷のこととか。秋山の様子はなんだか憔悴しているようで俺から見ても心配するほどだ。
とはいえ無理もない。教室にいるのはあの二人だからな。
そんな秋山だけど俺が友達を作ることに前向きなのを見て嬉しそうだった。
だからというわけではないが頑張ろうと思う。
それから秋山と別れ教室に戻る。扉を開ければ出て行った時と同じ配置で女子二人が座っていた。
会話をしていた感じもない。まるで置物だ。俺が入ってきてもガン無視だし。
いや、ここで立ち止まっていてはいつまで経っても変わらない。
いけ、戦え俺! 戦うんだああああ!
「……ふう」
息を吐いて気持ちを固める。
意を決し、俺は黒い髪の女の子の前に立った。
ショートカットで今も俯いている。そのため顔は見えない。
「あのー。はじめまして、今日転校してきた鏡京介。よろしく~……」
「なんで……なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」
「…………」
彼女は俺の挨拶には反応せずなにやら小声でつぶやいている。
両手はスカートの上でぎゅっと握られ、ただならぬ雰囲気だ。
うん……、止めておいた方がいいな。
次の生徒に向かう。正直こっちはこっちですでに無理そうな雰囲気が漂っているんだが仕方がない。
茨の道か出口の見えないトンネルしかねえのかこの教室は。
俺はもう一人の前に立つ。白い髪のセミロングの彼女は分厚い洋書を読んでいる。
赤い表紙に英字? のタイトルが載っているが俺にはヘビの落書きと区別がつかん。
「はじめまして、俺の名前は鏡恭介。よろしくね」
彼女は微動だにしない。目線は常に本に向けられ俺を一度も見ない。
「あのー……ハロー?」
手を振ってみる。それでも反応はゼロ。なにもなしなんてある?
「……死んでる?」
「生きてます」
おお!
「なんだ喋れるのかよ、たまに動くから呪われた人形かと思ったわ」
「なんですかそれ、失礼ですよあなた」
「人の挨拶無視しておいてお前が礼儀を語るのか」
彼女が俺を睨む。ようやく俺を見てくれた。だが全然嬉しくない。
彼女の険を纏う雰囲気が分からないほど俺も空気が読めない男ではないが突き進むしかない。
「なあなあ、俺のことは鏡でも京介でもいいからさ、上代って呼ばせてくれよ」
「どうして私の名前」
「先生に聞いたんだよ。で、いいか?」
「好きにすればいいじゃないですか。ていうか、話しかけないでもらえないですか?」
「どうしてだ?」
「どうしてって」
彼女の名前は上代京香。つんけんした態度で誰とも仲良くなろうとしない。
そんな彼女は俺にも同じナイフを向けているわけだ。
「あなたは抵抗とかないんですか?」
「全然。俺の夢知ってるだろ、友達百人なんだって。みんな笑顔で学校生活送るのが夢なんだよ。自己紹介の時言ってたんだぜ」
「それは聞いてました。冗談か頭のおかしい人だと思いましたけど」
「お前。言うねー……言うよねー……」
仲良くなろうとしないというかなれないの間違いじゃねえか?
「そのさ、上代にもいろいろあったと思うけど、俺とならまた違うかもしれないじゃん? 別に読書の邪魔をしたいわけじゃないんだ。それはそれとして、空いた時間にでも話をしたり」
「さきに言っときます。私は誰とも仲良くなる気はありません。あなたともです。だから話しかけないでください、迷惑です」
ぴしゃりと会話を遮られ上代は本に目線を戻してしまう。
どうしたものか、話しかけるなと言われてはさよならとかまたねとも言えず、仕方がなく自分の席に戻っていく。椅子に座り項垂れる。
「…………」
クソゲーだああああああ! クソゲークソゲー! マジでクソ! クソゲー! ほんっとクソゲー! ああー、うんこだわ。あー、うんこ。あー、うんこうんこ。マジでクソなんですけどおおお。
これで俺、どうすればいいんだ?
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