第6章 2024/11/13 → 2024/11/14

第21話 「話さなきゃいけない事があと一つある」

 未来で俺自身が失踪した、だって。俺は膝から崩れ落ちた。何をしているんだ未来の自分は。それに美玲を残して居なくなったってどういうことだ。


 何も言葉が出ない。顔を上げられない。今顔を上げたら樹の顔を見てしまう。彼の顔はきっと怒りに満ちているだろう。俺はそれを見るのが怖い。


 少しの間、俺たちは何も話さなかった。その間、俺は地面ばかりを見つめていた。話を再開させたのは樹の方だった。

「すまん、今のお前に当たっても仕方ないのについ……」


 俺はようやく頭を上げて今度は空の方を見た。何も見えない。

「良いんだ。俺だって未来の俺を一発殴ってやりたい」

「……そうか」


 俺はやっとの気持ちで立ち上がった。ふらつく体をなんとか動かして公園の出口に向かって歩き出す。

「健太、どこへ行くんだ?」

 樹は俺の方を見ていた。

「どこって、帰るんだ。話は今ので終わったんだろ?」

「いや、まだ終わってはいない。話さなきゃいけない事があと一つある」

 俺は樹の方に目を合わせた。

「……まだあるのか」


「ああ、多分ここからがもっといけなかったところだ」

「一体どれだけしくじっているんだよ」

 俺がこう言うと樹は自嘲気味に笑った。

「はは、そう言われてもしょうがないくらいにはしくじったさ」


「じゃあ教えてくれ、話の続きを」

「ああ、教えてやるよ」

 樹は一呼吸した。



 未来の自分と紗奈さんから未来の俺と美玲についての話を聞いた樹は怒ったという。だが、怒りをぶつけている相手はどこに居るのかわからず、結局消化不良のままで元の時間に帰ることにした。


 帰り際、樹は未来の自分から「過去の皆んなによろしくな」と言われたそうだ。その足で彼はときの駅に向かい、元いた二〇二四年十月二十日行きの列車へと乗った。


 

「その帰った先の駅舎前で俺は会ってしまったんだよ……」

「誰に?」


 樹が答えるまでにやや間があった。彼は申し訳なさそうな目で俺を見てきた。

「美玲に」

「え?」

「美玲もどうやら時間移動をしたいって願っていたみたいなんだ。まあ、本人に聞くと駅を見つけたのはたまたまだったらしいが」

「それでその後どうなったんだ?」


「美玲はすぐに都市伝説のことを思い出して、俺に聞いてきたよ。どこの時間に行ってきたんだって」

「それで、まさか全てを話したとかじゃないよな?」

 樹は項垂れた。どうやら図星だった。


「話してしまった。四年後の未来に行ったこと、そこで見聞きしたこと全て……」

「全て……」


「だって、俺が見聞きしたこと、特に未来のお前が失踪したことは俺一人で抱えられるようなことじゃなかった。それを未来の俺自身から聞かされて俺は辛かった。まさか未来で親友が何も言わずに居なくなるなんて……」

「……」


 俺は何も言えない。確かに樹の言う通りで、仮に俺が未来に行って同じ話を聞いたとしてもきっと抱えきれずに誰かに話したくなってしまうだろう。だからこそ、今ここで何と声をかけて良いのかがわからない。


 さっきからずっとこんな調子だ。樹は俺の目を見てきた。

「美玲に全てを話したら、お前と同じようなリアクションをしてた。俺は少しスッキリしたが、彼女に大きな問題を渡しちまった。それを後になって後悔した。何やってんだ俺って……」


 樹は拳を強く握った。

「俺から伝えられる事は以上だ。美玲がどうしてお前を振ろうとしているのかの理由は本人に聞いてくれ。すまなかった」


 彼は立ち上がって俺に向けて頭を下げた。

「……ありがとう。その事は明日辺り美玲に聞いてみるさ」

 彼は頭を上げた。

「ああ、そうしてくれ」


「うん。じゃあ、今度こそ帰るよ」

「俺も帰るさ。じゃあな。また」

 俺たちはそれぞれの家の方向へと歩き出した。



 家までの足取りは重かった。途中で電車に乗ったが乗っている間気分が悪かった。そんな状況だったので、いつも以上にゆっくりと家に向かった。


 これから俺はどうしたら良いのだろうか。ひとまずは明日にでも美玲に事情を聞かなくてはいけない。体が重い。どうにか自宅の玄関前までたどり着き、鍵を開けた。


 ドアを開けて玄関に入る。それからリビングへ向かうと姉が一人で椅子に座っていた。テーブルにはノートパソコンが置かれている。姉はそれと睨めっこをしていた。おそらく何かの作業が行き詰っているのだろう。


 気づかれないようにそうっと自分の部屋へと向かおうとする。

「あら、健太。帰ったのね」

 あっさり気づかれてしまった。

「姉さんの目はどこにあるんだ」


 俺がこう言うと姉はノートパソコンと向き合ったまま答えた。

「こういうのはね、気配で気づくものなのよ」

「あっそう」


 俺はこの場を去ろうと歩き出した。

「健太、今日の出先で何かあったでしょ?」

 姉にそう言われて思わず立ち止まる。

「やっぱり姉さん変だよ。千里眼でも持ってるの?」

「そう言うってことは、やっぱり何かあったのね」


 俺は降参することにした。姉に対してはぐらかし続けるのは大変なのだ。俺は姉の正面に有る椅子に座った。

「ああ、有ったよ。色々と」

「そうかいそうかい。それは大変だねぇ」

「弟が困っているのに呑気だな、姉さん」

「あら、ごめん」


 姉に軽く謝られてしまった。姉はノートパソコンを畳むと俺の方を見てきた。

「健太、姉から見ればあなたには勇気が足りない。前を向いて進むための勇気が」


 痛いところを突かれてしまった。壁の方を眺めながら返事をする。

「……そりゃあ、そうかもな。俺は勇気がないんだ。ちゃんと周りや自分自身と向き合う勇気がないんだ。だから結局、大事なことは言えないんだ」


「そう、そういうところ。すぐに弱気になってしまうのがいけないのよ。周りから臆病とか言われない?」

「この前言われたよ」

「あらそうだったの」


 姉は一呼吸した。俺は姉の方を向いた。

「変わるのは今なんじゃない」

 姉はもしかすると大したつもりでこんなことを言っているのではないのだろう。だが、今の俺にはこれが刺さった。

「そうだね。変わるべきなんだな俺は」

「そうよ。その調子でなんとかしなさい。じゃあ、おやすみ! 健太も早く寝なよ」


 そう言うと姉はノートパソコンを持ってリビングを出た。俺だけがリビングに残されている。俺は姉の言う通り早く寝ることにした。時計に目を向けると時刻は午後二十一時を過ぎていた。今日もやけに長い一日だった。

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