第44話 解散宣言

「よう、シロタン!久しぶりじゃねぇか!随分、色男になったな!」


 前頭部は禿げ散らかしながらも、後頭部のみ長髪の男が思い切りの笑顔を浮かべた。

 俺はその男を見て、驚きのあまり二歩下がる。



 ホテルのロビーで話した後、俺たちはそれぞれの部屋へ戻ることとなった。

 堀込とは別のクラス、班であることから途中で別れ、俺と榎本、高梨は同室であることから一緒に部屋へと向かった。

 その途中、榎本が「部屋に入ったら驚くだろう」と言った。

 ブラックファミリーの面々がいることは予想出来る。何かとてつもなく変化しているのか?と聞いたものの、榎本は意味深に微笑むだけであった。



「え?森本さん?なんであんたがここにいる?」


 部屋の扉を開けた時、真っ先に視界に飛び込んできたのは、あの森本であった。驚きのあまり考えが追いつかない。

 森本は狭山ヶ丘国際大学の守衛をしていた男であり、クロがキズナ ユキトであった時、一緒に戦った男だ。

 しかし何故ここに森本がいるのか。これは入間川高校の修学旅行のはずだ。



「それは俺も聞きたいところだけどよ。俺だって入間川高校の学生、ブラックファミリーの一員だからに決まっているだろ」


 森本のその一言に何も言えない。

 ブラックファミリーにこんな奴いたか?


「妻殴りだ。森本は妻殴りだったのだよ」


 隣に立つ榎本が耳打ちをしてきた。

 妻殴り?榎本のその一言でさらに混乱する。

 妻殴りはブラックファミリーの一員であった男だ。黒薔薇党による、入間川高校占拠事件の時に銃撃を顔面に受け、あの世行きとなったが、まさか森本が妻殴りだったとは…

 高校時代とは人相が違い過ぎる。共通点としては禿げ散らかしと、危険な雰囲気があるところぐらいか。



「本当なのか」


 俺は声をひそめる。


「妻殴りだと自称している」


 榎本も声をひそめて返した。

 自称しているのを根拠とするのはどうかと思うが、あの妻殴りを自称したがる人間は世界に二人といないだろう。


「そうだったのか…

 榎本さん。妻殴りが森本って名前だったことを知っていたか?」


 榎本は首を横に振る。

 誰が付けたあだ名なのかは知らぬが、見た目からして嫁を殴ってそうな人相だったのだ。妻殴りと呼ぶことに何の疑問も無かった…



「榎本さんから先に聞いてなかったら、シロタンだってわからなかったぜ」


 森本は俺の容姿について言ったのだろう。確かに俺も妻殴り以上に変化してると言ってもいい。

 森本へ話を振ろうとしたのだが、狭山ヶ丘国際大学の守衛である“森本さん”として呼ぶべきなのか、ブラックファミリーの一員である“妻殴り”にするべきなのか迷う…



「森本さん、あんたはりょうもう号の後、何をしていたんだ?」


 結局、森本さんと呼んでいた。


「あの後か…」


 森本はそう呟くと、遠くを見るような目をしつつ、ポケットから小さなガラスの瓶を取り出した。その蓋を外すと中の琥珀色の液体を喉奥へ流し込む。


「気が付けば監獄の中にいて…、娑婆に出たらまた監獄への繰り返しだ」


 と森本は屈託のない笑みを浮かべた。

 森本らしいと言えば森本らしい。


「シロタンらは色々あったみたいだな」


 と森本は続けた。その含みを持たせた言い方に思わず榎本の方を見る。


「これまでの話はしてある」


 と榎本は頷きながら言った。



「みんなで何、わけのわからない話をしてるんだよ?」


 部屋の奥からそんな声が聞こえ、その声の主が顔を覗かせた。

 栗栖だ。栗栖は高校時代の姿、そのものであった。


「栗栖はわかっていない。高一に戻っているようだ」


 と榎本は声を潜めた。高一に戻っているだと…、確かに見た目は高校時代へ戻っているように見える。それなら試しに何か聞いてみるか。

 俺は玄関で靴を脱ぎ、部屋の中へ入る。


「栗栖か、久しぶりだな。

 盛岡の一件の後はどうしていた?」


 俺からの問い掛けに栗栖は柔和な微笑みを浮かべるのみ、何も言わない。

 潰れたゴルフボールのような顔と、短髪の剛毛ヘアは高校時代、そのままだ。

 栗栖は今、胡座をかいているせいでわからないのだが、恐らく栗栖最大の目印である、ズボンを腰穿きし過ぎて常時半ケツも健在であろう。

 それよりも、だ。部屋の片隅に早々と布団を敷いて寝ている奴がいる。

 布団…、もしかして…


「糞平だ。彼はああして寝たきりなのだよ」


 俺の疑問を察した榎本が背後から答えた。


「何故だ?」


「わからない。そして私たち以外、誰もあの状況に疑問を持っていないのだよ」


「信じられない…、教師ら、牛浜でさえも何も言わないのか?」


「そうだ」


 そんな糞平に近寄り、その寝顔を見る。

 安らかな寝顔だ。寝息もあるし、眠っていること以外、特別変わったことは無い。

 糞平は普段から布団を持ち歩く男だった。

 だからか、だからこうして寝たままなのか?


