Episode.014 俺の国って他国の事情に疎いよな?

『果報は寝て待て』とのことわざがあるが、国王にとっては辛辣である。


 実際に自らが出向いて、事態を解決することなどほとんど無い。

 先日のエチゴーヤ商会での乱闘などは、例外中の例外というより他はない。

 通常は国の方針を家臣に託して、結果をただ待つより他には無いのである。


「本当に程々にして貰いたいのじゃ」

 シャラクが溜め息交じりに、書状を差し出してきた。


「先程、早馬で伝令が、これをラウール様宛にと、息を切らして届けてきたのじゃ」

 俺は引っ手繰るように、書状に目を通した。


 第一報はゼロニス外交官からの、外交交渉の経過速報であった。

 内容は、案の定と言うか? ここまでするか? という内容であった。

 つまりは既にエチゴーヤ商会はして、債務整理の状況であるとの知らせであった。

 

(完璧になめられてるな。しかしこちらにも切り札が揃いつつあるんだ)


 俺は直ぐに、二通の返書をしたためた。

 一通はゼロニス外交官宛で、黒幕がイッツターン商会であること。

 また詳細や経緯までを、丹念に書き込んでおいた。

 もう一通は、イッツターン商会と面会を求めて、直接手渡すための親書を託すことにした。


「しかし、こんな手に大手商会が乗ってきますかのぉ?」

 シャラクは不安げな表情で、書状を手に伝令の元へと向かっていく。


「大手商会だからこそ、乗らざるを得ない提案も有るものさ」

 俺はシャラクの後を追いつつ、伝令の元まで付いて行った。

 伝令役の武官は疲れも見せずに、書状を恭しく受け取ると、取って返して通商連合に向かってくれた。


 あの後、通商連合との外交戦略の練り直しを計っていた。

 イッツターン商会の名が出た時に、焦ったのはサーシャだけではない。

 イッツターン商会は通商連合の中でも、十貴院に属する商会である。

 云わば、特権階級の商会なのだ。

 相手が相手だけに、駆け引き次第では、通商連合全体を敵に回さればならなくなる。


 そのためには通商連合の中に、亀裂を生み出さなければならない。

 しかし十貴院の各大手商会あてに、イッツターン商会の違法行為の荷担を知らせるだけでは、決め手にはならない。

 その様な情報は大手商会自体が、掴んでいない訳がないのだ。


「やっぱり待つ事しか出来ないのか……」

 俺は歯痒さを吐き捨てるように呟くと、私室に取って返すのであった。



◆    ◇    ◆    ◇    ◆



 イッツターン商会の商会長カネスキーは、不機嫌この上なかった。

 そもそもが目の前の男、エチゴーヤ商会の商会長のコガネッロが、輸送コストを削るために、一部密輸品をロレーヌ王国の支店に運び込んだのが始まりだったからだ。


「全く馬鹿なことを仕出かしてくれおったわ!」

ドカドカドカドカ……バキバキバキバキ……ドスドスドスドス……

 目の前の男を、いくら足蹴にしようともその怒りは収まることを知らない。


「そもそも系列商会などに取り立ててやったのが、大失敗だった!」

ドカドカドカドカ……バキバキバキバキ……ドスドスドスドス……


「おかげで計画倒産のための、短期間での膨大な貸付額……この上計画倒産の噂が立てば、通商連合の特別監査を受けねばならなくなるのだぞ!」

ドカドカドカドカ……バキバキバキバキ……ドスドスドスドス……


「お、お許しください……カネスキー様」

 痣だらけで、ボロ雑巾の様に横たわったコガネッロが、ひたすら懇願していた。


 商会の信用は、取引の透明性に在ると言っても過言ではない。

 いくら儲けていても、不透明な金の流れで儲けていては大手商会の名誉は守れない。

 もちろん多少の額は、膨大な資産によりに出来る。

 要はマネーロンダリングも、方法は色々とあるのだ。


 しかし、短期間での中堅商会規模への過剰融資には、隠ぺいの余裕がはとんど無かった。

 いくら十貴院の特段の意向とは言え、一般商会からの風当たりは日増しに悪い方向に流れてきていることを、肌身でヒシヒシと感じている。


コン、コン、コン……。

「構わん、入れ」


 入室の許可を得て入室してきたのは、イッツターン商会の家令であった。

「ロレーヌ王国からの外交官が、親書を携えて来訪致しております」


 イッツターン商会の商会長カネスキーは暫し考えた。

「ロレーヌ王国から親書という事は、ただ系列の親会社だからと言う訳ではあるまい。ひょっとしたら、捕縛されたエチゴーヤ商会の者が全てを自供したのか?」


