第5話 クラスメイト

「その、すみませんね先輩。変なこと聞いちゃって」

「ううん! 私こそごめんね。もっと上手く返事をできればよかったんだけどね、うまくできなくて。鏡君に要らない心配かけちゃったね。ごめんね」

「いや、俺のせいだし。先輩がそこまで謝ることないっていうか」

「そ、そうかな? ごめんね」

「いや、いや。まあいいや」


 こういう性格なんだろう、止めるのは止めておいた。とりあえず深田先輩の人柄は分かった。


 それで早百合は次の子を紹介してくれた。


「じゃあ次だね。この子が椎名亜紀(しいなあき)ちゃん。私たちと同じ二年生でね、このクラスの委員長なんだよ」

「へえ」


 彼女を見る。座っている彼女の隣にいるのが深田先輩だからというのもあるが小柄に見える。


 黒い髪のショートカットで眼鏡をかけた女の子。その目が遠慮がちに俺を見上げている。


 反対に俺は感情を整理するのが難しい。


「…………」


 チッ、ふざけんなよこいつ。俺に言うことあるんじゃねえのかてめえは。


 正直、いろいろ言いたいことはある。


 だけどここでそれらをぶち撒けても空気悪くするだけだし、まあ、こいつの気持ちも分らんでもないっていうか。


 それでも謝罪の一つくらい言えとは思うけど。


「まあ、なんだ」


 ずっと見つめ合っていても埒が明かない。


 これ以上は早百合も不審に思うだろう。ここは大人の対応しとくか。


「鏡恭介だ。よろしく」

「あの、椎名です。よろしくお願いします」


 おとなしい性格なんだろう、その表情や態度は弱々しい。それに負い目もあるだろうし。


 なんていうか、もういいよ。


「一応なんだ、俺はお前の邪魔をしにきたわけじゃない。本当だ」


 それだけ言って切り上げた。


 まあ今はこんなだけどもしかしたら追々仲良くなっていくかもしれないし?


  最初はこんなもんだろ。露骨に敵対的な態度を取っているわけでもないしさ。


 だからこれはもういい。お終いだ。


「あの!」


 そこで呼び止められた。


「私も、同じ、です」


 その瞳は未だに怖がっているようだけど、それでもこいつ、椎名はそう言ってくれた。


 なんだ、言えんじゃん。今までこいつのことなんも知らなかったけど、思ってたのともしかして違うのかもな。


 ただ、そういう意味では次の子はかなりヤバそうなんだよなぁ。


 というのも最後の女の子はずっと読書をしており顔を下に向けている。


 どう見ても話しかけられたくないという拒絶の姿勢だ。


 白い髪のセミロングで体型は小柄。俺が教室に入ってからまったく姿勢が変わっていないぞ。


「あの子は一人がいいみたいで」

「え?」


 そう言ってくれたのは深田先輩だった。


「そうなんですか?」

「あの子は上代京香(かみしろきょうか)ちゃんって言ってね、このクラスで唯一の一年生なんだ。だから同い年の子がいなくてね。だから友達がいないのかな……?」

「そう、かもしれません。ただ、以前話しかけた時一人がいいと言われましたので、本当に一人がいいのかもしれません」


 深田先輩と早百合が教えてくれる。


 そうだったのか。深田先輩の寂しそうな表情を見るにもしかしたらきっぱりと言われてしまったのかもしれない。


「でもさあ、やっぱり一人なんて気になっちゃうよ。せっかくなんだから友達になって楽しくわいわいしてほしいな」


 早百合までもしょぼんとしている。感情豊かだな。


 彼女の気持ちも分からなくはないんだが人がどう思うかはその本人の問題なんだし、それを無理に他人がどうこうするのは違うんじゃないかな?


「でもさ、接し方は人それぞれなんだから無理に親しくなることはないんじゃないか? 早百合がそこまで心配することじゃないって」

「ねえ鏡君、どうにかして京香ちゃんと仲良くなれないかな?」

「は!?」


 こいつは今俺が言っていたことを聞いていたのか?


