第44話 発症(B2パート)くずおれる

 どこまでが後藤の真意なのかはわからない。だが、謹慎明けの日取りを確認するために後藤と会うのは自分だけでいいような気がする。

 そこで後藤がどんなリアクションをとるのかは不明だ。だが、再び暴力に訴えてくるのであれば退学を要求するつもりではいる。


 秋川さんやひらりちゃんとの関係を考えれば、そこまであくどい人物でもないのだろう。そうでなければひらりちゃんの事務所が彼女のボディーガードとして雇うとは思えないからだ。

 きちんと法務が機能している事務所であれば、ボディーガードとして採用する際に研修もしっかり行ったはずだ。


 今回はその研修が忘れられたから起きた暴力だと考えているが。

 格闘技の腕が立つという理由だけで契約が結ばれたものなのかもしれない。それではひらりちゃんの事務所がコンプライアンスに疎いと言わざるをえない。


 しばし沈黙を続けた悠一は、思い出したように告げた。

「わかった。それじゃあ垂水たるみ先生のところへ行って道案内を頼むかどうか決めよう。いちおうまだ授業が残っているから、欠席扱いになって補習の対象になるだろうけど」

「私もひらりも補習は慣れっこよ。どうしても平日日中でないとできない撮影もあるから。学園側からも了承してもらっているわ。今回はそれぞれの教科の先生に早退することを申告しておいたから」


 手回しが早いことで。だが、それくらいでないと芸能人は務まらないということかもしれないが。まずは保健室へ行って垂水先生に話を通すべきだろう。

 加害者である後藤の関係者が一緒に来るということは、悠一へ圧力をかけようとしていると考えられても不思議はない。どうせ後藤の家については住所がわかっている以上、カーナビを使えばたどり着くのは容易い。

 そのくらいは秋川さんも知っているだろうから、やはり悠一に対してプレッシャーーかけるのが狙いなのだろうか。


「ひらりちゃんはどうするんだ。彼女なしでもとくに問題はないはず」

「すでに保健室へ到着しているはずよ」

 秋川さんの思惑はなんなのか。疑心を感じながら彼女を連れて保健室へと向かった。



「コンくん、ひるさわさんから話を聞いたんだけど、彼女と秋川さんが後藤くんの家まで道案内するんだって。そのことについてなにか聞いているかしら」

「はい、秋川さんから先ほどその旨を聞いています。ただ、ふたりが来なくても後藤の家には到着できますから、ふたりだけで向かいましょうか」

「それでいいのかしら、コンくん。少なくとも蛭沢さんは後藤くんが暴力を働いた動機になっているのよ。連れていったほうが真相が聞けると思うんだけど」


「謹慎停学処分を決めたのは学園サイドであって、ひらりちゃんや秋川さんではないですよね。であればとくにふたりが必要だとは思えません。それとも、ふたりを連れていったほうがよいと垂水先生はお考えですか」

「そこ、悩むところなのよね。後藤くんから謝罪を引き出すにはふたりに付いてきてもらったほうが簡単なのは確かね。でもふたりの態度に迎合して、心にもない謝罪の言葉を口にするかもしれない。それでは後藤くんが本当に反省しているのか。見えづらくなるのよね」


「その意見には賛成します。後藤の本心を聞きたいのなら、ふたりを連れていくのは悪手でしょう。是が非でも謝罪させようと思うのならひらりちゃんだけでも連れたほうが確実でしょうけど」


 悠一と垂水先生の話を聞いていたひらりちゃんから声が上がる。

「あの、私は一緒に行かないほうがいいんでしょうか。後藤さんに影響を与えかねないから」

「そうね。後藤くんがしっかりと反省しているかどうかを知りたいのなら、蛭沢さんがいないほうが正直な反応を期待できそうね。謝らせたいだけなら連れていったほうが確実ではあるのだけど」

 垂水先生は悠一と同様、ひらりちゃんと秋川さんを連れていくことに抵抗があるようだ。


「私はひらりを後藤くんに会わせるほうがよいと考えます。彼はひらりのボディーガードとしてコンくんを階段へ叩き落としたわけですから、ボディーガードの役割として謝罪の言葉を述べさせるべきです」


 秋川さんは後藤と同じくひらりちゃんのボディーガードだから、仲間意識があるのだろうか。しかし疑問の余地もある。

 警護対象者と同僚が同席したら、いい格好をしようとするだろう。そもそもひらりちゃんと話していたくらいで悠一を階段へ叩き落としたのだから、ただの警護対象者とは見ていない可能性も高い。

 幼馴染みという理由だけでボディーガードという、自分の時間を拘束してしまう仕事をしようと思うだろうか。

 悠一が親しく話しただけで怒りが沸騰したのは、彼女に悪からぬ感情を抱いていたからではないのか。

 そうであれば、ひらりちゃんを連れていったら後藤は彼女にいいところを見せようと、心にもない謝罪を口にする可能性もある。

 そのあたりも垂水先生の判断に影響を与えているのかもしれない。


「当の後藤にはなんと言ってアポイントをとったんですか」

「被害者のコンくんを連れていくから、彼にあなたの正直な気持ちを話してほしいと言って面会の日時を設定したんだけど」


「それならひらりちゃんと秋川さんは付いてこないほうがいいですね。どうしても本心がゆがんでしまうでしょうから」

「そのとおりね。ふたりには悪いけど、今日は連れていかないほうがよさそうだわ。後藤くんがきちんと反省しているかどうか。蛭沢さんがいないほうが判断できるでしょうから」


 悠一は納得したように頷くと、全身の力が抜けてその場に崩れ落ちた。


 遠くから悠一を呼ぶ声がしていると感じられるが、体が全く動かせず反応できない。

 垂水先生がしゃがんでライトを取り出し、悠一の眼の前で振っている。


「これはちょっと危ないわね。動かさないほうがいいんだけど、床にそのままというのもなんだし。コンくんをベッドに横たえるから、秋川さん力を貸してください」

「わかりました」


「コンくん、今からベッドに移すから我慢してね。じゃあ秋川さん、イチニのサンで持ち上げてベッドに載せるわよ。いいわね。イチニのサン」


 悠一は宙に浮いた感覚を味わうことなく、ベッドに横たえられた。





(第12章A1パートへ続きます)

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