第5話

「川越さん、これよろしく!」

「はい、わかりました!」

 高畠からもらった下書きを元に、澄華はパソコンに文を打ち込む。修学旅行まで残り二週間となり、委員達は毎日放課後終了ギリギリまで仕事に追われている。


 ここまで毎日クタクタになると、以前ならやけ食いをしているところだ。我慢できている理由の一つ目は、勿論充菓器。使えば、しばらくは空腹を忘れる。


 一度、充菓器を使い損ねて、澄華のお腹が盛大に鳴ってしまった事があった。

 (広岡君のせいだ!)

 澄華は心の中で悪態をついた。澄華がトイレに立とうとしたところで、広岡に歴史コースの旅程の相談を持ち掛けられてしまった。

「歴史コースを選んだと聞いたので、希望を聞かせて下さい。」

「や、別に私は何でも―」

「出来るだけ沢山の人の希望を反映したいので。」

 と質問攻めにされるうちに、充菓器を使う前にお腹の虫の我慢の限界が来てしまった。当然、委員達の視線は釘付け。


 アカデブガエル


 ああ、嫌だ。小学校の時を思い出す。胸に黒い渦が巻いた時


「あー俺も腹減った!よし、休憩!」

 と言って高畠が隠し持っていたチョコを取り出し、

「はい!」

 と、澄華にもくれた。そうしてプチお菓子パーティーが始まったおかげで、澄華のお腹の虫はいじられずに済んだ。


「あ、ありがとうございました。」

 チョコと自分のピンチを助けてくれた両方のお礼の意味で、澄華は高畠に言った。

「いいって!澄華さん、めっちゃ仕事頑張ってくれてるしさあ。」

 名前を呼ばれて、澄華は心臓がキュウっとしまる思いがした。せっかく引いた顔の赤みが再燃しそうだ。

「ごめんね。仕事、家に持ち帰ってくれてんでしょ?」

「先輩の二の舞になりたくないですから。」

 去年の経験から、このままでは間に合わないと踏んだ澄華は、最近家でも仕事をしている。

「反面教師ってやつね!」

 高畠がケラケラと笑い、思わず澄華もつられた。


「澄華さん、笑うと結構可愛いね?」

「ぇぅ!?」

 顔が一気に真っ赤になり、手汗が滝のように出る。

「ちょ、あのぅ。か、彼女がいる、人が、あんまり、その」

「わはは。大丈夫、俺がチャラ男だって璃子も知ってるから。」

 高畠がそう言って、チョコの一かけを口に放り込む。

「よーし!絶対、いい旅行にしよう!」

「……はい。」


 高畠は宣言通り、澄華をしおり作りに専念させ、話す仕事は全てやっている。苦手な事を一手に引き受け、自分のことも気遣ってくれる。澄華は初めて、学校での仕事を楽しめていたし、修学旅行を成功させたいと思った。

「全て高畠君のおかげだな……。」

 勿論、高畠に彼女がいるのは知っているし、略奪する気もない。

「だがせめて、今までの卑屈な自分でなく、堂々と楽しみたいですな……。」

 これが、買い食いを我慢している二つ目の理由だ。ダイエットを成功させ、デブな自分、嫌いな自分とさよならして修学旅行を迎えたい。

 

 そう考えた澄華の食生活は、大きく変わった。今までお弁当と購買のパン三つ、さらに杉田の手作りデザートを食べていた昼食を、おにぎり二つにし、朝ごはんを抜くようになった。

「減らし過ぎではないか川越氏?」

「大丈夫!むしろ、今までが食べ過ぎ、異常だったのでありますよ。」

 空腹を覚えたら、充菓器でごまかす。この極端な食事制限で、初めは順調に体重が落ちていたが、一週間を過ぎると鈍って来たので、おにぎりを一つに減らし、夕飯も抜きだした。親には「友達と食べて来た。」と嘘をついた。


『こんばんはー!』

『スミロドンさんようこそー!昨日、大丈夫だった?』

 昨日、いつもの三人でゲームをしている最中、澄華はあろうことか寝落ちしてしまった。このところ、頭がぼーっとしたり、ひどい眠気に襲われる。食事制限のせいか?と思ったが、止めるという選択肢は無かった。

『申し訳ない半コック氏。このところ寝不足だったのであります。』

『スミロドン氏、無理は禁物だ。別日にするか?』

『大丈夫であります!お菓子も準備万端ですからな!』

 充菓器のプラグを咥えて、澄華は高らかに叫んだ。チャットで。


「川越氏、ご飯は食べているか?」

 翌日、突然杉田が言った。澄華が「勿論。」と頷いても、納得していない。

「痩せ方が急すぎる。授業中のうたた寝も多い。健康を害するなら充菓器は返して欲しいのだが。」

「それは困るであります!」

 澄華は思わず、ポケットに入れた充菓器を握りしめた。

「肝心の修学旅行に行けなくなるような真似はしないでありますよ!自分はこの修学旅行で、あのトラウマを払しょくしたいのであります。」

「―小学校の時の修学旅行であるか。」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る