第8章 2028/11/11

第29話 「では、お気をつけて」

 改札の方に着くと改札で車掌に切符を見せた。すると車掌はこんな事を言った。

「そうだ。渡さないとと思っていた物が有ったので、ちょっとここで待っていてもらえませんか。すぐにそれらを取ってきて戻りますので」


 車掌は駅舎の奥へと引っ込んでしまった。俺はここで待つことにした。改札の向こうから外の様子が見える。日はまだ昇っておらず、空が暗い。その上寒い。さっきまでは全然寒さが気にならなかったのに急に気になってきた。さっきと違って一人でいるからだろうか。マフラーか何かを用意すべきだった。


 後、時間がわかる物を何も持っていないことに気がついた。スマホは時間移動した先では動かないということは前からわかっていたはずの事なのに。腕に付けているスマートウォッチも同様だった。車掌は何を取りに行って、何を俺に渡そうとしているのだろうか。


 待っている間、寒さで震えながらぐるぐると回ってみたりした。それからすぐに車掌が俺の前に現れた。俺は動きを止めて車掌の方を向いた。


「寒いですね。列車の中で寒さ対策の物を貸そうと思っていたのですが、すみません、すっかりそれを忘れていました。アナログの腕時計と懐中電灯とマフラーを貸します。今は暗くて寒いですし、これから未来の自分を追いかけるにどれも何かと役に立つと思います」


 そう言う車掌の右手には暖かそうなマフラーが、左手には懐中電灯と腕時計が握られていた。

「ありがとうございます」


 今の俺には俺はそれらがとてもありがたかった。マフラーを受け取って巻いてから、時計を貰って左腕のスマートウォッチと付け替えた。最後に懐中電灯を貰う。マフラーを巻くと途端に首元が暖かくなった。時計はしっかりと動いている。懐中電灯はスイッチを入れると眩しいくらいに光った。


 確かに秋の早朝を歩いて移動するには役に立ちそうだった。

「それと今回は、駅の場所を変えて未来のあなたの家に近い場所になっています」

「どういうことですか?」


「この駅は所在地をある程度任意の場所に変えることができるということはあなたも噂で聞いているはずです。普段はわかりやすさ重視で同じ乗客が複数回利用される時は時間が変わっても同じ場所に駅を置くようにしています」

「なるほど」


 確かに都市伝説では場所が変わると言われていた。

「今回は急ぎなので、特別に場所を変えています。駅に戻る時は向こうの郵便ポストを目印に戻ってきてください」


 そう言って車掌は駅の外にある古い郵便ポストを指差した。俺はひとまず理解した。

「わかりました」

「では、お気をつけて」

 車掌は一礼した。俺も一礼をしてから駅を出た。


 俺は未来の自宅に向かって移動を開始した。車掌の言う通り確かに駅の場所が変わっていた。そのおかげで未来の自宅にかなり近い場所から移動を開始することができた。


 辺りはまだ暗いが懐中電灯のおかげでそんなに困らずに道を進んだ。未来の自宅への道順はさっき大体覚えた。おそらく十五分くらいあれば到着するだろう。


 俺が歩いている辺りはとても静かだった。俺以外に歩いている人は居なさそうだった。誰もいない朝の小さな公園を通る。公園内に有る時計を歩きながら見ると時刻は午前六時十分頃だった。ついでに腕時計の方の見ると時刻は大体合っているようだった。俺は少しだけ早足になった。


 程なくして未来の俺たちの自宅マンション前に到着した。辺りには誰もいない。未来の俺は一体いつ家を出たのだろうか。未来の美玲は朝七時に起きて、その時点で居なくなっていたと言っていた。その話を頼りにひとまずは午前六時に時間移動したが、もしもっと前の時間に家を出ていたらとしたら俺はまた一時間単位で時間移動しなくてはならない。


 時刻は午前六時十五分。懐中電灯の明かりを消してポケットに仕舞い込む。ひとまず俺は、午前七時を過ぎて未来の美玲が未来の俺を探しに外に出るまでをリミットにして、この辺りで張り込むことにした。


 未来の俺はおそらくマンションの正面の出入り口から出ていくだろうと俺は予想している。もしかしたら、裏口から出る可能性もあるが、ひとまずは入り口からだろうと仮定した。


 俺はマンションの出入り口がよく見える物陰に隠れた。出入り口の真正面に立って待っていたら、それこそ未来の自分と鉢合わせてしまう。物陰に隠れてすぐにお腹が空いてきた。それに加えて手がかなり冷えてきた。今になって気づいたが俺も車掌も手袋を用意しておくべきだったことをすっかり忘れていた。


 俺は近くに温かい物が売っている自販機はないかとマンションの出入り口を見続けながら探す。幸い自販機はすぐそばに有った。しかも温かいコーンスープの缶ジュースが売っている。俺は小銭を入れてコーンスープを買った。自販機から缶が一缶排出される。缶を取り出して手に握るとそれはとても温かった。寒さで冷えた手には丁度良い。


 手がだいぶ温まったところで俺は缶を開けた。湯気が立っていて熱そうだったので、息を吹きながらゆっくりと缶に口を付ける。喉を通ったコーンスープが冷えた体を温めてくれる。コーンが甘くて優しい美味しさだった。


 そうしている内に五分、十分と時間が経っていった。コーンスープを飲み切った俺はただ物陰に隠れてマンションの入り口前を見張り続けている。


 コーンスープの空き缶を近くにあったゴミ箱に捨てながら、だんだんと未来の俺は既に家を出たのではないかと不安になってきた。マンションの出入り口は俺が見ている間一度も開いていない。誰も中から外に出ず、誰も外から中に入らずである。


 座り込んで見張り続けながら俺は当てが外れたかと思った。腕時計を見ると時刻は午前六時半。物陰から移動してときの駅に戻り、もっと前の時間に移動し直そうと決めた。


 立ち上がってマンション前の方へと歩き出そうとしたその時だった。マンションの出入り口が開いて中から人が一人出てきた。俺は慌てて元の場所に引き返して隠れ直した。


 マンションから出てきた人物は黒いコートにズボン、スニーカー姿で全身を黒で固めた若い男性。大きな荷物は何も持っていない。その男性はどこかへ向けて歩き出していた。間違いない。未来の、二〇二八年の俺である。

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