「俺がか?」


 第一、アンチATフィールドであるお前が無理なのに俺にできるわけないだろ。


 なのだが早百合は泣きつく勢いでお願いしてくる。


「協力してよ鏡君。京香ちゃんだけが一人なのはなんていうか寂しいんだよ」

「とはいってもだな」


 自分で言うのもあれだが俺はたぶん人付き合いがうまい方じゃないぞ。力不足だ、できる自信がない。


「私が話しかけても避けられちゃうし。転校生っていう機会をフル活用して話しかけるチャンスだよ。めざせ友達百人だよ」

「百人もいないじゃねえか」

「それぐらいの気持ちで挑むの!」

「分かった、やるよ……」

「がんばってね!」


 くそ! 早百合の頼みとあっては無下に断れん。


 俺は反転し今も本を読んでいる少女、上代京香に近づいていく。覗いてみると読んでいる本は洋書だった。


「すげえな」

「なんですか?」


 邪険にする目が見上げてくる。人が読書しているところに突然話しかけたんだから仕方がないか。


「ああ、悪い。その、転校生の鏡京介だ」

「知っていますよ、ホームルームで聞いてたんですから」

「そりゃそうだよな。まあ、これから同じクラスで世話になるからさ。あいさつでもと思って」

「そうですか」


 そう言って上代は顔を本に戻してしまった。


 前情報通り他人と親しくなるつもりはないらしい。ずいぶんクールというか、愛嬌がない。


「なあ、ちょっといいか?」

「なんですか、今忙しいんですけど」

「まあまあ、本なんていつでも読めるじゃねえか」

「時間をどう使うかは私が決めることです」

「なら俺とのおしゃべりに決めてくれないか?」

「お断りします」


 またずいぶんばっさりだな。


 俺は振り返ってみんなを見る。


 深田先輩と椎名は心配そうな目で見つめ、早百合はいけいけと拳を振り上げている。


 要は誰も助けてくれないってことね。へいへい。


 俺は上代の前に回り込んだ。読んでいる本は分厚い。


 タイトルもアルファベットでどんな本なのか、ファンタジーなのかサスペンスなのか、はたまた学術書なのかも分からない。


「上代だっけ? それ読めるのか?」


 高校一年で洋書を読むとかそうとうレベル高いと思うんだが。


 それか中二心をこじらせて読んでる振りをしているだけのファッション洋書読書家のどちらかだ。


「先輩って馬鹿なんですか?」

「は?」


 上代は本から少しだけ顔を上げると冷たい目を向けてくる。


「読めるから読んでいるんでしょう。それ以外なにがあるんですか」

「えーと、かっこつけてるだけ、とか」

「は?」


 目つきが鋭くなる。


「ほら、洋書読める私かっこいい、て感じで読めないけどとりあえず読んでる振りだけでもしてるみたいな」

「なんですかそれ、馬鹿馬鹿しい」


 確かに馬鹿馬鹿しいけど中には突然海外の新聞を読んでみるやつもいるとかいないとかって話だぞ。


「なあ」

「なんですか、邪魔しないでください」


 上代は本を俺とは違う向きにして読んでいく。


「そう言うなって。読書の邪魔してるのは申し訳ないんだけどさ、上代は友達っているのか?」

「いえ。それに欲しいとも思いません。というかいらないです」

「どうして」

「ノーコメントです」

「カモーン。俺たちは初対面だ、初回特典ってことで教えてくれよ」

「教えません」

「聞かせてくれよ、気になるだろ」

「くどいです」


 ダメだ、テコでも動かないぞ。


 さて、どうしたものかな。ここは正直に言うか。


「分かった、正直に言おう。実はいつも一人でいるお前がかわいそうだと匿名の人物から依頼があった」

「桃川さんでしょ、聞こえてましたよ」

「だよな。そりゃそうだ」


 俺は振り返り早百合を見る。あのアホの子め、同じ教室内なのに普通に声出してたら聞こえるに決まってるだろ。


「なら話は早い。あいつはお節介だし上代にその気がないのも分かる。でもあいつの気持ちも少しは汲んでくれないか? 悪いことをしたいわけじゃないんだよ。そして俺の立場も察してくれ。手ぶらで帰ったらなにを言われるか分からん。俺を救うと思って手伝ってくれ」

「私を巻き込まないでくださいよ」

「巻き込まれた時点でもう遅いよ。俺があいつにどれだけ振り回されてると思ってる。ツタンカーメンの墓を掘り起こす勢いで開かずの扉から叩き起こされたんだぞ?」

「…………」


 すると上代は本を閉じてため息を吐いた。


「仕方がないですね」

「サンキューな」

「はあ」


 上代が立ち上がる。俺たち二人は早百合たちが待っているグループに合流した。


「京香ちゃーん!」

「ちょ、なんですかいきなり」


 早百合が上代に抱きつく。それを上代は嫌そうに逃れようとしているが小柄な上代では抵抗むなしくされるがままだ。


「来てくれてうれしいよ~」

「私は来たくありませんでした。あと頭を撫でるのを止めてください」

「京香ちゃんはかわいいな~」

「桃川さん聞いてるんですか?」

「かわいいな~」

「……そう」


 諦めた!?


 上代が来たことでここはクラス全員が集まった。


 桃川早百合。深田真冬。椎名亜紀。上代京香。そして俺。この学園のクラス計五人だ。


 俺は今日からここで、この人たちと一緒に学校を過ごしていくんだな。


「そうだ!」

「なんだよ」


 早百合が両手を合わせる。パン! という音が鼓膜に痛い。


「せっかくなんだしさ、鏡君の歓迎会をやろうよ!」


 歓迎会? 俺の?


