第15話「天才の目覚め」
「準備オッケ―です! それでは始めてください!」
美羽はルームミラーで後ろのカリーナEDに目をやった。
すると、ヘルメットから覗く魁利の闘志に燃えた瞳を目の当たりにして、体が一瞬ぞくりとした。
久しぶりだ、この感じ。体のそこから湧き上がる闘争心。
もう、
たった一度だけ、走ると決めたのは自分自身だ。
なら……少しくらい昔を懐かしんで楽しんでみても、良いんじゃないだろうか。
うん、そうだ。今回だけなんだから、割り切ればいい。
冷静を装い、そう考えていた美羽の表情は、とても好戦的で挑戦的な笑顔になっていた。
美羽がアクセルを吹かすと、それに続いて魁利もアクセルを開ける。数回、共鳴しあうかのように響いた両車の叫びにも似た排気音は、シルビアのリアタイヤが地面を蹴ると同時にヒートアップした。
2台は示し合わせるかのように、勢いよく飛び出していく。
すぐに迫る右コーナー。ブレーキングからのターンイン。
カリーナEDのスタートダッシュに一瞬にして前をとられるかと思われた一瞬の攻防。
シルビアはその軽さを生かしてカリーナEDがアクセルを開けづらいラインを選ぶと、先頭を死守した。
目の前を勢いよく通過し、加速していく二台を熱海たちは目で追いかける。
美羽はコーナーを立ち上がったところで、ルームミラーですぐにカリーナEDのポジションを確認し、表情を曇らせた。
「……まじか」
フットワークの軽さでどうにか前を死守した。でも、かなり無理をしてやっとだ。
やはり、馬力に加えて駆動方式と大きなハンディキャップがある。
次の左コーナーまでの短い直線が、美羽にとってはとてつもなく長く感じられた。
カリーナEDはじわじわと横へやってきて、シルビアと並びかけている。
アウトにカリーナEDがいるため、ラインの自由が奪われた。
でも、インから飛び込めばここで抜かれることはないだろう。
美羽はそんな判断と共に軽いブレーキングで荷重を巧に移していく。
二台のブレーキランプはほぼ同時に点灯したが、シルビアだけがコーナーに吸い込まれるようにノーズをねじ込んでいった。
魁利がまだカリーナEDに馴れきっていないため、どうにかなっているものの美羽自身も決してこのシルビアに100%適応できているわけではない。
「これ、負けたかな」
そんな美羽のこぼした言葉と同じ感想を抱いていたのは、コーナーの先へと消えた二台の後姿を見ていた美智だった。
「こんなの、勝負になるわけない」
走り去る二台のエキゾーストノートにかき消され、誰の耳にもその一言が届くことはなかったが、この時点ですでに美智は二台のスペックと二人のドライバーの技量をおおよそ予測出来ていた。
技量はおそらくほぼ互角。
だが、シルビアのほうが癖がなくて軽い分、コーナーの多い区間ではどうにか先行できているというのが現状だろう。
魁利はまだ、車の特性に馴れていないように見えたが、あと二、三個コーナーを抜けるまでのストレートのどこかでカリーナEDが前に出られる。
美智はそう予想しつつ、熱海の視線が送られるパソコンのモニターを後ろからのぞき込んだのだが。
「っ……嘘でしょ」
現実は小説より奇なり、とはよく言ったものである。
峠と言うステージはサーキットのように綺麗な舗装が施されているわけではない。
左右で違う高さの路面に加え、散見される凹凸はタイヤを無慈悲に乱す。
この条件下で本当の全開走行をすることができるのは、ほんの一握りの天才だけだろう。
そして、魁利はその天才のうちに十分入るドライバーである。
にもかかわらず、魁利はカリーナEDの運転席で強い焦りを感じていた。
なんで、抜けない。ストレートになれば、シルビアの横へとノーズを入れられている。なのに、コーナーでは離される。
こっちは四駆でパワーもあるのに、コーナーの侵入からコーナリング中にかけて離される瞬間がある。
タイヤが満足に使えていない。荷重が移しきれてない。アクセルがシルビアよりふめてないんだ。
問題点を頭で整理していくものの、それをすぐに反映できれば苦労はしない。
全開領域でのカリーナEDの動きが把握しきれていない現状で、格下の車に翻弄されている事実が、魁利をさらに焦らせ、ドライブに雑念を介入させる。
中学優勝の肩書は伊達じゃない。
魁利は何度も修羅場を乗り越えてきたし、冷静に対処する実力も持ち合わせている。
それでも今回これだけ魁利の心が乱されている理由はほかでもない。
森美羽のドライビングが規格外に変化していく様を目の前で見せられているからだ。
下りであることによるパワー差が出にくい環境を加味して考えても、
故に、短くてもストレート区間があると、毎度カリーナEDはシルビアに並びかけているのだ。だが……。
カリーナEDはシルビアの前に出ることができない。
シルビアは一回目のコーナーより二回目のコーナーのほうが鋭い突っ込みをしていた。
美羽がシルビアに適応しつつあるからだろう。
魁利はただ、そう思っていたし、そこまでの技量を見て、美智と同じく数コーナー先で追い越し出来ると思っていた。
だが、実際は違った。
シルビアの挙動は、際限なく洗練され続けていく。
まるで、水を得た魚のように、シルビアのコーナリングはその鋭さを増していくのだ。
「なんなのよっ!」
そんな、怒りとも焦りともつかない魁利の叫びは美羽には微塵も伝わっていなかった。
この時、美羽はバックミラーをまるで見ていなかったのだ。
もっといえば、後ろなど意識してなかったのである。
最初こそ、マシンスペックの差に危機感を覚えていた美羽だったが、コーナーを抜けるたびに車を全開領域で操る爽快感を思い出し、充足感が美羽を支配していった。
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