17. 第二王子の宮殿
第三王子は玄関を宮廷の奥にある第二王子の宮殿というところに連れて行った。
「ここで待っていろ」
第三王子はそう言って、部屋から出ていった。
見張りが誰もいないので逃げようかと思ったが、王子の声がそれほどすごんではいなかったので、まずは様子をみようと思った。
玄関が座らされた床の木の床材のなめらかで、やさしい質感を足の裏に感じることができた。こんな床は見たことがなかったが、この木の感じは好きだった。
宮廷の中に建っている宮殿はどれもこれも金色と白でぴかぴかなので、金持ちは光るものが好きだと思っていたけれど、第二王子の住処だけは違っているようだ。
門柱も木でできていたし、屋敷の屋根は草ぶきで、このまま森にもっていったら、ぴったりと合うように思われた。第二王子とはどんな人なのだろうか。
ふたりの王子が肩を並べてはいってきた。
「こいつが、ルシアン兄さんの本を持っていました」
第三王子がそう言うと、第二王子は厳しい顔をして見下ろした。
弟が狸のイメージなら、兄のほうはキリンだと思った。首が長い。キリンは絨毯の図で、見たことがある。その態度には品があり、顔は悪くはない。
「どこで手にいれたのだ?」
第二王子が静かに訊いた。
彼は第三王子と違って声には棘がなく、穏やかだ。
「裏門のところに落ちていました」
「ああ。宮殿の中だったか」
第二王子は思い当たる節があるようだった。
「読んだのか」
第二王子は固い表情のまま、訊いた。
「はい。4回、読みました」
そうか。
第二王子はちょっとまずいと思ったらしい。にが虫を噛んだような表情になった額に手を当てた。
「こんなに美しくて、おもしろい物語は初めてです」
と玄関が胸を張った。
「おお、そうなのか」
とたんに王子の顔が、山に朝日が差したように明るくなった。
「はい。毎日読むのが楽しみでした」
「そうか。本当か」
「はい」
「あれは、私が書いた」
第二王子が少し得意そうな顔をして微笑した。
「ええっ、すごい。すごいです。どうやったら、あんな物語が書けるのですか」
玄関の目が大きくなった。
「ロニロイ、ここはもういいから帰っていい。ありがとう」
第二王子が弟にそう言った。
「ところで、おまえは厩舎で働いていた男子ではないのか」
と第三王子が帰りがけに、じろりと振り返った。
ばれてしまったようだ。
「はい、すみません」
「おぬしは男なのか」
と第二王子が訊いた。
「いいえ。わたしは玄関という女子です」
「なんか、変だとは思った。どうして男になっていたんだ」
と第三王子が訊いた。
「遠い村から出てきたのですが、ひとりで旅するには女だと危険だからです」
「あの時、どうして私を待っていなかったのだ」
「なにがですか」
「あの時、厩舎でぶつかった時」
「ああ、生命が惜しいからですよ」
「誰が命をうばうというのだ」
「わたしが王子の前で失礼なことをしたから、死刑になるのではないかと思いました」
「あんなことくらいで死刑になどするわけがないではないか。私は誰も死刑になどしない。死刑には反対派だ」
「何人もの首を切ったと聞きました」
玄関が首を切られるジェスチャーをした。
どうもこの子は「首を切った」と「死刑」を同じものだと思っているようだ。この子は極端に語彙が少ないのだとわかり、王子兄弟は目を合わせて笑った。
「あの時は弓の競技で負けてしまって、いらいらしいてすまなかった。おまえの服を濡らしてしまったから、新しいのを届けさせようとしたら、おまえがいなくなっていたのだ」
「そうですか」
すみませんと玄関は頭を下げながら、この第三王子は評判のような悪い人ではないのではないかと思った。
第三王子が出て行くのを待ち切れない様子で、第二王子がもう一度訊いた。
「本はどうだったか」
「悲しすぎて泣きました。文字が人を泣かせるなんて、不思議です」
「そなたはこれまでも、たくさんの本を読んだのか」
「いいや、たくさんでは……」
「これまで何冊くらい読んだのだ?」
「これがはじめて……です」
「はじめてなのか」
第二王子が少しずっこけたようだった。
「本は読みたかったのですが、そばになくて。村にいた時に一度、人の本を読もうとしたことがあったのですが、大騒ぎになって」
「では、私の本のどこがそんなによかったのか」
「ハリムとニルミンがお互いに大好きなのに、別れなければならないところが悲しすぎて、泣きました」
「そうか。どうして別れなければならないのか、わかったのか」
「そこがわかりません。お互いに好き合っている少年と少女が、どうして付き合ってはいけないのですか」
「そなたは本当に4回読んだのか」
「読みました。5回かもしれません。でも、わからない言葉がたくさんあったから、そこは飛ばして読みましたけど」
「どこがわからない」
「まずここが」
と表紙を指さした。「
「そなたは題名もわからないのか」
「知っている言葉が少ないので、いくら考えてもわかりませんでした」
「それはそうだが。つまり
「語彙?」
「まあ、いい。このタイトルは、哀しい思いを歌った曲という意味だ」
「ああ。そうなのかぁ。なんてすてきなタイトルなんだろう。物語にぴったりです」
「ほかにわからない言葉はどれだ」
玄関はこことこことこことと指をさした。
「憂鬱」、「哀愁」、「困惑」などたくさんあった。
「これでは物語の半分くらいしか、読んでいないことになる。それで、よく泣けたものだ」
「わからないところは、……つなぎました」
「つなぐ?」
「勝手に考えて……」
玄関は「つなぐ」の意味を説明しようとして、拳をかちんと合わせた。
「そういうのは、想像するというんだ」
「そうぞうと言うのかぁ」
玄関が感激したように言った。
「ハリムとニルミンのどちらが少女だと思うのか」
?