「それはいいですね!」

「うん、いいと思う」

「私は参加しませんよ?」

「うん、みんな参加みたいだね」

「桃川さん聞いてます?」


 早百合の突拍子もない案だが一名を除いてほぼ好意的に捉えられている。


「いやいや、気持ちは嬉しいけど大げさだって。転校生が来ただけで歓迎会なんて」

「そんなことないよ! 鏡君はここに選ばれた特別な仲間なんだよ」

「仲間?」


 最初仲間という言葉に違和感を覚えたが俺たちは傷という共通点を持つ者同士なんだよな。


 部活とかサークル仲間というわけではないが単なるクラスメイト以上の意味を持つ。


 仲間というのは的を得た言葉だなと思った。


「だから歓迎するよ。鏡君もここで楽しんで欲しいな」


 楽しむ、か。


 ここから俺の生活、ううん、俺の人生が始まると言っても過言ではない。


 ここにいるみんなと一緒に始めるんだ。


「そっか」


 それを思えば感慨深いものがある。まだ目が覚めて十日の俺でもそれくらいは分かる。


「そういうことなら、歓迎されようかな」

「いよっしゃー!」


 早百合が飛び跳ねる。


 そんなこんなで俺の歓迎会が決まった。


 とはいえいつどこでするのかはまた後日決めようということでその日はそのまま普通に日程を過ごし帰ることになった。


 下校中、俺は早百合と一緒に通学路を歩いている。


 車道に面した歩道は反対側が土手になっており緑と一緒にたんぽぽの黄色が広がって車道の向こう側には海が広がっている。


 夕焼けのオレンジが海面に反射してキラキラとまぶしいくらいに輝いている。


 とはいえ俺としてはもう見飽きた光景だ、エロ本の表紙の方がまだ感動できるぜ。


 だというのに、俺の前にいる人物は歩道の端に立ちバランスを取りながらウキウキと歩いていた。


「鏡君の歓迎会楽しみだな~」

「お前が楽しみにしてどうするんだよ」

「それはそうなんだけどさ」


 俺の歓迎会なのに早百合は自分のことのように楽しみにしている。


「実はみんなでなにかをするのって初めてなんだ。だから鏡君の歓迎会でね、鏡君だけじゃなくてみんなが仲良くなれたらいいなって思ってるんだ」

「なるほど」


 俺の歓迎会はそういう思惑もあったわけか。


 俺には普通に見えたけどクラスのみんなはまだ表面的な付き合いらしい。それを俺の歓迎会で親密になろうという狙いだ。


 確かにそういうことならやることには大きな意義があるだろう。


「鏡君はさ、みんなとは馴染めそう?」

「ん? どうだろうな、今日会ったばかりだし」


 合うかどうかそれはよく分からないけれど。でも合わないってことはないんじゃないかな。


「きっと仲良くなれるよね?」

「ま、なれるだろ」

「うん。よかった!」


 俺の答えを聞いて一段と笑顔になる。


「みんなね、いい子なんだよ。真冬ちゃんはちょっと引っ込み思案なところがあるけど気遣いがうまくてね、椎名ちゃんは大人しいけどすごく優しいの。京香ちゃんとはまだ話はできてないけど、あの年であんな本が読めちゃうくらい頭がいいの。だからみんなすごいんだ」


 早百合は自分のことのように嬉しそうに話していく。


 それだけみんなのことが好きなんだろう。あの上代のことでさえそれは変わらない。


 俺はふと早百合から土手に咲くたんぽぽの群衆に目を向けてみた。まるで黄色い絨毯のように並ぶ様は花畑の優雅さと変わらない。


「すごいよね、たんぽぽの数。こんなにたくさん。そういえばたんぽぽの花言葉って知ってる?」

「いや?」

「幸福、真心の愛、別離、誠実、神のお告げなんだって」


 え?


「おいおい、どうした突然。お前博士キャラじゃないだろ。なんで急に賢くなったんだ」

「ふっふっふ。実は以前真冬ちゃんが教えてくれたのだ!」

「そういうことかよ」


 感心して損したわ。


「驚いたでしょ?」

「おう。危機感を覚えたが答えを知って安心したわ」

「ちょっとどういうことよそれ」

「聞くな、お前を傷つけたくない」

「ムキ~。傷つくんですけど!」

「はっはっはっは!」


 本当に早百合は面白いやつだ。こいつと出会えてよかった。


 それで、今度はほかのやつらとだな。


 この学校では傷と呼ばれる異能を持った子たちが集まっている。その傷のせいでみんなは秘密を抱え本当の友達になりきれていない。


 だからこれを機に傷なんて壁を超えて友達になれたら俺も嬉しい。


 生まれてきて駄目な人間なんていない。生きていて駄目な人間なんていない。


 俺がここに来たことをきっかけにこいつやみんなが仲良くなれたなら、俺も自分に対して少しは自信を持てるだろうか。


 生まれてきて良かったと。


 けれど問題が発生した。


 二日後の歓迎会の当日に、上代が辞退すると言い出したんだ。

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