12. 大仕事が終わった
注文された絹絨毯は、8ヶ月の予定だったが、10ヶ月かかって完成した。
仕事が遅れたのは、制作が始まって間もなく問題が起きたからだ。
一番大手の絹糸問屋から糸を仕入れたはずだったのに、織っている最中に切れてしまうのだ。
それに色にも問題があった。特に金色と赤は、玄関が望んでいる色ではなかった。金色は沈む太陽のような輝き、赤色はベリーの真っ赤な色がほしいと思った。
サラフの工房にとっては大仕事だったが、大手の糸問屋にしてみればサラフの工房のサイズは中程度で、それほど儲かる顧客ではないのだった。
でも、サラフは仕事に対しては一歩も引かない親方だったのでよい糸を届けてくれるように執拗に通ったら、しつこい。それならば取引はやめてもよいぞと脅された。
サラフが困り果てていた時、三番目に大きな糸問屋のハーディが力を貸してくれることになった。
ハーディもねばる人だから、遠くまで出かけて、強い糸を探して、それ先の問屋よりも安く卸してくれた。色のほうも、根気よく探してくれて、玄関が望む色の糸が見つかった。
ハーディはよく工房に出入りして、織子の希望をよく聞いてくれた。
ハーディは中年の小さなおじさんで、やさしくて働き者なのだから、少女たちから「蟻のおじさん」は人気があり、彼が通ると手を振ったりした。
ハーディも少女たちが好きで、よくおいしいおやつを差し入れた。
玄関は散歩、地震と並んで、できあがった絨毯を眺めていた。
「きれいです、ここのところ、離れてみると、金色に光ります」
と地震が言った。
「セルザール、わたしはね、象の白い肌には、金色をしのばせてみたのだよ」
この10ヵ月の間、玄関は地震からきれいな言葉を学んだので、「わし」から「わたし」になっていた。玄関は、今、よい言葉が使いたくてたまらない。
「だから、横から見ると、光るのですね」
「鶴の翼にはピンクをいれ、青いイルカには、赤をいれてみたのだよ」
「あっ、リンゴの香りがする」
と散歩が言った。
「親方だよ。セレザール、くしをもっておいで。外はまだ明るいから、こんな時は、外に出られるんだよ」
「くし?」
「そうです。髪をとく櫛です」
門の扉がひらいていて、サラフが外のベンチに座り、足を組んで水煙草をふかしていた。親方の水煙草はリンゴの香りするのだ。
大仕事が終わったので、外で、一服しているところなのだ。
リンゴの匂いを感じたので、少女たちは急いで、櫛を持って外に行った。
ひとりで外に出るのは危険だから禁止だけれど、サラフがベンチにいる時には、外に出てよいということになっている。
少女たちは長い髪をほどいて、そこで髪に櫛をいれるのだ。
細い髪がそれより細い絨毯にまぎれこまないように、少女たちは髪はしっかりと束ね、白い頭巾をかぶっている。仕事をしている時の服も、白である。
すぐそばには、馬小屋があるから、柵の中の馬を見ながら、髪をとかす者もいる。
馬たちは以前は中庭で飼われていたが、臭いを気にして、サラフは外に小屋に建てた。すべて絹絨毯のためだ。
こういう細かな配慮が、サラフの絹絨毯を価値あるものにしている。
彼はスークに小さな店を出してはいるが、それは見本を見せるのを目的としていて、ほとんどは客からの直接注文である。
客はサラフの工房にやってきて、白い頭巾をかぶり白い清潔な仕事着を身に着けた少女たちを見る時、その徹底ぶり仕事ぶりがわかり、頼もしく思うのだった。
サラフが手で招いたので、玄関が彼の隣りに座った。
「玄関、今度の仕事はよくやった。腕も、上がったなぁ」
「はい。ありがとうございます」
言葉が丁寧になっていたので、サラフが驚いた。
「特別手当を出そう」
「はい。うれしいです」
玄関はその金を全部もって、市場に行こうと思う。ジャミルの作った飴を買えるだけ買おうと思う。そう考えただけで、どきどきする。心臓の中に何かがいて、走り回っている。
「玄関はいつくになる?」
「もうすぐ14です」
「そんなになるのか」
「はい」
黄色い色の夕日が沈んでいく。
「あっちはどっち?」
と玄関が夕日を指さした。
「あっちは西だ。こっちが東で、太陽は東から出て、西に沈む」
「あっちが西で、こっちが東。親方はよく知っている」
「常識だ」
「わたしにも、その常識というものを教えてほしい」
太陽が沈むと、あたりがピンク色になり、一段と明るくなった。
「太陽が沈んだのに、どうして明るくなったんだろうか」
「太陽の近くに金星という星があってな、太陽が輝いているうちは太陽がまぶしすぎるから目立たんけど、太陽が沈むと、こうやって見えるんだ」
「代役ということか」
「そういうことではないが。朝も太陽が出るまでの間は見えるんだ」
「金星も、東から出て、西に沈むのか」
「そうだ」
「金星はいっつも太陽にくっついて動いているということですか」
「そうだ」
「じゃ、金星は太陽の友達か、家来か」
「玄関、おまえはおもしろい」
サラフは口から白い煙を吐いて、
「玄関、おまえ、嫁に行く気はあるか」
とひげもじゃの顔を向けた。
「それは、あるけど」
玄関はジャミルのことを思って、顔を赤くした。
「ある人が、おまえを嫁にほしいと言っている」
「その人は誰だ。仕事は何だ」
「織物関係だ」
なーんだ。
玄関は彼の仕事が飴細工でなかったから、がっかりした。
「嫁には行かない、ここで働くんじゃ」
でも、もうすぐ市場に行って、ジャミルに会える。玄関は1年に1度、ジャミルに会えたらそれでいい。
「そうだ。ここもおまえがいないと困る。ただそういう話があってな」
「ふたりの年上の姉さんたちが先じゃろうが。それとも、わたしはそんなに美人か」
「おまえらしいな」
とサラフが笑った。
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