第34話 「それ本気で言っているのか?」

 時間が過ぎて、今日は十二月十四日。ついに二〇二四年もあと二週間程となった。午前十一時半、俺は一ヶ月ぶりに樹と二人で会う約束をしていた。特に大きな目的はないが、お互いの近況報告をするためだ。待ち合わせの公園に到着し、五分程待っていると樹は現れた。約束の時間通りに到着した。


「待たせてしまったか?」

 樹が心配そうに聞いてきた。

「いや、それほどは。さあ行こう」

 樹と俺は歩き出した。今日は樹の案内でうどん店に行くことになっている。一か月前に二人で食べた時は俺の好みを優先したので、今回は樹の好みを優先することにしていた。


 歩くこと数分。目的地のうどん店前に到着した。中へと入る。店内は程々に混んでいて繁盛しているように見えた。

「いらっしゃいませ!」


 店員さんに空いている席へと案内された。案内されたのは二人掛けのテーブル席だ。それぞれの席に座ると店員さんが水とメニュー表を二人分持ってきてくれた。俺たちはそれぞれメニュー表に目を通す。


「何がいいかな」

 樹はメニュー表を見て悩んでいたようだった。俺も普段はこういうのは食べないのでどれが良いのか迷う。ここは勢いで決めてしまおう。俺はシンプルにかけうどんを頼むことにした。それと同時くらいに樹はメニュー表を置いた。


「よし決めた。健太、注文してもいいか?」

「俺も決まったから、どうぞ」

「じゃあ。すみません!」

 樹がそう言うと店員さんがすぐにやってきた。


「ご注文は?」

 その場の流れで樹が先に注文した。

「きつねうどんを一つ」

 次に俺が注文をする番だった。

「かけうどんを一つ」

「注文は以上でしょうか?」


 店員さんは手早く注文伝票に書き込みをするとこう問いかけた。それに樹が答える。

「以上です」

「では確認しますね。きつねうどんがお一つにかけうどんがお一つでお間違いないでしょうか?」

「はい」


「では、お待ちください」

 そう言って店員さんは奥の方へと早足で歩いて行った。


 うどんを待っている間、俺は樹に話しかけることにした。

「なあ、紗奈さんとは落ち着いたのか?」

「ああ。この一ヶ月いろいろあったけど、おかげさまで」

 樹は嬉しそうにこう答えた。


「それはよかった」

 そう聞いて俺も嬉しくなった。樹と紗奈さんの問題が解決したようでほっとした。それから樹は数日前に紗奈さんとデートした時のことを話してくれた。彼が少し前まで抱えていた悩みが落ち着いたみたいでよかったと思った。そうしているうちにうどんが届いて、俺たちはそれを食べた。俺が頼んだかけうどんはだしが効いた汁と程よいコシがある麺が美味しかった。


 食べ終えて店を出る。すると樹は俺にこう言った。

「まだ時間はあるか? ちょっと聞きたいことがある」

「ああ、時間は大丈夫だ」


 俺たちは行く当てもなく歩き出した。歩きながら、樹は話を切り出してきた。

「なあ、美玲とはどうなったんだ? 最近、あまり口をきいてないって彼女から聞いたんだが」


「……ああ、そのことか」

 俺は返事に困った。先月、未来から帰った後で俺は美玲とどんなふうに接したら良いのかがわからなくなった。俺の方が彼女を避けてしまっているような状況で、自分でもまずいなとは思っている。


「詳しくは聞かされていないんだが、未来に行ったんだって? 何があったんだ?」

 俺は立ち止まる。俺は未来に行った先で起きた事を樹にも話すことにした。


「……ちゃんと話すよ。話が長くなるからどこか座れる場所を探そう」

「オッケー」

 俺たちは落ち着いて話せるような場所を探した。すぐに公園内にある誰も座っていないベンチを見つけたので、俺たちはそこに座って話をすることにした。俺は未来での事を樹に話し始めた。


 大体のことを伝え終えると樹は難し気な表情をしていた。

「それは参ったな。未来の自分と話ができたは良いものの、未来のお前は疲れ切っていたと」

「ああ。俺は未来の俺と話をして、苦しい気持ちになった」


「未来のお前は、きっと無理し過ぎたんだろうな。周りに尽くそうとし過ぎて自分を崩しちまったんだな」

「そんな感じだった」


「それを踏まえて今のお前はどうするつもりだ?」

「……俺は、どうしたらいいのかわからない。未来で自分がああなって、美玲のことを捨ててしまうくらいなら、美玲が最初にやろうとした通り、俺たちは別れた方が良いんだろうなって思っている」


 俺がこう言うと樹は俺の目を見てきた。

「なあ、それ本気で言っているのか? それじゃあ、今のお前はきっと何も成長しないぞ。それでいいのか?」


「……よくはない。だが、俺には美玲を幸せにするための勇気も自信もない。それに加えて未来の話をするならば、未来の俺を説得できるだけの言葉を俺は持っていない」


「確かにな。確かにお前はその辺の勇気や自信、言葉を持っていないって俺も思うよ。お前はとっても臆病なやつだって心の中で思ったことはいくらかある。けどな、今のお前にはこの状況を乗り越えられるチャンスが巡ってきているんじゃないか? 今のお前は未来と過去の自分を乗り越えて変わることができるんだよ。なぜならば、今のお前は未来と過去のお前自身が気づいていないことに気づいているからさ」


「俺が気づいている?」

「そうだ。お前は自分の弱さに気づけたんだ。それだけでも、素晴らしいことなんだよきっと。俺もこの前、紗奈とのことでようやく自分の弱さに気づいた。今更だなって自分でも思ったよ。俺はこの一ヶ月でようやく乗り越えることができた。だから、お前もきっと、できるはずなんだ。未来と過去の自分が進むことのできなかった未来へと進むことが」


 樹は俺の目を真っ直ぐ捉えている。俺はできるのだろうか。良い未来を選ぶことが。そう考えていると樹は話を続けた。


「けど、お前は一人で抱え込んでしまう時があるからさ、美玲や俺や紗奈とか誰でもいいから周りの人たちをちゃんと頼れよな。そこは約束して欲しい」


 樹は右手を差し出してきた。俺も迷いながらも同じように左手を差し出した。握手を交わす。

「わかった。約束する」

「ああ。それと、今度美玲とちゃんと話をしろよ」

「うん」


 俺は、再び美玲とちゃんと向き合えるのだろうか。ひとまずはどこかのタイミングで話をしなくてはならないと思った。


 この後、俺たちはまたいくらか散歩をしてから解散となった。

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