第13話 見えつつある陰

 小川三次は定時になると、鹿内医師を尾行する積りで助手席に白湯を乗せ正面玄関を睨んでいた。

鹿内医師が誰かと会う約束をしているようだと知らせてくれた職員がいたからだった。

 ところが、院長と事務長が真剣な顔つきをしてひそひそと話しながら出てきた。

その怪しげな様子に、「あの二人何かあると思わないか?」三次が言った。

「確かに、いつもみたいにデカい声で喋ってないわね。なにかやばい話でもしてるのかしら」と、白湯。

「予定変えて尾行するか?」

白湯が肯いて尾行を開始した。


 札幌の中心街から少し離れた山の手にある立派な門構えの料亭前でタクシーを降り二人は中へ入って行った。

三次らも中へ入ろうとしたが、「一元の客は受けていない」と断られてしまった。

仕方なくその入口の見える場所に車を停めて待機していると、数台の車がその入口の少し先に停まり、その後から黒塗りの外車が玄関前に停まった。

そこから出てきたのは、見るからにやくざだ。それも親分なのだろう、先に着いていた連中が周りでぺこぺこしている。そして親分が入ると子分たちは夫々の車に戻って駐車場の方へ行った。

 三次は暖簾を潜って、仲居さんに「今来た方は<原杉総合病院>の院長さんとご一緒の方ですよね」と訊いてみた。

「そうですが、あなたは?」

三次は聞かれて、「ちょっと調査依頼を受けてましてね」探偵の真似をした。

「あとでどんな話をしていたか聞かせてもらえませんか? もちろん謝礼は少ないですがします」

と、指を一本立てる。

三次は我ながら芝居が上手いなと思う。

 待つ間三次は気になっていることを白湯に訊いてみた。

「信一がさ、さくらのこと心配してて毎日様子を聞いてくれって言うんだよな。白湯は何か聞いてるんだろう?」

白湯は困った顔をしていたが、「……うん、でも……佐々木くんには言わないと約束してくれる?」

しばらく考えてから言った。

「え、良いけど、どうして?」

「どうしてでも良いから、できるの?」

「わかった」

「……実は、さくら、……」白湯から聞いた話は、三次が「もしかして……」と思っていたものだった。

「あの野郎っ! ぶっ殺してやる」怒りが迸り拳を強く握って膝を叩いた。

「落ち着いて、小川さん、私が佐々木くんに言わないでって言った理由、わかるでしょう」

「……ん? うん、ああ、そうだな。俺でさえこれだけ頭に血が上るんだ、あいつなら本当に殺しに行くかもな」

「私が毎日さくらと一緒にいて少しずつ落ち着きを取り戻しつつあるのよ。だからもう少しそっとしておいて欲しいの」

「わかった。で、信一に訊かれたらなんて言えば……」三次が話している途中でタクシーが料亭前に停まり、店から院長と事務長が出てきた。

 三次は情報提供を頼んでいた仲居さんに電話を入れる。

「大したことは聞こえませんでしたよ。『頼む』とか、『もっと増やせ』とか言ってたけど、何のことだかさっぱり……でも、随分病院の院長と事務長さんがあんな暴力団の組長と仲良くしちゃってと思ってね……」

