第二章 少年期-一学期編

第21話 学園武術大会

【創世歴674年 林檎りんごの月(5月) 3日】


オルフェン達が学園に入学し、一か月近く経った。

今まで学校というものに通ったことのなかったオルフェンにとって初めての学園生活。最初の頃は戸惑うことも多かったが、幼少期からの知り合いであるレインやジェーン、新たな友人であるアルベルト達と共に生活するうちにだんだんと学園に馴染んできた。


…が、ヴァレリーとは新入生歓迎会のあの一件以来、話していない。

同じクラスのため何度か声をかけようと試みたものの、いつも無視され、挙句には舌打ちまでされる始末だ。


「ヴァレリー、一緒に帰らないか?」

「…」

放課後、クラス・リュンヌの教室にて。

ヴァレリーはオルフェンを一瞥し、一言も発さずにカバンを持って教室を出ていく。

また今日も呼びかけを無視され、オルフェンはため息を吐いた。

「もう放っておきましょ。無理して話しかけることないわよ」

レベッカは呆れたように仁王立ちしつつ、オルフェンにそう声をかける。

「レベッカの言う通りだよ。…よくわからないけど、彼、きっと今は話せる気分じゃないんだ。あんまり声をかけ続けても、意地になって余計拗れる可能性が高いよ」

アルベルトもカバンに教科書をしまいつつ、レベッカに同意する。

椅子に座り、ヴァレリーの出ていった教室のドアを見つめるマヤ。

レインはそんな彼女の後ろに立ち後ろから肩を抱きしめつつ「でも、オルフェンもわたしも、ヴァレリーと仲良くしたい」と反論する。

レベッカはため息を吐いて、レインの傍に歩み寄り、彼女の頬を指でつつく。

「別に、仲良くするのを諦めろって言ってるわけじゃないわよ。アルベルトが言ってる通り、少し距離を置いてみたら?って言いたいだけ。…それよりも!」

と、レベッカはレインの頬を弄んでいた指先をオルフェンの眼前に突きつける。

「あんた、ジェーン先生に武術大会のエントリー表提出したの?今日までよ!」

「あっ、やべっ」

「はあ、やっぱりね…。放課後もずっと武道場で素振りしてるから、そんなことだろうと思ったわ。修練に励むなら、先にやること終わらせてからにしなさい!」

レベッカの指摘に「そうだな…」と一旦納得し、そこでふと気づく。

「あれ?なんで俺が放課後に武道場で修練してること知ってんだ?」

「…っ!?」

瞬間、レベッカは耳まで真っ赤にし、指先をわなわなと震わせ「ど、どうだっていいでしょ!?ほら、さっさとエントリーしに行く!!」と、オルフェンの肩をバシバシと叩いた。

「いてててっ!わ、わかったわかった!」

「わたしも行く」

「あれ、レインも大会に出るの?」

アルベルトに聞かれ、レインはふるふると首を横に軽く振る。

「ううん。暇だから、ジェーンとお話しする」

「そっか。じゃあ僕も着いていこうかな。今日の授業のことでもっと聞きたいことがあるし」

「あら、勉強熱心ね。なら、あたしも用はないけど行こうかしら。マヤは?」

相変わらずぼーっとしていたマヤはレベッカに話を振られ「は、はえっ!?」と肩を跳ねさせた。

「な、なんですか!?」

「マヤ、話聞いてなかったの?あんたにしては珍しいわね、どこか体調でも悪いの?」

レインはすっとマヤの額に手を当て「平熱」と報告する。

マヤは慌てて両手を横に振り、「い、いえいえいえいえ!!だ、大丈夫です…!」と否定する。

「本当?ならいいんだけど…。あたしたち、これからジェーン先生に会いに行くの。マヤも行く?」

「え、ええと…その…わ、私は、いいです…」

「そう?まあ、今日のあんたぼーっとしてるし、早めに帰って休みなさいよ?」

「そ、そうします…、ありがとうございます、レベッカ」




学園の敷地内には小さな広場がいくつかある。

校舎に近く日当たりのよい広場は生徒の溜まり場となっているが、木々が生い茂っている日当たりの悪い場所には滅多に人は訪れない。


ヴァレリーは毎日、そこで剣の素振りをしていた。

「やあっ!はあっ!」

両手剣を振り回し、木に付けた的を次々に切り捨てていく。

最後の一つを切り、ヴァレリーは背後にある木に話しかける。

「…何してんだ、お前」

「ぴえっ!?」

木陰から慌てた様子でマヤが顔を出す。

小動物のようなその姿に、ヴァレリーはため息を吐いた。




「…じゃあ、ヴァレリーも武術大会に…?」

「おう」

木陰に座り、マヤが持ってきたビン入りの水を飲みながら、二人はぽつぽつを言葉を交わす。

「オレは身内で慣れ合って満足してるようなお前らとは違う。武術大会で優勝して、オレが一番強いって学園の連中や父さんに証明してやるんだ」

「…どうして、そんなに強くなりたいん、ですか…?」

その問いに、ヴァレリーはマヤを鋭く睨み、マヤは「ぴえっ!ご、ごめんなさいぃぃ!!」と悲鳴を上げた。


「……オレが10歳の時」

ややあって、飲み切ったビンの蓋を閉めながらヴァレリーは語り出した。

「母さんが死んだ。もともと病弱で、死ぬ一年前くらいからはずっと寝たきりだった。父さんは騎士団の仕事で滅多に屋敷に帰ってこないから、母さん、ずっと元気がなくて。…だから、元気になって欲しくて、言ったんだ。いつか、父さんを超える強い騎士になる。強い騎士になって、母さんを危ない奴らから守るって。そしたら、母さんは久しぶりに笑って、ありがとう、きっとなれる。って言ってくれた」

「…だから、ですか…?」

「……くだらねえって思うか?いいぜ、別に。笑いたきゃ笑えば」

マヤは空きビンを受け取りながら首を横に振り、「いえ…素敵な夢だと、思います」と微笑んだ。

ヴァレリーは横目で彼女を見、それから視線を正面に戻し、拳を握りしめる。

「でも、父さんは…あの通りだ。オレが弱いからって言って、騎士になるのを認めてくれねぇ。クソッ!」

苦々しく地面に拳を打ち付ける。

「きっと…お父さんは、…ヴァレリーが心配なんだと、思います…」

「心配されてんのは分かってる。…けど、それが馬鹿にされてるみたいで腹が立つんだ」

言って、ヴァレリーは剣を持って立ち上がる。

「稽古に戻る。お前ももう帰れ」

「…わ、わかりました…!お、お怪我とかに、気をつけてください…!」






その時、二人の様子を少し離れた木陰から見つめる影があった。


「……あいつが主席のヴァレリー・マードックか」


ライフル銃を携えた彼は、にやりと不敵に口元を歪めたのだった。

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