変な質問だと思ったが、
「それはハリムに決まっています。ハリムはきれいなものが好きで、やさしい心をもっています」
「ハリムは男だよ。女のように美しいが、男だ」
けっ。
「わたし、間違えていました。ニルミンが女ですか。よく泣くほうが女でしたか。男なのに、よく泣くとは思っていたんです。これでわかりました」
「いいや、ニルミンも男だ」
えっ。
「そうかぁ。ハリムもニルミンも男なのかぁ」
「そうだ。おかしいか」
「おかしくはないです。男と男が友達になるのはおかしくはないです。昔、そういう友達を知っていた、ような気がします」
「どこで友達だったのだ?」
「そんなはずはないんですけど。工房の友たちはみんな女子で、知っている男子の友達はひとりだけでしたから。でも、なぜかそんな友達がいたような気がするのです」
「本の中のふたりは友達だが、友達ではない」
「友達でなかったら、何なのですか」
「愛しあっている」
「愛しあっているって、なんですか」
「それも、知らないのか」
「結婚ということですか」
「まあ、それに近い」
「結婚に近いとか遠いとかあるんですか」
「おぬしはさらりと難しい質問するのう。まあ、いずれは結婚ということになるかもしれない」
「子供はできるのですか」
「できるわけがないではないか。おまえは無知だな」
「無知とはどういう意味なんですか」
「なにも知らないことだ」
「はい。わたしは無知なんです。だから、教えてほしいです」
「そなたは、どんな育ち方をしてきたんだ」
「ジュマ村というところの絹絨毯の織子で、本を読んだことがないんです。でも、ここ1年は、教えてくれる人がいたから、少しはましになりました。前はもっとひどかったんです」
「これでよくなったのか」
「はい」
第二王子がはははと笑った。
「先生について、少しは利口になったのか」
「はい」
「先生は誰だ」
「セレザールという、7歳の子です」
「たまげた。そなたは何歳だ」
「14になったところです」
「14歳が7歳に習ったのか」
「はい」
「恥ずかしくはないのか」
「セレザールの最終学歴は3年生で、仲間の中では一番のインテリアじゃ」
「インテリアではなくて、インテリだろう」
「その子の両親は地震で亡くなりましたが、生きていた時は先生で、家の壁に本棚があり、そこに本がずらりと並んでいるんです。すごい話じゃないですか。考えられますか」
「そうか。ちょっと来い」
第二王子は長い廊下を歩いてある部屋に連れて行った。そこは壁だけではなくて、部屋中に本が並んでいた。
「私の書庫だ」
「本だ」
玄関は驚きのあまり、ただぽかんと立っていた。
「すごい。こんな場所があるなんて、想像したこともないです」
第二王子は玄関が「想像」という言葉を使ったことに、気がついていた。
「覚えは早いな」
「こちらの棚にある4冊が私が書いた本で、あとは世界中から集めた書物だ」
「なんてすごいんだろう。世界には、こんな夢みたいな場所があるんだなぁ。ああ、ここの本の全部が読みたい。ああ、ここで寝たい」
その時、第二王子は微笑んで言った。
「ここで、寝ればよいではないか」
ええっ。
いいんですか。本当ですか。
kkkk関は森の中に、マルキおじさんがホームレスだった頃に住んでいた小屋を見つけた。
かなりの部分が壊れてはいたが、まだ屋根が残っていたのはラッキーだった。ジャミルのハサミを使って枯葉を取りのぞき、掃除をしたら、住めるようになった。ものを編んだり、織ったりたりするのは得意なので、つたや葉っぱをつかって、戸や寝床を作った。
川が近くてあったので、身体も髪も洗えてすっきりした。
てんごく、てんごく。
森には食べられる木の実がたくさんなっていた。青いリンゴもあった。
森というところは平和だ。玄関は楽しくて仕方がない。ずうっとここに住めそうだ。
花や草はかわいいし、動物も寄ってくる。おじさんが大好きだといった意味がわかった。植物や動物を織ったことはあるが、あれは図面を見て想像しただけだった。こういう生の気持ちを活かして絨毯を織ったら、もっとよいものができただろうにと思った。