 カネスキーは、急に顔が青ざめるのを感じた。

「直ぐに使者とやらと会おう」


 カネスキーは家令に命じて、賓客専用の応接室を用意させた。

 カネスキー自身も応接室に移動して、外交官の到来を待った。

 やがて……。


トン、トン、トン。


 規則正しいノック音と共に、家令と外交官が入室してきた。

 見るとまだ30代半ばの若手外交官の様だ、髪は金髪の巻き毛を端正に短く切り揃えている。

 身嗜みもロレーヌ王国の政務官の服装を、隙無く着こなしている。


(ふむ、几帳面な性格のようだな。業務成果をコツコツ積み上げてきたのだろうが、外交の実践はこれからというところかの)


 カネスキーは相手を一通り値踏みすると、与し易しと判断してニコヤカに応対した。

「これは遠路遥々、よくぞお越し頂いた。さぁこちらにお掛け下され」


 ロレーヌ王国の外交官ゼロニスも、勧めに従い着座した。

「まずは此度の犯罪は、国際法に反していることをお認めになりますかな?」

 ゼロニスは、着座するなり交渉を切り出した。


「まったく我が通商連合に加盟する商会が、だ犯罪に手を出したものと、国内でも非難の声が高まっておりますわい。直ぐにエチゴーヤ商会に対して特別監査を行ったところ、巨額の赤字を隠蔽していたようで、此度の犯罪も赤字の補填のために、悪事に手を染めたようですなぁ」

 カネスキーは事前に用意していた台詞を、他人事のように答えた。


「確かに。此度の犯行がエチゴーヤ商会の単独での蛮行であれば、事は大事にならぬのやも知れませぬなぁ」

 ゼロニスは思わせぶりな口調を崩さず、カネスキーの眼を真っ直ぐに見据えている。


(ロレーヌ王国は、一体どこまで事の詳細を把握しているというのだ)


 カネスキーの額から汗が一筋、ツ――ッと滴った。


「我が商会も出来る限りの便宜は図ることも、吝かではない。一応は当商会も、資本を入れていた責は負わねばならぬのでな」

 普段ならこちらからの譲歩など、一顧だにしていなかったのだが、さすがに? が危ういと、長年の商談からの経験が訴えている。


「ロレーヌ王国は、イッツターン商会が今回の犯罪の主犯と断じました。十貴院に席を置く商会の犯行となれば……今回の事件が国際法を無視した、国家ぐるみの犯罪と断定致しますぞ!」


(何と強気な外交姿勢なのか! これほどの発言は、国を代表する者にしか発せられない重みが有るではないかっ)


 そしてロレーヌ王国の親書は、イッツターン商会の商会長の手に手渡されることとなった。



◆    ◇    ◆    ◇    ◆



 王城には、早馬にてゼロニス外交官の報告書が届けられた。

 いつもの私室の執務机で、報告書に目を通した。

 私室にはいつもの面々、婚約者と妹と執事と専属侍女が揃っていた。


「どうやら獣人の奴隷は、急ぎ王都に送られる手筈となっているらしい」

 俺の一言に、一同が安堵の表情を湛えて言った。


「ウルルちゃん、無事に妹と再開できそうで良かったわ」

「イッツターン商会も、犯罪を認めたってことかしら?」

「早目に獣人に寄添った法律を定めねばなりませぬのぅ」

「これからは、益々覇権帝国との取引が問題になるわね」

 相変わらず四者四様の反応であったが、一様に獣人たちの無事の一報に、ホッと胸を撫で下ろしたに違いない。


 それから、もう一つの重要な内容を読み上げた。

「どうやらゼロニス外交官は、イッツターン商会の商会長カネスキーを引き連れて、王城に向かっているとのことだ」


「急ぎ謁見の場を整えなければいけませんね」

「イッツターン商会とは歯応えがありそうね」

「いよいよ、外交戦争も佳境となりますのぅ」

「商会が馬鹿なことを言ったらブッタ切るわ」

 多少物騒な発言が聞こえてきたようだが、概ねこれから始まる外交戦争に立ち向かう意気込みが伺えた。


「外交に強い国の王に、俺はなる!」


「オ――ッ!」

 俺の高らかな宣言に、全員が応えてくれた。


(あとはこの会談で、どこまでイッツターン商会の弱みを抑えられるかだな)


 相手は通商連合という、商会の連合体である。

 どこまで一般の国との相似性があるのかも、情報が乏し過ぎる。

 当然、弱みは通常の国と同列に扱う訳にはいかないだろう。



(俺の国って他国の事情に疎いよな?)

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