 俺の思索はドアの開閉音によって遮られた。

 ふと部屋の出入り口を見ると、そこにはクロがいた。

 俺とクロの視線が交錯する。


「やぁ」


 クロはそう言いつつ、若干気まずそうに部屋へ入ってきた。


「おかえり!」


 栗栖が扉の開閉音を聞きつけクロを出迎えたその直後、俺はクロの背後に人影を見た。


「コッキーもおかえり!」


 栗栖のその一言に血圧の上昇を感じる。

 コッキー、久しぶりに聞いたその響き。懐かしさよりも苛立ちを覚える響きだ。

 小木田元太郎。通称コッキー。

 ブラックファミリーへ最後に加入したが、すぐに追放された男だ。


 クロの背後の人影は間違いなくコッキーであった。何故かわからぬが、見ただけで不愉快にさせるあの顔は相変わらず、高校時代のコッキー、そのものだ。

 しかしだな、


「おい待てよ、小木田。誰が敷居を跨いでいいと言った?」


 俺のその問い掛けにクロとコッキーは困惑した表情を浮かべる。


「待ってよ、シロタン。なんでそんな事を言うの?」


 クロは困惑しつつも食い下がった。

 そのクロの様子を見て、俺のひねくれた無頼の根性が告げる。

 こいつらを今すぐ叩き出せ!と告げている。


「待てもクソも無い。小木田、お前は追放したはずだ。何故敷居を跨ぐのか?」


「追放?何を言ってるの!」


 クロは大袈裟なぐらいに驚愕の表情を浮かべた。


「クロよ、認知の歪みにはまだ早過ぎるんじゃないのか。

 小木田は高一の夏休み前には追放したはずだ」


 その一言を放った時、誰かが俺の肩を軽く叩いた。


「風間。この世界では小木田は追放されていないのだよ」


 榎本だ。榎本が俺にそう耳打ちをした。その一言に俺は思考停止する。


「なんだと…、榎本さん。それは本当なのか?」


 俺が声を潜めると榎本は頷いた。



「シロタン、コッキーを追放だとか何を言うんだよ」


 栗栖までクロに同調し始めた。


「わかった。それなら今ここでクロと小木田は追放だ。

 さらにだな、ブラックファミリーは今、ここで解散だ」


 俺の解散宣言にクロは驚愕する。

 俺はここでクロから視線を逸らし、完璧な間を置いてから流し目加減の視線を送り、


「話はそれからだ…」


「シロタン…」


 コッキーだ。俺の決め台詞に対し、コッキーは如何にも同情を引こうとしているかのような、今にも消え入りそうな声で俺を呼ぶ。


「待ってよ。僕がブラックファミリーのリーダーだし、こんな横暴許されないよ!」


 クロはコッキーを庇うかの如く、俺の前に立ちはだかる。


「横暴かどうかなぞ、俺の知った事か!」


「ブラックファミリーはみんなの意見を尊重するべきなんだ」


 クロはあざといぐらいの真っ直ぐな瞳で俺に訴えてきた。


「俺はクロと小木田の追放と解散に賛成するぜ」


 クロの一言に対し即答する奴がいた。森本だ。


「私も賛成だ」


 榎本だ。


「僕はどこまでも詩郎について行くから!」


 高梨は…、まぁそんなもんか。


「俺も賛成するよ」


 その声はクロとコッキーの後ろからだ。クロとコッキーもその声につられて振り返ると、部屋の玄関にはパリスがいた。髪は濡れ、顔は上気している、風呂帰りのパリスである。


「栗栖。お前はどうする?」


 栗栖へ視線を送ると、奴は俯き、沈黙した後、頷いた。


「僕も…、賛成するよ」


 栗栖は躊躇しながらも俺たちの側に付いた。

 俺は流し目加減の視線をクロへ送り、


「クロよ。こういうことだ」


 俺はここで深呼吸を一回挟み、


「わかったら、出てけーーっ!!」

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