玄関は木の名前を知らないから、自分でつけた。蔦がまつわりついているのは「サラフ木」、サラフはヒゲがもじゃもじゃしていたからだ。すっときれいに立っているのが「アーニャ木」、小さくてかわいいのが「セレザール」。
住む場所があり、食べ物があり、うさぎの友達もできて、玄関は幸せを感じていた。なんだか、昔に、白いうさぎが大好きだった友達がいたような気がした。
仕事が終わると、あの拾った青い表紙の本を読んだ。
最初は何が書いてあるのかはじめはわからなかったが、3度目くらいには少しわかるようになった。男女の恋が書いてあるようなのだが、男のほうがよく泣くのだ。男って、そんなに泣くものなのか。おもしろい。
ある日、髪が伸びてきたので、仕事箱からハサミを取り出して切ろうとして、
「ちょっと待て」
と手が止まった。
マルキおじさんもあの第三王子も、自分を見て「男か」と訊いた。
男に化けても女っぽく見られていたということだ。
これまでは伸びたてきた髪を後ろでしばっていたけれど、髪をおろしたままにしておけば、女に見られるのではないか。ここで女子に戻れば、追われなくてすむのではないか。
そうだ、女子に戻ろう。この地では、女子のほうが安全だ。
服も明るく染めよう。
玄関は木の実を絞って、茶色の服を赤く染めた。
またアイデアが浮かんだ。
マルキおじさんが服の修理がうまいと褒めてくれたことを思い出して、仕事箱を背負って、市場に出かけた。
「ふくしゅうり」と地面に書いて、座っていると、注文がはいった。
玄関の仕事は早くて、きれいで、安いので、客が次から次へとやってきた。
玄関はその儲けで、布を買って、布袋を作った。蝋燭も買ったから、夜も仕事ができるようになった。
布袋を市場にもっていったら、すぐに売れた。
それで大きな布を買って、服を作ったら、それも売れた。なんだか金儲けの才能があるような気がしてきた。
アーニャに裁縫を教えてもらったおかげで、何でも作れた。
「何でも作れるということは、最強かもしれん」
玄関は自分の手を見ながら思った。
知らないうちに、宝をもらっていた。
このまま稼ぎを貯めていったら、じきに西にむかって旅立てるだろう。
「ちょっと待て、待て」
玄関は、また思った。
金が貯めるまでここにいなくても、行く先々で直しの仕事をしながら、旅を続ければよいのではないか。
最近、玄関はだんだんと冴えてきているような気がしている。
「裁縫、直し、織りと染めの仕事ができるのだから、わたしはどこでも生きていける。わたしは最強」
今まで、なぜそのことに、気がつかなかったのだろう。
そうとわかったら、玄関は明朝、旅立つことに決めた。
またジャミルを追っていけると思うとうれしくなって、洗濯ものを干しながら、歌い始めた。どこで覚えたのかは知らないが、メロデーと歌詞が自然と口から出てくるのだった。昔、よく歌っていたような気がした。
「黄金の太陽の下、青い海原しずか
緑のオリーブが実る時、匂いは風に乗り……」
よい気分になりのりのりで歌っていたら、肩に何かを感じた。
うさぎかリスがふざけて乗ったのかと思って、手をあててみると、人間の手があった。
ぎゃっ。
振り向くと、第三王子がそこに立っていた。
ひえっ。
第三王子は床に置かれていた青い本を指さした。
「どこで盗んだ」
「盗んでいないだ」
あわてると、昔の言葉が出る。「落ちていたんです」
王子は厩舎で会ったことも覚えていないようだし、森に住んでいたことも責めてはいなかった。
問題はこの青い本にあるらしい。
「この娘をつれてこい」
と彼は手下に命令した。
「おお、娘と言っているから、女子だと思っている、成功だ」
玄関はしめしめとほくそ笑んだが、喜んでいる場合ではなさそうだ。
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