第30話 「お前は誰だ?」
未来の俺は遠くから見ても明らかに疲れた顔をしていた。この四年間で俺の身に一体どれだけの大変なことがあったのだろうか。俺は未来の自分に気づかれないようにこっそりと追いかけ始めた。
未来の俺はしばらく道なりに歩いていた。どこに向かっているのだろうか。いつの間にか大きな川沿いの道に出た。未来の俺は川岸の方へと進んで立ち止まった。それからしばらく未来の俺はただ突っ立ったままで川の流れを見つめていた。
俺は気づかれないような距離でその様子を見ている。そうしている間に日が昇ってきて明るくなってきた。腕時計に目をやると時刻は午前七時になろうとしているところだった。
未来の俺はポケットから何かを取り出した。見つからないようにしているせいで何を持っているのかちゃんと見えない。できるだけ見ようと試みた結果、どうやら何かの鍵だということはわかった。
未来の俺はその鍵らしき物を少しの間見つめた。やがて、未来の俺はそれを握りしめると川の方へと放り投げた。鍵らしき物は放物線を描くようにして綺麗に宙を舞って川の真ん中辺りに落ちた。あれはもう拾えないだろう。
未来の俺は川に背を向けてまた歩き出した。俺は川の方をもう一度見てから未来の俺を追いかけた。
俺はそれから繁華街の方へと歩いているようだった。辺りにはコンビニや二十四時間営業のチェーンの飲食店がある。
未来の俺はそのどこにも目を向けずにただただ歩いているだけだった。歩くこと以外何もしない。何にも興味を示さない。その様子からは生気を感じない。
まるで世間に興味がない世捨て人のようだった。すると、未来の俺の前方に倒れている老人の男性がいた。未来の俺もさすがに気づいていたようで、すぐに倒れている老人のそばまで駆け寄って、老人が起き上がるのを手伝った。それから、未来の俺と老人は何かを話し始めた。
少し離れて様子を見ているせいで会話の内容は何も聞こえない。その最中、老人はどこかの方を指さした。未来の俺は頷いていた。それから未来の俺は老人を支えながら一緒に歩き出した。俺は二人に気づかれないように追跡を続行する。
未来の俺と老人はしばらく一緒に歩いた。二人は次第に繁華街を抜けて、住宅街の方へと進んでいった。最終的に一軒の二階建ての一軒家の前で二人は立ち止まった。それから二人は玄関のドアを開けた。どうやら老人の自宅のようだった。老人が中へと入っていく。家の中にいる老人の家族らしき女性が見えた。未来の俺はその女性といくらかやり取りをしたようだった。
最後はお互いに頭を下げて俺はその家を後にして、元来た方へと歩き出した。未来の俺がこっちに来る。俺は気づかれないように物陰に隠れた。未来の俺は俺のことに気づかずに通り過ぎていった。俺は物陰から出て追跡を再開した。
繁華街の方へ戻った俺は引き続き歩いていた。その途中で未来の俺はお腹を気にする様子を見せた。お腹が空いたようだった。未来の俺は進行方向を変えた。俺もそれに合わせる。
程なくして未来の俺はラーメン店に入った。見るからに個人経営の古き良きラーメン店だった。俺のラーメン好きはセンスも含めて変わっていないようだった。
店内に入って未来の俺の様子が見えなくなったので、俺は一旦追跡を中断した。近くにコンビニを見つけたので、俺はそこでおにぎりを買った。コンビニを出て件のラーメン店が良く見える辺りで立ち止まる。
未来の俺が何かを食べ終えて出るのを待つことにした。その間に俺はコンビニで買ったおにぎりを食べた。二十分くらいして未来の俺がラーメン店から出てきた。未来の俺は淡々とまた歩き出した。
しばらく歩いて未来の俺は駅に入った。改札を通っていく。俺も改札を通って追いかけた。ホームに立っている俺を見つけた。
見つからないような距離で俺は未来の俺を観察する。それほど時間が経たずに各駅停車の電車がやってきた。未来の俺はそれに乗った。俺も合わせて乗り込む。
電車の中で未来の俺は何もせずただ座席に座っていただけだった。そういえば、追跡を始めてから一度も未来の俺がスマホを触っている様子を見ていない。普通に考えたら一回くらいは見るだろうに。そこで、思い至った。未来の俺は今、スマホを持っていない可能性がある。
俺は未来の俺が居なくなることに懸けている本気さを甘く見ていたのかもしれない。それから長いこと俺たちは電車に揺られている。未来の俺はどこに向かっているのだろうか。
最終的に二時間程電車に揺られ続けた。丁度それくらいが経ったタイミングで停車した駅で未来の俺は電車を降りた。俺も急いで降りる。降りた駅はどこか全くわからない田舎の駅だった。改札を通った後で未来の俺は一度伸びをして深呼吸もした。
未来の俺はまた歩き出した。俺も歩き出す。未来の俺はどこに向かっているのかが全くわからなかった。かれこれ四時間近く追いかけているのに全く読めない。やがて、森の方へと入っていった。
森に何の用があるのだろうか。嫌な予感がしてきた。このまま歩いた先に何があるのかわからないが、かなり嫌な気配を感じ取った。まさか、まさか、未来の俺はこの後、死のうとしているのか?
俺はそろそろ声をかけて話しかけないとまずいような気が急速にしてきた。俺の足元からじわじわと恐怖が襲い掛かってくる。自分の歩く速度が遅くなる。
だめだ。未来の俺が死のうとしているなんて考えるな。ひとまず、声をかけなくては。だが、なんて声をかけたらいいのかがわからない。俺の口から「あ」の一言も出ない。
未来の俺はどんどん森の奥へと進んでいく。早く未来の俺に声をかけなくては。この嫌な予感がする状況を何とかしなくては。
ああ、考えれば考えるほど声が出ない。すると、未来の俺が突然立ち止まった。俺も立ち止まる。気がつけば俺たちは森の中のどこかにいる。周りには木々しかない。ここには俺たちしかいない。
未来の俺はこちらの方を振り向いた。俺と目が合う。その目や表情からは長い時間を掛けて蓄積された疲れが滲み出ている。未来の俺は俺の方に向かって声をかけてきた。
「……お前、朝から俺のことをずっとつけているよな。お前は誰だ?」
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