第4話
「ラヴィニア・バースタイン! 君との婚約を破棄することを、僕はここに宣言する!」
それは婚約から半年が経過した、ある夜のこと。
名だたる貴族が列席する夜会の場で、クリストフが声高らかにラヴィニアとの婚約破棄を宣言したのである。
「……はい?」
「君は僕を王位に就かせようと、傷害、脅迫、違法取引など、あらゆる不法行為に手を染めていたそうだな。君が犯した数々の悪業、決して見過ごすことはできない!」
完全なる不意打ちだった。
つい数日前までラヴィニアに控え目な笑みを向けていたはずのクリストフが、何故か憎しみの眼差しを向けてくる。
気づけば取り巻きたちは、不穏を察して壁際に退避していた。一人ホールの中央に取り残されたラヴィニアは、告発された犯人よろしくクリストフと対峙する羽目となったのだった。
それでも取り乱さずにいられたのは、長きに渡る悪人教育の賜物だろう。
「殿下、どうされたのです。不法行為だなんていったい何のことだか」
「とぼけるな。君が裏で悪事を働いていたことは、すでに調べがついている」
確かに、多少は身に覚えがあった。
王子に色目を使ったご令嬢には直接〝挨拶〟に出向いて身の程をわからせてやったし、敵対する第二王子派貴族の使用人たちには〝駄賃〟をばらまき情報を横流しさせた。
その他にも、細々とした裏工作が計十五点ほど。これで「私は清廉潔白です」と天に誓えば槍が降ってくることだろう。
だが証拠隠滅は欠かさなかったし、アリバイ作りは完璧だった。口封じだって抜かりない。それなのに、陰謀策略とはおよそ無縁なクリストフが、ラヴィニアの所業を把握しているはずがないのだ。
「私はこの半年間、殿下に相応しくあろうと努力してまいりました。悪事を働くなどありえません。いったい、誰がそのようなことを?」
「確かに君は、よくやってくれた。僕とてはじめは君を信じようとしたさ。だが――」
クリストフは言葉を切ると、ラヴィニアをぎろりと睨め付けた。次いで大きく息を吸い込み、大音量で怒声を放つ。
「君は、あろう事か僕のアンナを亡き者にしようとした! その罪、決して許せはしない!」
「は? アンナ?」
そちらは身に覚えがなかった。アンナという名前も初めて聞く。
余計な虫が寄りつかないよう、王子の女性関係には常に注意を払ってきたつもりだ。それなのに、聞いたこともない女の名前が王子の口から転がり出てきて、はじめてラヴィニアは不安を覚えた。
「殿下。アンナとはいったいどなたです」
「王都でお針子をしている、僕の恋人アンナだ! 知らないとは言わせないぞ。三日前、君が差し向けた暴漢に襲われて、彼女は命を落としかけたのだからな!」
クリストフのとんでもない告白に、ラヴィニアのみならず、事の成り行きを見守っていた客人たちまで凍りついた。
まさかの恋人。しかも王都のお針子とは。
「捕らえた暴漢の一人が、雇い主として君の名前を白状した。こうなっては言い逃れなどできないぞ、この悪女め」
「殿下、これ以上は」
継承争い真っ只中のこの時期に、平民女性との恋愛関係が明らかになるのは非常にまずい。しかもクリストフの双眸はまだ物言いたげにギラギラと輝いており、さらなる波乱の予感がする。
誰が王子にあることないことを吹き込んだのかは知らないが、こうなっては己の潔白を主張している余裕もない。一刻も早くクリストフを衆目から切り離すべく、ラヴィニアは周囲へ呼びかけた。
「殿下はご気分が優れないようです! 誰か、殿下を別室へ――」
「この場に集う、すべての人たちよ。これがラヴィニア・バースタインの本性だ!」
だがラヴィニアの言葉は、猛々しい声にかき消された。すっかり静まり返った会場に、彼の言葉が明瞭に響く。
「とは言え、僕が平民であるアンナを愛してしまったことも、そのせいでラヴィニアの悪意を招くことになったのも事実。相応の責任を取らねば、皆も納得できないだろう」
熱っぽい口調で言い切ると、クリストフは胸元の王室紋章に手をかけた。周囲の家臣たちがぎょっとして「殿下それは」「お待ちください」と止めにかかるがもう遅い。
そのままクリストフは紋章をむしり取ると、握りしめた拳をまっすぐ頭上に掲げたのだった。
「故に僕――クリストフ・ウィル・ライネリスは王位継承権を放棄する! そしてこれからの生涯を、愛するアンナに捧げるとここに誓おう!」
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