6.企みは始まったばかり


 ***

 


 

「どうしよう、お父さん!」


 クロイと戦った壮年の男は、自宅に帰るなり見た目がそう変わらない男——ゾロフに、飛びついた。


 ゾロフは一瞬、呆気にとられた顔をするが、すぐに微笑みを返した。


「やはり、お前だったか。キリア」


 壮年の男は頷くなり、目を閉じて何かを呟いた。すると、銀髪の少女に姿を変える。クロイと戦ったキリクという男の正体だった。


 母親に変身の魔法を教えてもらい、男として剣術大会に参加したのだが、まさかクロイとともに護衛に決まるとは。


 剣術大会の興奮が冷めやらないキリアは、頬を紅潮させて告げる。


「私、アリスタ伯爵の護衛になっちゃった」


「お前、まさか本当に護衛になるつもりか? 嘘を突き通すのは並大抵の努力では済まない。それにもし仮にお前が女だとバレたなら、不敬罪に処される可能性がある」


「でも、バレなかったら、ずっとクロイと一緒にいられるのよね?」


「魔法は決して万能ではない。お前の魔法はせいぜい十二時間しかもたないはずだ」


「うん。だから、十二時間ごとに魔法をかけなおすわ。少しの休みも必要だけど」


「上手くいくと思うのか?」


「上手くやってみせるわ! だって、私はクロイが好きだもの」


 純粋な目が、ゾロフの目に映る。


 こうなることはわかっていた。


 キリアを最初にけしかけたのは、ゾロフだった。


 誰よりも才能があるキリアを皆に見せつけたかったからだ。


 だがまさか、こんな風に上手くいくとは思わず、なんとか諭そうとするが——良い言葉が見つからず、ゾロフは言葉を失くした。


 キリアの可能性をノグレントで開花させるチャンスだと思った。


 だが一方で、リスクもある。キリアが女だとバレた時、どんな仕打ちを受けるかわからないだろう。


 親としての心は行かせたくないが、勇者としての自分がキリアの可能性を見てみたかった。


 本当は止めるべきだとわかっているのに、ゾロフはどうしてか、キリアに選択権を委ねたくなる。ワガママ娘の父親も、ワガママだということだ。


「だったらキリア、ノグレントの騎士として登りつめろ。そうすればきっとクロイも認めてくれるはずだ」


「そうよね。私が誰よりも強くなることで、アリスタ伯爵だけじゃなく、クロイのことも守ってみせるわ——だから、ごめんねお父さん」


「何を謝るんだ?」


「お父さんやお母さんを置いていくことを、許して」


「バカにするな。俺たちはお前の足枷になるつもりはない。お前はどこにでも行けばいい」


「……お父さん、愛しているわ」


「さっさと行け。アリスタ伯爵令嬢は、すぐに出立なさるのだろう?」 


「うん。豊穣祭に参加できないのは残念だけど……」


「落ち着いたら、また来ればいい」


「そうする。いつか立派な騎士になって、帰ってくるから——待っててね、お父さん」


「待ちなさい、キリア」


「お母さん」


 家を出る直前、部屋の奥から母親のミランネも現れる。ミランネはトランクに詰め込んだ荷物を渡してくれた。


「お父さんの服を詰めておいたわ。向こうに着いたら、ちゃんと手紙を書きなさいよ」


「うん、ありがとうお母さん!」


 キリアはミランネからトランクを受け取ると、自分に魔法かける。


 魔法で作った姿は、父親を見本にしていた。まるでゾロフと兄弟のような顔立ちをしていたが、それがかえって良かったのだろう。


 勇者の親戚として名乗れば、誰も身元を疑わなかった。キリアの悪巧みは始まったばかりだが——男のふりをすることが、どれほど大変なことか、わかっているようで、わかっていない親子だった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る