第30話 特戦との交戦
そのまま通路を進んでいくのだがドクンと通路からする脈動音以外は特になく明かりも不思議とあり視界は良好だ。臭いも気にならない。さきほどの悪臭のせいで麻痺している可能性もあるがとりあえず今までに比べればこんな場所ですらマシに思えた。
ただし快適とも言いづらい。というのもここは湿気が強すぎる。体内と変わらない環境だからかかなりじっとりしていて温度も高く、高温多湿状態だ。
そのため汗が全身にまとわりつく。かなり嫌らしい環境だ。今までの疲労と合わさりチョッキの重さに体が潰れそうになる。
「沓名君、歩ける?」
それでもいい。自分は兵士でこういうのを承知で参加し今まで訓練してきたのだから。だが彼は違う。
優輝もかなり辛そうで何度も腕で額の汗を拭っている。表情は辛そうだが目はまだ死んでいない。
「はい、大丈夫です」
それを見て嬉しく思う。彼のやる気はまだ折れていない。まだこの作戦を成功させられる。
宮坂は水筒を取り出し優輝に手渡した。
「飲んで、喉渇いたでしょ?」
「ですが」
しかし優輝は遠慮して受け取ろうとしない。彼からすれば自分はただの足手まといで装備の重量も比較にならない。公平の観点から見れば水を飲むのは宮坂や福田が相応しい。
「少しくらい大丈夫よ」
なので宮坂は笑ってそう言った。実際自分も辛いし福田も辛いだろう。だが何度も言うが自分たちは訓練してきた。彼にも給水は必要だ。
それで優輝は受け取り水筒に口をつける。水を一口、二口と飲み込んでいきふうと息を吐く。
「ありがとうございます」
「もういいの?」
「はい。大丈夫です」
宮坂としてはもっと飲んで欲しかったのだが無理強いしてもあれなので彼がそう言うならと受け取る。そのまま自分も飲もうとするが、ふと水筒の飲み口を凝視してしまう。けれどあまり意識しないように水を飲んだ。
「ふう!」
全身に水分が通っていく。それと同時にやる気が充填していくのを感じる。
「気合入れていくわよ!」
「? はい」
優輝も福田も意味が分からずとりあえず返事をする。意図してしたわけではなかったが宮坂にはいい刺激になった。
それで三人は肉の通路を進んでいくが今のところ異常存在は見当たらない。無論それで気を抜くことはしないが集中しながら先を目指していく。
その時銃声が響いた。
それは優輝の近くに着弾する。
「伏せて!」
慌てて優輝の体を抑え身を屈ませる。そしてすぐに肉で出来た自動販売機ほどの物陰へと隠れた。
聞き覚えのある銃声、宮坂は隠れながら顔を覗かせる。
「よう、置いて行っちまうのかと思ったよ」
「まさか、待ってたのよ」
そこにいたのは特戦の部隊を率いる中水だった。戦闘服にライフルの出で立ち、背後には数人の部下が見える。
彼らも汚染病院攻略のためここへ突入してきたのだ。しかしその目的は違う。彼らはさきほど優輝を狙って射撃した。彼を殺害しようとしたのだ。
「中水……彼を撃ったわね?」
「話をしよう。戦うのは不本意だろう?」
「さきに撃ってよく言うわ!」
「ちぃ!」
宮坂は物陰から銃を出して発砲する。それを見て中水たちも隠れやり過ごす。
「これ以上馬鹿な真似は止めろ! 特戦からはお前の射殺許可も出てるんだぞ!?」
「でしょうね」
物陰から中水の大声が聞こえ宮坂は小さく愚痴る。それは彼女も予想していたしそれを覚悟した上で決めたことだ。
「中水、分かるでしょう!? 私は彼を連れて行くわ。必ずよ」
そう言ってまた射撃する。銃弾は肉の壁に当たり弾痕からは出血している。
中水たちの部隊を牽制し宮坂は優輝の腕を取る。
「走るわよ、早く!」
急いで走る。彼の手を引いて宮坂は走り出した。
ちょうど、十年前の時、彼がしてくれたように。
「逃がすな!」
中水もそれで見逃すほど甘くない。部下に指示を出し後を追いかける。
走った。異常存在や異常現象ひしめく汚染病院で人間に追いかけられるとは。それも自分の恩人でもある中水率いる部隊にだ。経験に関してもあちらの方が上。逃げる宮坂の表情にも焦りが出る。
追いかけてくる中水たちに銃撃を加えながら走るが彼らの追跡は猟犬のようで一向に離れない。むこうも銃を撃ってきて壁や足元に着弾してくる。すれすれでいつ優輝に当たってもおかしくない。
「止めろ宮坂! 自分がなにをしてるのか分かってるのか!? 彼女の目覚めは危険だ、冷静になれ!」
「だからって彼を撃つのか!?」
中水から制止の声がぶつけられるのを負け時と大声で返す。しかし状況はこちらが劣勢だ。
彼らから逃げながら地下まで行けるのか? このままでは追いつかれるのは時間の問題だ。その時自分がやられるのはいい。心苦しいのは自分についてきてくれた福田だ。ただそれも覚悟の上一緒に裏切ってくれた。最悪なのは優輝がやられること。
それだけは絶対に避けなければならない。彼を生かして彼女と再会させる、そのためにここまで来たのだから。
「があ!」
直後宮坂の体に衝撃が走り転倒してしまう。
「宮坂さん!?」
背中に激痛が走る。痛みに体が動かせない。
撃たれた。それが分かる。
「くそ! 宮坂さん起きて、早く走るんです早く!」
福田が彼女を急かす。その場に留まり中水たちに銃を撃つ。通路に倒れる彼女の盾となっていた。
彼からの激に宮坂も腕に力を入れなんとか起き上がろうとする。
痛い。苦しい。痛みは体と脳に動くなと激烈に通告してくる。それを無視して宮坂は動いた。
動かなくては駄目だ。立たなくては駄目だ。福田が頑張ってくれている。沓名がまだ生きている。
「宮坂さん!」
優輝も倒れる彼女に近寄り心配した表情で見つめる。
「君! 宮坂さんを連れて先へ行け! 早くするんだ!」
福田の叫びに優輝は頷き彼女の腕を首に回し起き上がる。彼を支えにして宮坂は小走りで進んでいった。その間福田は一人戦い続けている。
「ありがとうございました」
一人、今生の別れに礼を言う。それは誰にも届かない独り言でしかなかったが、福田はそれだけを口して最後まで役目に殉じていった。
福田の健闘のおかげもあって優輝と宮坂は戦闘から離れることが出来た。肉の通路はまだ続いているが二人とも生きている。
「沓名君、下ろしてくれる?」
弱々しい声に優輝はゆっくりと宮坂を下ろす。壁に背もたれ足を床に伸ばす。背中に手を当て前に持ってくると手の平は血で濡れていた。それを見て宮坂は自分の状況を納得し優輝は戦慄した。
「宮坂さん……」
赤く染まった手に優輝の声は絶望感に染まっている。銃で撃たれた。自分ではどうすることも出来ないしこのままでは取り返しのつかないことになってしまう。それが優輝をさらに追い詰める。
「大丈夫よ、沓名君」
そう言う宮坂の声は、優しかった。
「私は大丈夫」
そんなのは強がりだ、そんなの誰の目から見ても明らかなのに。それでも彼女は言う、大丈夫だと。
「でも、背中が」
「そうね。撃たれちゃった。ちょっと、歩けないかも」
「そんな」
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