第36話 「それと、これあげる」
俺が最初の一言目を探していると、美玲の方から話し始めた。
「待った?」
「……いや、そんなには」
俺は咄嗟にこう答えた。
「そう。それなら良かった」
俺と美玲は何も言わずにベンチに腰掛けた。座ってからもしばらく俺たちは何も話さなかった。先に話を再開させたのは美玲の方だった。
「去年のクリスマスは、二人でデートをしたわよね」
「ああ、そうだったな」
去年の十二月二十五日、俺たちは二人でクリスマスデートに出かけた。二人で出かけた先はアウトレットだった。あちこちのお店で買い物をしたり、館内に会った大きなクリスマスツリーを見たりした。今、俺たちの目の前には去年と同じようにクリスマスツリーが置かれている。
「こんな風に、アウトレットの中に有ったベンチに座って、大きなツリーを二人で見たよな」
「そうね。一緒にお互いへのプレゼントも選んだよね」
「そうだった」
その日、俺たちはお互いへのクリスマスプレゼントを買って、交換した。俺は美玲に対してマフラーを、美玲は俺に手袋を渡した。
「私からのプレゼント、今でも大事にしてる?」
「もちろん」
「そう。ありがとう。私も大事にしてる」
「こちらこそありがとう、俺からのプレゼント大事にしてくれて」
「ええ。去年は楽しいクリスマスだったな……」
「ああ。俺もそう思っているよ」
俺は去年のクリスマスを懐かしんで、今、目の前にあるツリーを眺め続けた。美玲の方を振り向くと彼女も同じ方を見ていた。
美玲はツリーを眺めながらこう言った。
「それと、この一ヶ月ずっと言おうと思ってたんだけど、この前は悪かったわ」
「何が?」
「未来から帰ってきた君を責めたような言い方をしてしまったこと。私、あの時君が弱っていたってことを全然考えていなかった」
彼女が俺の方を向いて、頭を下げた。
「ああ。まあ、良いんだ。美玲が言っていることは正論だからさ。向き合わなきゃいけないことから逃げている俺の方が悪い」
「……健太」
美玲は頭を上げて俺の顔を覗き込んできた。目が合う。
「君が一人で抱えてしまいやすいこと、私すっかり見過ごしてた。だから、未来の君は一人で抱えきれなくなって決壊したんだと思うし、今の君も辛いのかもしれないって最近になって気づいた」
「それは樹や姉さんからも言われた」
「私、君のそういう何でも人任せにしないで自分でやろうとするところに憧れているの。だから、君のそういうところに甘えてしまっていた。だからこれからは、私たちのことを頼って欲しい。今度は君が私に甘えて欲しいんだ」
「……頼る」
美玲はベンチから立ち上がって俺の前に立った。彼女の真剣な目は俺の心を捉えている。俺は彼女から目を離せない。
「そうよ。君はもっと誰かを頼ったり、勇気を振り絞ったりして堂々としていなさいよ! この先きっと大変なことは山ほどあるよ。それらのことで傷つくこともあるだろうけど、どーんと構えて、人生という荒波に立ち向かっていきなさいよ! 君には私がいるし、他にももっと大勢の仲間がいてくれるはずよ! だから、だから、自分の人生を諦めないでよね!」
「美玲……」
「私、この二ヶ月以上ずっと君との関係をどうするか考えてた。未来のことがショックで、君と別れて全てを無かったことにしようともした。けどね、過去の私たちの様子を見ていたら、あなたとの思い出が輝いているように感じられた。だから、途中で過去を無かったことにするのをやめた。結局、私は君のことが好きなの! ああ、もう言っちゃったじゃん!」
美玲は恥ずかしそうに目を逸らした。俺はベンチから立ち上がって美玲と向き合った。
「……ありがとう、美玲」
俺がこう言うと美玲は再び目を合わせてきた。
「うん。私、できたら君とやり直したいな。だから今度は君の気持ちが聞きたい。君の想いを聞かせて欲しい」
「わかった。今度、そうだな、大晦日の夜に会わないか? 今度は俺があなたに想いを伝える。だから、それまで待っていて欲しい」
「うん。良いよ。大晦日の夜ね。私、君からの言葉を待っているから」
そう言うと美玲はコートのポケットから何かを取り出した。それからその何かを俺の手のひらの上にのせてきた。
「それと、これあげる」
渡されたのは時の切符だった。
「自分で未来に行こうとさっき、ときの駅まで行って用意していた物よ。これを使ってどうするか、後は君に任せるわ。未来の私たちをよろしく。じゃあ、私この後、アルバイトがあるから、また大晦日に」
「わかった。じゃあ、また大晦日に」
美玲は広場を去っていった。彼女の後ろ姿が、緑色のコートがいつも以上に鮮やかに、綺麗に見えた。
時の切符を見ると行き先は二〇二八年十二月二十五日午後十二時。手のひらの切符と目の前のクリスマスツリーを交互に見る。
俺は急に未来の俺がどこにいるのかと、なんて言ったらいいのかを思いついた。ようやくだった。迷っている暇は無くなった。俺は近くのごみ箱に飲み切ったコーヒーの紙コップを捨てた。それからすぐに走り出した。目指すは、ときの駅である。
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