第38話 「もっと堂々としていて欲しいんだよ!」
未来の俺は一ヶ月以上家に帰っていない割には身なりが整っていた。服装も綺麗で、髪の毛は伸びっぱなしではなさそうだし、髭も剃られている。最初に話しかけたのは未来の俺の方だった。未来の俺はツリーの方を眺めている。俺の方を見ないようにしているみたいだった。
「一ヶ月ぶりだな、過去の俺」
「ああ、そうだな。ふと思ったんだが、この一ヶ月どう過ごしていたんだ? 家に帰っていない割には身なりがちゃんとしてるぞ」
「ああ。それはな、今は小さい下宿で手伝いをする代わりに泊めてもらっているんだ。そこでご飯や風呂、服の洗濯をしている」
「そうか……」
「それで、今度は何をしに来たんだ、過去の俺。とっと帰ってくれないか」
「いや、帰らない。あなたに話が有ってここまで来た。これで未来に来るのは最後にしたい。だから、このタイミングであなたを美玲の元まで連れ帰る」
「……そうか。だがな、俺は帰らないぞ。それでも、一応話は聞いてやる。なんだ話って」
「この前、あなたに会った後で美玲から言われたんだ。ああ、美玲と言っても二〇二四年の美玲な」
「そんな説明はいいからとっとと言ってくれ」
「もっと誰かを頼ったり、勇気を振り絞ったり、堂々としていろってさ」
「堂々と?」
「そうだ」
「俺には無理だな。堂々としていられない。俺は全てを捨てたからな」
「なあ、未来の俺、まだ全てを捨てきれていないじゃないか」
「はっ、どういうことだ」
「だって、ここに来てクリスマスツリーを眺めているから」
未来の俺はここで初めて俺の目を見た。その目は弱り切っていた。疲れ果てているようだった。
「全てを捨てたやつがクリスマスに思い出の場所に来るか普通? 本当は帰りたいんじゃないか、美玲の元に」
俺がこう言うと未来の俺は頭を抱えた。とても辛そうだった。
「でも、どういう顔をして美玲の元に帰ったら良いんだ! 俺は、俺は彼女を置いて家を出たんだぞ!」
未来の俺は大声を上げた。俺も負けじと大声で言い返す。
「美玲はきっと気にしていないよ! むしろ、あなたの帰りを待っている!」
「でも、俺は仕事もうまくいかなくて、他のことも全くダメで、これからどうやって生きていけば良いんだ!」
「そんなこと、俺に言われてもわからないよ! 俺の身にはまだ何も起きていない!」
「じゃあ、口出しするな!」
「それは嫌だね! あなたにどう言われようが俺は言わせてもらう! 俺たちはもっと堂々としていれば良いってことを!」
「そんなこと過去の自分には言われたくない! お前に未来の何がわかるんだ!」
「ああそうだとも! あなたの、未来の俺の身に何が有ったかなんて、今の俺にはわからない! 何もわからないやつに言われる筋合いはないって俺も思うよ! けどな、俺は、未来の俺にもっと堂々としていて欲しいんだよ! 自分や美玲を大事にして欲しいんだよ! もっと自分を愛して欲しいんだよ! どうか、全てがうまくいかなかったからって、全てを捨てようとしないでくれ!」
未来の俺は泣き始めた。俺は未来の俺の背中を摩った。落ち着くまでにはしばらく時間が掛かった。やがて未来の俺は嗚咽混じりでこう言った。
「俺は、何もかもダメだった。こんなやつでも美玲や周りは、許してくれるだろうか……」
「さあな、全てが許されるかどうか、今の俺にはわからないよ。でも、今からでもやり直すのは遅くないんじゃないか? だって、あなたはまだ生きているだろう」
「……生きている」
「ああ、そうだ。何とかならないこともあるかもしれないけど、自分の人生を諦めるなよ」
「……」
「俺たちは、もっと自分を許せるようになれたら良いな」
未来の俺は顔を上げた。泣き腫らした顔で空を仰いだ。俺もそれに倣う。空は夕焼け混じりの綺麗な青空だ。未来の俺は一言こう言った。
「ああ、そうだな……」
「帰ろうぜ。美玲が待っている」
俺は立ち上がって、未来の俺に手を差し伸べた。
「……帰るか」
未来の俺はこの手を掴んで、立ち上がった。
俺と未来の俺は美玲の待っている未来の自宅へと向かった。アウトレットモールからはそれなりに時間は掛かったが、後少しで到着するところまで来た。俺たちは一緒に並んで歩いている。その途中、未来の俺は俺の方を向いた。
「お前には助けられた。全てを捨てようとした俺が間違っていた」
「全てを捨てたくなるくらい辛かったんだろ。だったら、これからは辛くならないための生き方や周りとの関わり方を探せば良いんじゃないか?」
「そうだな。俺はもっと周りを頼るべきだった。勇気を出して、辛いって言えば良かった。だから、これからは自分らしい生き方を探していくよ」
「ぜひ、そうしてくれ」
未来の俺は少しだけ早足になって俺のことを追い越した。俺の方へと振り返って立ち止まる。俺も立ち止まった。
「過去の俺」
「何だ」
「世話になったな。礼を言うよ。ありがとう」
未来の俺は一礼した。
「こちらこそ、あなたのおかげで大事なことに気がついた。ありがとう」
俺の方も一礼する。二人同時に頭を上げて、少しだけ笑い合った。
俺たちはようやく自宅マンションの出入り口前まで到着した。俺たちは一旦そこで立ち止まった。
「緊張するな。美玲はどんな反応をするんだろうな」
「さあな。実際にその時になってみないとわからないよ」
「そうだな」
俺は辺りを見回した。すると俺は見覚えのある人影を見た。向こうはこちらにまだ気づいていない様だった。それから俺は未来の俺の肩を叩いた。
「あっちの方を見ろよ。じゃあ、俺はここで」
「おい、ちょっと」
俺は早足で少し離れた物陰に隠れた。困った様子の未来の俺は俺が示した方を改めて向いた。向こう側から歩いてくる女性と未来の俺は目が合った様だった。女性は手に持っていた荷物を全て落とした。彼女は未来の美玲だった。
「健太!」
彼女の声がこちらまで聞こえてきた。未来の美玲は未来の俺の方まで駆け寄って、それから抱きしめた。未来の俺はそれに応じた。二人はしばらくの間、抱擁し続けた。未来の俺たちはようやく再会できた。
俺はその様子をただ見つめていた。未来の二人はきっともう大丈夫だろう。抱擁を終えた二人が荷物を分担して持ってマンションの中へ入っていったところで、俺はときの駅へと戻ることにした。
さあ帰ろう、俺自身の時間へ。
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