仲居さんの言葉に驚いた。

「え、やっぱり相手の男は暴力団の組長だったんですか?」思わず三次は訊き返した。

「あら、知らなかったの? ふふっ、随分と抜けた探偵さんだこと」

「なんて言う暴力団です?」

「いや、そこまでは知らないわよ。探偵なら自分で調べなさい、じゃ、忙しいから、お礼を忘れないでね」


 一ノ瀬に写真を転送すると、「それは<高井良龍商会>の高井良龍二だ。そいつが何かやったのか?」と、電話で返事が来た。

「いや、それはわからないんだが、俺の勤務先の<原杉総合病院>の院長と事務長が仲良く料亭で食事してたもんだからさ、相手が誰なのか知りたかったんだ」

「ほぅ、それは影で何かやってるな。調べてやるか?」

そう一ノ瀬は言ってくれたが「いや、自分でできるところはやるから、いよいよになったら頼むかもしれない」

「ん、良いけど、無理すんなよ。暴力団を舐めてかかると命落とすぞ、特にお嬢さんは気を付けないとな」

一ノ瀬はそう言って通話を切った。


翌朝、SNSに<H総合病院のH院長とO事務長が暴力団と会食>と銘打って、写真付きで詳細が投稿された。


顔を真っ赤にして喚きまくる院長に誰一人反応はしない。


 数日後の夕方、三次は白湯に院長を調べた結果を報告するから、と言ってレストランに呼び出した。

そして先に二人の注文をして、説明を始めた。

「院長がまだインターンだった頃、ボディーガード役だった事務長と<すすきの>で街を歩いているとやくざ風の二人の男が女性二人に絡んでいるところに出くわしたらしいんだ。で、助けを求められて渡り合ったらしい。とは言っても院長は女性の前に立ってただけで、事務長が二人を相手にしてると劣勢になった男らがナイフを取り出したそうだ。そこへ男らの兄貴分らしい奴が来て二人を窘めて、事務長に『兄さん良い度胸だ、一杯どうだ』と言ったのが切っ掛けで繋がりができたんだ」

「それで院長がおかしくなったの?」白湯がすかさず訊いてきた。

「いや、それから二十年近く付き合いが続いて、つまり今から十五年前、院長が手術ミスをしてしまい荒れて飲み歩いてた時、その男に酒と女をあてがわれ院長はおぼれた。さらにギャンブルにもはまって、金が無くなり医薬品の横流しを始めたらしい。その時はまだ暴力団だとは知らず、サラ金の上司と部下だろうくらいに思っていたようだ。

 結果的にその男に多額の借金をしてしまい、返金を迫られて始めて暴力団だと知り、横流しだけじゃ足りなくて病院の金にも手をつけたようだよ」

「もしかして、最初から暴力団の罠に嵌められたんじゃないの?」白湯の直感はなかなかのものだ、三次もそう考えていたし、情報をくれた古参の医師も同じことを言っていた。

「それと、確証はないと言ってたけど、息子の原杉勉(はらすぎ・つとむ)は大手医薬品メーカーの<原杉総合病院>を担当する営業マンになって、納品する麻薬を暴力団へ流しているらしいよ」

「え、まさか。信じられないわ。そこまでするなんて」と、眉間に皺を寄せる白湯。

「ま、証拠も何もない噂なのかもしれないけどな。……調べた結果はそんなとこだ」

「私、麻薬の関係も調べてみるわね」白湯がちょっと怖い顔をして言った。

「おい、止めとけよ。暴力団が絡んでるんだよ。危ないよ。本当に殺されるよ。一ノ瀬に話して捜査してもらうから、頼むから止めて」三次は白湯が言い出したら聞かない女だとわかっているだけに、あまりに危険だと思い必死になる。

「な、止めろよ。絶対ダメだ!」

何回もしつこく言った。

「小川さん、なんでそんなに言うの、今までだって色々調べてきてるのに」白湯が悪戯っぽく言う。

「ばか! お前が傷つけられたり、殺されたりしたら、俺はどうすれば良いのよ!」

周りの事を考えずに怒鳴ってしまった。

「わかったけど、静かに!」白湯が唇に人差し指を立てて周りを見回す。

「あ、ごめん。つい……」三次は頭を下げる。

「ふふっ、心配してくれてありがと。でも、大丈夫よ、私が調べるのは病院の中で、納品書と入庫数と請求書とか現物の整合性をみるだけだから」

「そっか、なら良いんだ……俺は息子の勉を調べてみるよ」

三次が言った途端に今度は白湯が心配そうに眉をひそめるので、「大丈夫、危険な真似はしないよ」

と言ってはみたが、友人関係を調べに歩いたらひょっとしてあの連中に行き当たるかも知れない……。

しかし、不安はあっても、やらないわけにもいかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る