第35話 「会いに行ってきなさいな」
樹と二人で会ってから十日が経って、今年もいよいよクリスマス・イブを迎えた。俺はこの十日間、結局美玲とは一度も話せないままだった。
そうこうしている内に大学は年末年始の休みに入ってしまったので、授業終わりに彼女にふらっと会いに行くということができない。それに加えて、仮に今トークアプリで話そうにも何と話を切り出せばいいのかがわからない。そんなものだから直接会う約束をするためのメッセージすらも送れていない。
時刻は午後十三時。家の自室で一人、一時間以上悩みに悩んで試しに書いた美玲宛のメッセージの下書きを見る。内容は今日の午後十六時、大学近くの広場に置かれているクリスマスツリーでも眺めながら話をしませんかというものだ。
うーん、どうしたものか。送信ボタンを押すにも押せない。送信ボタンの真上で指が止まってしまう。そうしていると部屋のドアがノックされて開かれた。
「健太? 入るわよ」
「うわ!」
姉が入ってきた。姉の方へ振り向いたその瞬間、俺はメッセージの送信ボタンを勢いで押してしまった。俺は慌ててスマホを見る。既に手遅れだった。メッセージは送信された。俺は姉の方へ振り向いた。
「ちょっと姉さん!」
「どうしたのって、ああ……」
姉が俺のスマホの画面を覗きながらこう言った。その直後、メッセージに既読マークが付いた。すぐに「了解」という返事が送られてきた。姉は俺の肩を叩いた。
「行ってきな。彼女を待たせてどうするの?」
「でも、なんて話をしたら……」
「そんなことは考えんでよろしい。何を話すかなんて行って直接会ってから考えなさい。とにかく彼女に会いに行ってきなさいな」
「……はい」
姉は俺の部屋を出ていった。結局姉が何の用事で俺の部屋に入ってきたのかはわからなかった。俺は出かける支度を始めた。美玲とどんな風に向き合えば良いのだろうか。
俺は家を出て待ち合わせの広場へと向かう。家からの最寄り駅まで向かい電車に乗る。そこから時間を掛けずに大学の最寄り駅に到着した。
改札を出てすぐの辺りで時計を見る。時刻は午後十四時。指定した十六時まで時間はまだ有るので俺は寄り道をすることにした。歩いてあの並木道に向かう。
その道中で、先月有ったあまりにも目まぐるしい出来事の数々を振り返った。全ての始まりは、美玲が樹から未来のことを聞いたことだった。それから彼女は二週間以上、俺に別れを告げるか否かで悩み、十一月の文化祭中の様子を見て別れる決心をした。その結果、十一月十一日、俺は美玲に突然別れを告げられた。
そうこう考えている間に俺は目的地であるあの並木道に到着した。木々の葉は既に枯れて、落ちている葉がそれなりに有った。木の根元や道の上に落ち葉が沢山積み重なっている。
十一月十二日の午前零時頃、俺は今の俺たちを助けようとやってきた未来の美玲と出会った。未来の彼女は俺に時間鉄道の切符を拾わせ、過去を無かったことにしようとした今の美玲を止めさせようとした。その結果、俺は俺と美玲の過去と未来を巡る騒動に巻き込まれた。
そこからはあまりにも目まぐるしく事が進んでいった。
俺と美玲が初めて言葉を交わした瞬間。美玲に誘われて出かけた七夕デート。美玲から想いを告げられた文化祭。
現代に戻っても、紗奈さんが居なくなって探しに行ったり、樹から未来で俺が失踪したことが告げられたりした。
未来では、未来の美玲と会ったり、失踪した直後の未来の俺と会ったりした。未来の俺たちはどうなってしまうのだろうか。未来の俺は、いつか美玲の元に帰るのだろうか。
俺にとってこの一連の不思議な出来事はここから始まった。俺は、この騒動にどう決着をつけたら良いのかで一ヶ月以上悩んでいる。左腕のスマートウォッチを見ると時刻は午後十四時半。まだ早いが、そろそろ待ち合わせの広場の近くには行っておこうと思い俺はこの場を後にした。
俺は歩いて待ち合わせの広場に到着した。時刻は午後十五時過ぎ。そこそこ大きい広場で、クリスマスムード一色だった。目立つ場所に大きなクリスマスツリーが設置され、その周囲にも様々な飾り付けが施されている。その周りを取り囲むように子どもたちがはしゃいでいた。
俺はひとまず、何かを食べようと思って近くに有ったチェーンのカフェに入った。
店内はかなり混雑していた。クリスマス・イブのおやつ時だからだろうか。注文をしようとしている人たちで行列ができていたので、注文するまでに時間が掛かった。さらに混んでいたせいか頼んだコーヒーを渡されるまでにも時間が掛かった。
店を出たタイミングで時刻を見ると午後十五時半だった。
俺は空いていたベンチへと座った。コーヒーを飲みながら、周りの様子を眺めて時間を待つことにした。寒い中で飲む暖かいコーヒーは美味しかった。
広場にいる周りの人たちは幸せそうにしている。仲睦まじげなカップル。無邪気に遊んでいる子供たち。孫らしき子どもの様子を見守っている老夫婦。それらを見て、俺はそれらの幸せな人生に対する憧れと、自分には手に入らない幸せなのかもしれないという漠然とした絶望感を感じた。
未来の俺のことを思うと、俺の人生はお先真っ暗だ。このままだと、仕事を辞めた上に家族を捨ててどこかへと行ってしまうような人間になってしまうのだ。そう思うと、余計に絶望感が有った。
だが、ここでふと気づく。それは自分が幸せを手に入れることに対して臆病になっているだけなのではないかと。俺は自分や周りの人たちとちゃんと向き合っていないだけじゃないかと。ところが、ちゃんと向き合うってどういうことだ。自分にとっての理想的な生き方ってなんだ。わからなくなる。そうやってすぐにまた思考の袋小路に入ってしまう。
気がつけばコーヒーを飲み切ってしまった。時間を見ると約束の午後十六時まであと五分程。俺はなんとなく辺りをきょろきょろと見て美玲が来ていないかを探す。すると、見慣れた緑色のコートを着た女性の姿が目に入ってきた。
美玲だ。向こうもどうやらこちらに気がついたようで、俺の方まで歩いてきた。俺は立ち上がって彼女を待った。緊張してきた。俺の心臓はいつになくどきどきしている。
美玲がすぐそばまでやってきた。俺は最初の一言目を必死に探す。
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