第48話 急転(B2パート)現場の混乱

 撮影所の会議室には、本日撮影にやってきたスタッフとキャストが集められた。


「というわけで、コンの容態が思わしくないそうだ。そこでコンの撮影は撮了日ギリギリまで伸ばす。最悪の場合は公開が後れるかもしれないが、より完成度の高いアクション映画を撮るためだ。それに伴って、撮影スケジュールを組み直す」


「ずいぶんといきなりじゃないですか。たかがスタントひとりが仕事以外で怪我をして、のうしんとうを起こして後遺症が出ているだけでしょう。仕事をなんだと思っているんだよ」

「その件は不可抗力だったらしい。ともちゃんのボディーガードが、コンの素性を知らずに階段へ叩き落としたという話だ」


ひるさわさんってたしかただのり学園ですよね。芸能人もかなり通っている。なんでそんなところでコンが怪我を負わされなきゃならないんだ」

「コンとともちゃんが親しげに会話していて、ボディーガードが止めても話をやめなかったから、とは聞いているが」

「そのボディーガードって、あの美人のほうか。がたいのいいほうか」

「男のほうだそうだ」


「プロデューサー、そいつにしっかりと賠償金を請求してくださいよ。誰のせいで撮影がズレ込むのか。わからせたほうがいいからな」

「賠償金はコンに支払うべきだろう。そもそもコンの撮影を阻害してしまったのは事実だからな。撮影順序については皆には撮影優先の契約をしているから問題なかろう」

「確かにそんな契約しましたけど、まさかこんなことになるとは思わなかったですよ」


「というわけで、ともちゃんが今こちらへ駆けつけてくるから、詳しい話は彼女の女性ボディーガードから聞くことになるな」

「どうして蛭沢にしゃべらせないんですか。事件の中心にいる当人から説明を受けたほうが俺は納得できますよ」

「ボディーガードの秋川さんは蛭沢さんよりひとつ年上だし、同僚の男子生徒のしでかした事件でもある。そして暴行が行われた現場にもいたから、客観的な事実が聞き出せると思うのだが」


 本作のヒロインを演じる女優が口を開いた。

「蛭沢さんよりも秋川さんのほうが適任でしょう。蛭沢さんは武術の心得がないんですから。どんな暴力がなされたのか。それを説明できるのは、残念ながら秋川さんしかいないでしょう。同僚の男子生徒から直接話を聞くのが一番なのですが」

「後藤の野郎か。気に食わないやつだとは思っていたが、最悪の暴力事件を起こすなんて。ただ人を傷つけたにとどまらず、撮影に悪影響を及ぼすこと著しい。即刻解任するべきですよ」

「以前に蛭沢さんから聞いた話だと、後藤くんは彼が高二までの契約だそうよ。今すぐは無理でももう一年もないから」

「だから撮了まで我慢しろってことですか。監督もプロデューサーも、やはり後藤に損害賠償を請求するべきです」


 悠一の師匠である松田が考えを述べる。

「相手は未成年じゃ。成年法が及ぶ範囲じゃない。それに、最終的に完成予定日までに撮影と編集が終わっていれば実害も出ない。害を受けていないのに損害賠償は請求できんじゃろう」

「その後藤ってやつのために、撮影予定をズラされるこちらの身にもなれってんだ」


「君たちは契約料と出演料を受け取っておるんじゃろう。であれば、監督やプロデューサーの意向には従うべきじゃな。ふたりの指示に従うのが契約の条件だったはずじゃが」

 会議室の扉を叩く音がした。

「蛭沢ともさん、到着なさいました」

「わかった。入ってもらえ」


 少ししてからひらりの声がする。

「お待たせいたしました。このたびは私のせいでスケジュールがめちゃくちゃになってしまい申し訳ございません」

「秋川さんでかまわないから、詳しい状況を教えてくれないか」

 前に立つひらりの左肩に手を置いた秋川は、ひらりの前に出た。


「はい。このたびはうちの後藤がたいへんご迷惑をおかけいたしました。彼の短慮は許されるものではございません」

「どう短慮じゃったのかな」

 松田が問いかける。


「コンくんは蛭沢さんと話をしたんです。芸能関係ということで興味を持ったのかもしれません。彼は蛭沢さんの顔を見たような記憶があったそうです。蛭沢さんは顔を憶えていなかったので、スタッフのひとりかもしれないと思ったのです。それで詳しく話をしようとしていたところを後藤くんが誤解したんです。本人の弁では芸能人に馴れ馴れしくしている転入生ということで排除しようとしたらしく」

「となれば、蛭沢さんがコンくんのことを憶えていれば、このような事態にはならなかった、と」

「いえ、仮に憶えていても、馴れ馴れしく話しているということで気に障ってはいたらしいです」


「となれば、その後藤くんとやらが悪いのは確かだな。未成年で損害賠償が難しいといっても、アルバイトとしてボディーガード料は受け取っているんだから、それを賠償の原資にすればよいでしょう。蛭沢さん、それでいいかな」

「あ、はい。それでかまいません。うちの事務所が彼に払う予定だったガード料は損害賠償に充ててくださって結構です」


「あとは近いうちに当の後藤くんから話を聞きたいですな。秋川さんが〝短慮〟といった理由を知りたいところです」

「後藤くんは本来今週いっぱいで一週間の謹慎処分が解除される予定でした。しかし被害者のコンくんが倒れましたので、謹慎解除は延びる見通しです」

「つまりコンが戻るまでは後藤と話もできないってわけか。今は打つ手がないですね」

 監督がプロデューサーと顔を見合わせてうなずきあった。


「ということで、これからコンの早期復帰へ向けた撮影スケジュールの変更を行う。ともちゃんの撮影を最優先し、彼女が撮了したらコンの介助にまわってもらうつもりだ。コンは入院しての絶対安静が言い渡されているから、無理をしないようともちゃんと秋川さんに見守ってもらうんだ。これでコンの回復を可能なかぎり早める。コンが復帰すれば後藤くんからも話が聞けるだろう。つまりコンの回復を最優先とする。まだセリフを憶えていない者は、すぐに台本を読むように。ともちゃんはすでに全文頭に入っているだろうから、あとは合わせるキャスト次第で撮影を進めていく。自信のある者から撮影に入るぞ。準備をしっかりと行うんだ」

 会議室に集まった全員が、はい、と声を揃えた。


 これからは時間との戦いとなる。ひらりを撮り終えて悠一の復帰を可能なかぎり早めるのだ。悠一にもしものことがあれば、映画は未完成に終わってしまう。


 代えのきかない若手スタントに頼っていることは疑いようもない。

 しかし、特殊撮影技術が進化している現在、有能な若手スタントの存在はリアリティーを重んじる監督の求めるものである。だからこそ、悠一を失うわけにはいかないのだ。


 スタントは単に度胸がいいだけでは不十分だ。

 スタントインする俳優と同じ背格好であり、激しいアクションでも顔が映らないだけの高い技術があり、そのうえで失敗を恐れない度胸のよさが求められるのだ。





(第13章A1パートへ続きます)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る