第6話
「凛!」
「わっ!?」
突然、凛の目の前に飛び出した翔太。間一髪で車いすにブレーキをかけ、凛はぶつからずに済んだ。
「……っはあっ!あ、危ないじゃん翔太!」
「凛の運転の方が、よっぽど危ない。」
翔太がちょっと怒った声で言う。「いつもよりスピード出てたし、その割に蛇行してるし。」
「いつも、って、見てない……」
「けど分かる。そんな汗だくになるような走り方、普段からしてたら、体力持たない。人が飛び出したら、避けれない。」
「いや、そもそも、飛び出す、なって……!」
凛は本気で怒って言い返したかったのだが、息が切れて喋るのもやっとだった。
「このルートだと、中庭突っ切るつもりだろ。止めた方がいい。今、吹奏楽部と弓道部が文化祭のパネルそこで作ってる。」
翔太がそう言いながら凛の後ろに回り込んで、車いすを押し始めた。凛ももう突っぱねる気力が無かったので、大人しくしていた。
「……。」
「……。」
キュルキュルという、車いすのタイヤが廊下に擦れる音だけが響く。行き交う人の視線が自分―でなく車いすに注がれているのを感じながら、凛はぼんやりと自分の手を見つめていた。空手を辞め、勉強一筋になってからは右手にペンだこが出来ている。
「……翔太が来てさ、部室に来て欲しいと言った時さ、行きたいのか行きたくないか自分でも分かんなくって。」
翔太から返事はない。凛も、別に反応を求めているわけではなかった。
「行ったら絶対、部のみんなは緊張するっていうか、気ぃ遣うじゃん?一年生は私の事知らないし。」
「それでも……頼ってもらえるかもって、考えちゃったの。クラスだと私は『お世話の必要な弱い人』って思われてたから。どこに行くにも必ずお目付け役がいて、その子の時間を奪ってるのも嫌だった。だから、今保健室登校なの。」
話すうちに、涙声になるのを凛は抑えられなかった。
「その方がさ……私がいない方が、皆リラックスしてるの。私がいると、色々心配しなきゃいけないから。それは、空手部も一緒なの。」
「ごめん、身勝手な言い分だよね。でも……どうしても、そう考えちゃうの。私が何かして、怪我するの怖いから、全部取り上げるんでしょって。ムカついて。だから、クラスも部活も行きたくなかった。一人が楽だって。」
「でも……やっぱり駄目みたい。スマホぶっ壊すぐらいには、私メンタルやばいんだよ。そんな時にさ、翔太が来てくれて。……試作の味見を頼まれた時、結構嬉しかったんだよ?」
「でも、当然と言うか、もうすっかり、私抜きの空手部が出来上がってるなあって。仲が良いのがうちの部の良さだけどさ、そこに当然私はいないわけで。いなくても、部は、回ってる。」
話すうちに、涙だけでなく鼻水まで出始めた。
「そう考えたらさ、また、あの場所にいるの辛くなっちゃって。……自分勝手だよね。皆が気を遣ってくれたのに、その態度が嫌だって言って退部したくせに。逆の立場だったら、私張り倒してるよ。」
「全部自業自得じゃんって。勝手に怒って、勝手に辞めて。のこのこ戻って来て、かまってもらえなくてまた飛び出して。先輩久しぶりって言ってもらえるだけありがたく思えって!」
怒りと情けなさが入り混じって、最後の方はほぼ泣きながら叫んでいた。その間ずっと、翔太は何も言わなかった。しばらく、凛の泣く声と、車いすのタイヤがフローリングにこすれる音だけが響いた。
「……ホント、自分で自分が嫌になるよ。」
泣き疲れた凛がそう呟いたところで、玄関に到着した。翔太は黙って凛の上履きを脱がせ、代わりにスニーカーを履かせる。
「おばさん達、迎えに来てる?」
ようやっと翔太が口にしたのはそれだった。凛が黙って頷くと、校門まで車いすを押してくれた。凛が車に乗り込んだところで、翔太は「じゃあ、また。」と一言告げ、校内に帰って行った。
何か言って欲しかった気もするが、何も言わず去ってくれたのがありがたい気もした。凛自身、もう自分が何を望んでいるのか分からなかった。
「……相当イタい奴だったよな、私。」
夜、机に向かって宿題をやっているうちに、やっと気持ちが落ち着いた。すると、飛び出してきてしまった事に罪悪感を感じ始めた。また覗きに行こうか、いや、どの面下げて行くというんだ、と頭の中の議論は一向に決着しない。
ピコン
「へ。」
聞きなれない通知音に驚いてから、ミルフィーユスマホの事を思い出した。鞄から取り出すと、ホーム画面ではない葉っぱが一番上に来ていた。
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