聖なる女子高校生S

小鶴

第1話


 4月1日。


 世間はエイプリル・フールと騒ぐその日、県立K高等学校の職員総勢56人は忙しく立ち働いていた。丁度年度の変わり目、彼らは新年度に向け一斉にデスクの移動を行う。


「相馬先生、見てくださいよこれ」

 40代の数学科教師、相馬忠司は声をかけられ振り返った。見ると、10歳ほど後輩の同じく数学科教師、新田聡がやたらとにこにこしていた。

「…何ですか」

相馬は旧デスクと新デスクとを行き来して、既に息を切らしていた。彼も同じ作業を繰り返しているはずだが、その笑う元気はどこから湧いてくるのだと思う。

「これね、ちょうど半年前のやつなんですよ!」

人懐っこい笑顔の彼は、コンビニ弁当の空き殻を見せつけてきた。いかにも腐っています!といった感じの残りかすが生々しい。変な匂いを嗅いだ気がして、相馬はほとんど反射的に避ける。

「捨ててきてくれよ…」

辛うじて笑顔を作り、追い払う。新田は一貫して立ち去るときまでにこにこしていた。


 新田聡。彼は生徒の中ではトップレベルの人気教師だ。男女問わず、彼に厚い信頼を寄せる。それが彼のカリスマ性からなのか、若さからなのかと言われると、おそらくどちらもなのだろう。総じて、彼は他人にはないものを持っている。対して、相馬は生徒たちの間では並みの教師だった。勿論授業は面白くなるよう工夫は凝らすし、生徒の話も親身に聞くようにしてはいるが、それでも新田の輝きにはどこか劣った。教師としては彼より手腕が上だと信じているが、たまに、それも揺らいでしまう。


「相馬先生、相馬先生!」

 そう考えながら旧デスクを拭いていると、職員室入口あたりから声がかかった。

「今度は何ですか」

 この年齢になれば動くのも億劫だ。それでもできる限りの大股の早足で向かうと、家庭科教師の柳敦子が息を切らして待っていた。

「R中学校の細川先生がお見えです。なんでも、今年度入ってくる新入生のことで相馬先生に連絡があるって」

「私に?」

相馬は微かに目を見開いた。

「ええ、そうです。あなたと折り入って話がしたいと…」

廊下のつきあたりに長身の人影が見えた。こいつは厄介そうだぞ、と相馬の直感が告げていた。





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