二章 ジュマ村での日々

5. 玄関の好きな時間

ジュマ村にいた頃は、砂埃であたりがピンク色に染まる夕方が、玄関の一番好きな時間だった。


 仕事をするには暗すぎるけれど、外でボール蹴りをするのには十分に明るいその時刻、織子の少女たちは布で作った大きなボールで遊んだ。

 ボール投げは指を痛めたる危険性があるから禁止されているが、足で蹴るのはよいのだ。みんな、厚い布製の手袋をはめている。


「親方が帰ってきた」

 散歩サンポという名前の少女が、厚い木の扉のすきまから覗いて言った。ここは東の果てにある小さな村である。


「何人?」

 と玄関が訊いた。玄関は、散歩よりも少し背が高い。

「ひとり、ふたり、さんにん」

 他の6人の少女たちもやって来て、門番が大きな両開きの扉をあけるのを待っている。


 少女は6歳から16歳まで8人、

 散歩は11歳で、玄関は13歳である。

 全員、どこかで拾われてきた少女たちで、このジュマ村にある工房で絹の絨毯を織っている織子である。


 絹の絨毯を織るのには、少女たちの細い指が適している。指的には8歳がピークだ。しかし難しい技は経験を積まないとできないから、技術的には12歳頃が、油が乗っている年齢ということになる。


 大きな正面玄関の扉をあけるとそこには広い土の庭があり、右側が親方一家の住まい。

 左に絨毯工房があり、織りかけの絨毯がいくつもぶらさがっている。その正面に、少女たちが寝泊まりしている部屋があり、その奥には台所があり、そこから外に出ると風呂小屋がある。


 親方はサラフといい、少女たちを拾ってきては、職子として育てる。

 この貧しい国には捨て子が捨て犬よりも多いから、少女を探すのは難しいことではないが、絹を織るのに向いている指をもつ子はそれほど多いわけではない。


 3週間前に、4つ向こうの村で地震があり、村が全滅した。

 家屋が崩壊して孤児がたくさん出たという情報がはいったので、サラフは今朝早く、下男に馬車を引かせ、革袋にはいった水とパンを持って、出かけていったのだ。

 最近、ふたりが織子を卒業したこともあり、新しい織子を育てなければならない。


「今日の仕事はすませたか」

 と親方のサラフは少女たちに訊いた。


「はい」

 と少女たちが答えた。

「問題はなかったか」

「はい」


「よしよし。こっちが地震で、あっちが九月と五日だ。仲良くしてやれ」

 とサラフがひとりひとりを紹介した。


 9月5日に地震が起きたから、こういう名前をつけたのだ。「九月」と「五日」は幼児だが、「地震」は小学校にいっている年齢だろう。


 拾われた時にすでに名前がある子もいるが、サラフは勝手に名前をつける。

 彼は織物のことだけには詳しいが、他のことはよく知らないし、特に人の名前を覚えるが苦手だ。だから、自分が覚えやすい名前をつけるのだ。


 たとえば「ゲンカン」は玄関に置き捨てられていたから、「玄関」になった。「サンポ」は散歩の時、「アメ」は珍しい雨の日に拾われた。

 雨は「アメ」を気にいっているが、玄関は「ゲンカン」がいやだった。

 

 地震と紹介された子が青い顔をして声を振るわせた。

「ジシンはいやです。わたしにはセレザールという親がつけてくれた名前があります。どうして変えなくてはいけないのでしょうか」

 少女たちがざわめいた。


 彼女が意見を言ったからではなくて、その発した言葉が美しかったからだ。ここにいる子供たちは外との接触がなく、自分達だけで話して育ってきたから、いろんな方言と幼児語がいりまじった荒っぽい言葉を使っている。


「親方、セレザールでいいじゃろが」

 と玄関が言った。

 少女たちは「はい」、「いいえ」以外の丁寧ていねいな言葉を知らないし、親方も注意をしたことがない。


「だめだ。みんなもそうなんだから、不公平になるべさ」

「不公平って、なんだ?」

「みんな、同じように扱うってことだ。それに、おれが覚えられん」

「まったく、しょうがねぇこっちゃ」

 と玄関が言った。


 玄関の上には年長者はふたりいるが、彼女は生まれた時からここにいるので、現役織子の中では一番の先輩なのだ。


「顔と名前は人がくれるもんじゃから、仕方ねーよ。気にすんな」

 と玄関が地震に言った。

 すると少女たちが「ぽっぽぽっぽ」とハモった。


「ぽっぼぽっぽってなんですか」

 地震が玄関に小さな声で訊いた。

「ぽっぽぽっぽって、そうだっていうことだべ。よそでは言わんのか」

「言いませんよ。鳩はホッホーと鳴きますが」

「へー、ホッホーと鳴く鳥がいるんか。知らんなあ」

「ぽっぽぽっぽ」

 とまた少女たちがハモった。


 この家は世間とは違う常識で動いているのだと地震は思った。

「ここはいったいどこなのですか?」

 あまりに奇妙な光景なので、地震は涙も吹き飛んで、なんだかおそろしくなったようだった。


「心配することはねーよ。みんな、いい人たちだ」

 と玄関が笑顔を見せて、地震の耳に口を近づけた。

「わしはセレザールって呼んでやっから、心配すんな」

 この人のよさそうな玄関という子がそう言うのだから、ここは大丈夫なところなのだろうと地震は少し安心した。


 普通はサラフが連れてくめのは4歳くらいの女子とかぎっていて、赤ん坊は拾わない。おしめや牛乳もいるし、何かと手がかかるからだ。

 玄関だけは生まれたばかりの赤ん坊だったが、その時、サラフと婚約をしていたアー二ヤが、「わしが育てるから、いいじゃろ」と頼んだのだった。


 だから、玄関にとってはアーニャが母さんのような存在なのだ。




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