第3章 2023/11/11

第9話 「それは、教えられない」

 ときの駅から二〇二三年十一月十一日午前十一時行きの列車に俺たちは乗った。その時、車掌は「お二人には後で話があります」とは言ったものの深くは話してこなった。窓際の席に陣取り車窓に目を向ける。やはり時間が早送りのように進んでいる。この景色にもだんだん慣れてきた。俺の目の前には座席をこちら側に回して座っている美玲がいる。席を回転させて向き合う状態に自分からした割には、何も話しかけてこない。


 美玲は足を組み頬杖をつきながら車窓の方を向いている。彼女が足を組む時は機嫌が悪い時である。伊達に一年付き合っていた訳ではないので、これくらいのことはわかるようになっていた。だが、今回は一体何に機嫌を悪くしているのかが俺にはわからない。いつもならば大体の理由は見当がつく。例えば、電車で通学中に乗車マナーの悪い輩に出くわしたとか、授業の課題が思っていたよりも面倒だったとかだ。


 今回ばかりはそもそもどうして彼女が過去を変えようとしたのかや俺を振ったのかについて俺自身が納得のいく理由が思いつかなかった。もちろん、それは俺の考えすぎで最初に言われた通り俺の優柔不断さが嫌になったからだけという可能性もある。だが、どうしてもそれだけには思えない。何かあるはずだ。


 美玲が何を理由に行動しているのか、俺はこのタイミングで聞いてみることにした。目線を車窓から美玲の方に移す。

「なあ、美玲」

 美玲がこちらを向いた。機嫌が悪いせいか俺を見る目線が鋭い。


「何?」

「美玲は俺たちの過去を無かったことにしようとしたけど、どうしてそんなことをしようとしたんだ?」

 彼女は車窓の方に視線を戻した。それから頭を抱えてこう言った。

「それは、教えられない。それを教えるとなると、どうしても説明しなくちゃいけなくなる事がある。それはきっと君が知らない方がいい事」


「それ、さっきも言ってたな」

「そうね。これじゃあただの言い訳に聞こえるかもだけどね。でも、本当に君は知らない方がいい事なの」

「その事っていうのは何でいつ起きたことなんだ?」


 俺は勢いでついこう聞いてしまった。すると美玲は俺にさっきよりも厳しい視線を向けた。

「健太。君は、今私がこんなことをしている理由が私たちにとっての過去にあると思っているのでしょう。でもね、この時間鉄道に乗ったからには、そうじゃない場合だってあるのよ」

「はあ……」


 なんとなく、はぐらかされたような気がした。俺には美玲の言っていることがよくわからない。わからないなりに一旦飲み込むことにした。

「まあ、わかんないけど、わかったよ」

「……そう」

 彼女はまた車窓の方に視線を戻した。俺もそれに倣う。


 しばらく何も会話がない状態で過ごしていると、車掌がやって来た。おそらく、さっき言っていた話というのをしに来たのだろう。どういうことか、俺が最初に乗った時と同じように俺の横の席に座って足を組んだ。それから俺たちに目線を向けた。

「お待たせしています。二〇二三年十一月十一日午前十一時に到着するまでもう少しかかります。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 明らかに心の底から謝っているようには見えない口調だった。話は続く。

「それと美玲さん、あなたがやろうとしたことの理由は大体把握しているつもりです。胸中お察しします。ですが、だからと言ってあなたと健太さんが付き合った事実を無かったことにすることはもうお止めください。それといつまで健太さんに……」


「わかっています。それに、さっきのでもう懲りました。次の行き先では過去の私たちを邪魔するつもりはないです」

 美玲は車掌の言葉を遮るように答えた。車掌は美玲にこのことが言いたかったのだろう。だが、遮られてしまったせいもあってか車掌は難しい表情を浮かべた。


「わかりました。それなら良かったです。健太さん、ちょっといいですか?」

「はい」

 俺が立ち上がると車掌は手招きをして別の車両へと案内した。

 車掌は誰もいないことを確かめると俺に向けて話し始めた。


「健太さん、彼女の言っていることは本当でしょう。あれは本当に懲りたと見受けられます」

「本当ですか?」


 正直、俺は美玲が懲りたと言っていることに対して半信半疑である。一年近くそばにいたのに、言っていることが信じられないというのは、あまりにも情けないが。

「いや、私もそれなりの数の人を見てきましたからね、ある程度はわかるんですよ。あれは本当に自分のやったことに対して懲りていますね」

「なるほど……」


 一応元カレである俺以上に相手のことを観察できている車掌に嫉妬しつつも、まあまあ納得できた。

「彼女が懲りてくれたのは良かったのですがね、まだ問題はあるのです。それは、彼女が一連のアクシデントの原因を何も言おうとしないことです」

「と、言いますと」


「この件は、様々な要素が起きてしまったのです。私の方からは何も言えないので、詳しくは美玲さんが言うの待ってもらうしかないのですがね……」

「どうして、車掌の口からは言えないんですか?」

 俺は至極真っ当な疑問をぶつけた。車掌は申し訳なさそうに答えた。


「私たち、時の管理人はどんな時間にも移動できます。その都合上、人一人の人生全てを簡単に把握できます。私は健太さんの生涯も美玲さんの生涯も知りえる限り全て把握しています。乗客の生涯が幸福のうちに終わるか、不幸な結末を迎えるのかは人によって違います。もし、万が一、乗客の生涯が不幸な結末だとしたらそれを伝えるのは酷なことでしょう。そうであるが故に、私たち時の管理人は乗客の生涯を自分たちの口からは明かさないという一律のルールがあるのです」


「そうだったんですね……」

 確かに、車掌の言う通りで自分の生涯の全情報を簡単に明かされたら、自分にとって辛いことを知る可能性だって大いにあるのだ。そう思った時、一つの疑問が頭に浮かんだ。

「待ってください。車掌の口から明かせないということは、この一連の出来事は俺の生涯に関わる何かってことですよね?」

 俺がこう言うと車掌はしまったという感じの顔をした。図星だったのかもしれない。


「私個人としては、この問題を解決したいので、解決のためなら教えても構わないと思っているのですがね、そうすると時の管理人としてのルールに触れかねないのでね……。まあ、とにかく着いた先で美玲さんと一緒にいてください。くれぐれもはぐれないように」

「……わかりました」

 結局、車掌は答えてくれなかった。教えても構わないと思っているのなら教えてくれてもいいのに。まあ、ルールに触れかねないと言うことは管理人同士の何かがあるのだろう。それで話は終わりになって、俺たちは美玲のいる車両へと戻った。


 しばらくして、目的地である二〇二三年十一月十一日午前十一時に列車が到着した。列車から降りてホームに立つ。降りてすぐに発射メロディーが流れる。

「二番線、ドアが閉まります。ご注意ください」


 ドアが閉まり、列車が発車した。列車はどこかの時間へと走り去っていく。俺と美玲はそれを見届けた。真っ直ぐ伸びているレールを見ると、俺たちの時間はどこまで続いているのだろうかと取り止めのないことを思ってしまう。それよりも、今は美玲とのことだ。同じ方を向いていた美玲が言う。

「やっぱり、あの車掌の服のセンス、変だよね」


 俺たちは車掌が用意してくれた変装用の服に身を包んでいる。美玲は、首にスカーフを巻いた、モッズコート姿。髪は束ねてサングラスもかけている。

「まあ、変装だからね。それに特化したセンスなんだろうな」


 かく言う俺も黄色いセットアップスーツに星形のサングラス、ウルフカットのかつらである。

「まあいいわ。とにかく行きましょう」

 俺たちは大学に向かって歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る