第10話 今更になって

「ウィル……ウィル!!」

「ライザ!ウィルの解毒をしろ!!」


 隠れ潜んでいたカイルが飛び出て来て、枷をはめられたライザにぐっと迫った。しかし彼女は、まるで小馬鹿にするようにせせら笑った。


「解毒なんて、わざわざ用意してあるわけないでしょ?もう、その男は手遅れよ!」

「彼女をすぐに、自白魔術と拷問にかけろ」

「はっ」


 カイルはとても冷たい声で命じた。ライザと二人の暗殺者は、騎士たちによってただちに連行されて行った。

 一方のウィルバートは眠るように意識を失ったまま、どんどん呼吸が弱まっていく。容態を見ながら、治癒専門の騎士が叫んだ。


「見たこともない毒だ。解毒方法が、まるで分からない……!」

「脈も、少しずつ弱くなっている!」


 騎士が人工呼吸を開始する。ウィルバートの命が、今まさに奪われようとしているのだ。その衝撃を受けて、アーシャの両目からはぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちた。


 ――ウィルが、居なくなるかもしれない……?

 そんなの嫌だ。嫌だ…………!!


 こんな時になって思い出されるのは、優しい彼の眼差しばかりだった。頭をさらりと撫でてくれた時の、細められた綺麗な金の目。


 ――私、今更になって分かった。

 ウィルが、好きなんだ。

 こんなに……こんなに、好きだったんだ……!


「ウィル、お願い、目を覚まして……!私、本当に馬鹿だった……!今更になって、ごめんなさい……。ごめんなさい…………」


 アーシャは泣きながら、か細い声を出してウィルバートの体に縋った。光魔術の治癒を発動して、ダメ元で彼にかける。少しでも生存能力を上げるためだ。

 その時、リオンが水晶玉を持って走って来た。


「フランツのリリーアン様に、もう繋いでる!隣には医術が専門のミレーヌ様もいる!」

『出ている症状は?』


 水晶玉には、光魔術の師匠でもあるリリーアンが映っていた。アーシャは必死に叫んだ。


「まるで眠るように意識を失っていて。どんどん呼吸と脈が、弱くなっていきます……!痙攣などは一切ないです。血を吐いています!」

『フランツの王妃、ミレーヌです。普通の毒じゃない。本当に魔術性の毒だとしたら、水魔術の解毒はかけないほうが良いわ。かえって毒になる可能性がある!恐らく、闇魔術で直接生命力が削られているのよ』


 水晶玉に映った王妃ミレーヌが言った。水晶玉に映る人物が、またリリーアンに戻る。


『毒が闇魔術ならば、あの黒い結界を打ち消したのと同じ理論でいけるはず……。アーシャ、結界を打ち消す魔術陣よ。最小出力で起動できる?』

「残り魔力が少ないけど、できます!!」


 アーシャは大きく息を吐いて集中し、複雑な魔術陣を描いた。最小の出力で、そっと注意深く起動する。精密な出力コントロールだけは、昔から得意だ。


『同時に光魔術の治癒をかけ続けて、生命機能を維持させるの。二つの魔術陣を、全く違う威力でコントロールするのは難しいでしょうけど……やらなければならないわ。魔力の残りはどれくらい?』

「魔力は残り、三割くらいです。やります!」

『魔力は、何とか足りるはず……ぎりぎりだから、魔力枯渇に気をつけてね』


 二つの陣を起動しながら必死でコントロールし、様子を見る。緊張で手が震え、アーシャの心臓はバクバクと高鳴った。騎士たちが声を上げていく。


「呼吸が、だんだん戻って来ました!」

「脈も、少しずつ回復しています!」

『良いわ、これで合っている。目を覚ましたら、その瞬間に魔術を打ち切って!かけすぎるのも、体に負担になるわ』


 ほんの少しずつ、少しずつだが、ウィルバートは回復していった。アーシャは過集中で大量の汗をかきながら、ウィルバートの目を凝視していた。彼の瞼がぶるりと震えて、金の瞳が覗く。


「ま、魔術、打ち切りました……!目を、覚ましました!」


 ウィルバートは呆然とした様子で、目をぱちぱちさせた。アーシャは彼の顔に手を当てて、縋り付いた。


「ウィル、ウィル……!!私が分かる?」

「アーシャ………………僕は……………………?」

「よ、良かった……!」


 アーシャの目からは、またどっと涙が溢れ出た。水晶玉から声がする。


『これでもう毒は打ち消されたはず。あとは安静にして、風魔術の治癒促進をかけて。体に相当負担がかかっていると思うから、無理はさせないこと』

「ありがとうございます……!本当にありがとうございます……!」

「リオンです。危ないところを助けていただき、本当に感謝します……」


 リオンが水晶玉に話しかけた。彼はいくつか話をした後、通話を切ったようだ。


 ウィルバートはアーシャの名前をもう一度だけ呼んだ後、また気を失うように寝てしまった。呼吸と脈はもう弱まっていない。ただ、体力の消耗が激しいようだ。治癒騎士によって指示通り、治癒促進の魔術がかけられた。


「リオン殿下……シャロンは大丈夫ですか?」

「大丈夫。王宮で保護している。意識を失っているだけで、間も無く目を覚ますと言われた。俺は、シャロンについてるよ。アーシャは、ウィルについていてくれるか?」

「はい、分かりました。ウィルが目覚めたら、連絡を入れます」

「ありがとう。頼むよ」

 

 アーシャはリオンと、しっかりと頷き合ってから別れた。

 ウィルバートはそのまま治癒を受けながら、学園の治癒室に運び込まれた。心配で堪らないアーシャは彼のそばについて、目が覚めるのを待つことにしたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る