第16話 エピローグ

 婚約お披露目が終わったある日、シャロンはリオンを自分の侯爵邸に呼んで、お茶をしていた。大切な話があったのだ。


「リオン、あのね。私、実は転生者なの」


 そうして、シャロンは語った。転生する前の人生のことや、そのために男装や服飾の技術を持っていたこと。アーシャの言う『原作』のゲームのことも。

 リオンは黙って、真剣に聞いてくれていた。


「だからね、私はいつもどこか他人事だったというか――……この世界と、この世界のシャロン・クリストルのことを好きになれなくて、苦しかったの」

「うん、そうか……そう、見えていたよ」


 リオンは翡翠の目を細めて言った。思うところがあるのだろう。


「でも、リオンが私を見つけて、好きになってくれたから。やっと私も、この世界とシャロン・クリストルのことを好きになれた。受け入れられたの……。本当に、ありがとう」

「シャロン……」


 リオンはお茶を置き、手を伸ばして、シャロンの頬に触れた。そこから熱が伝わってびりりとする。


「大切な秘密を話してくれて、ありがとう……君が俺を信頼してくれているのが、嬉しい」

「うん……」

「君が前世の記憶を持っているというなら、俺はその前世ごと、君を愛する」

「ふふ、ありがとう」

「こういうのは任せてくれ」


 リオンは翡翠の目元を緩めて、シャロンにキスをした。甘いミルクティーの味がする。何度か優しく唇をつけて、離れて行った。


「ところで、今日の男装も似合ってるな」

「でしょ?マダムチェルシーと新しい型紙を起こして、一から作ったのよ」


 シャロンは結局、未だに男装を続けていた。コンプレックスがどうとかは、もうあまり関係ない。だって趣味だし、自由にすることにしたのだ。

 さすがに夜会には、女性としてドレスアップして行っている。マダムチェルシーには、シャロンに似合うドレスを沢山仕立ててもらっているのだ。

 

 男装を続けて、女性陣に囲まれるのも悪くないし、そこには狙いもあった。噂好きの女性たちが持っている情報の幅広さと量は、侮れない。それがリオンの身を暗殺から守るのに、役にたつかもしれないと、シャロンは考えたのだ。魔術対抗戦で襲撃してきた二人組は、未だ捕まっていない。用心するに越したことはないだろう。


「俺はやっぱり、君が何を着ていても、どんな姿でも綺麗だと思うよ」

「ありがとう。……でもね?」


 リオンの耳に顔を近づけ、甘えた声で耳打ちする。


「女性としての私は……リオンが、独占して?」


 リオンは、目元をかっと赤らめた。口元を手で押さえ、少しそっぽを向いて言う。


「やっぱり……君には敵わない」

「ふふふ」


 二人の間には、今日もリオンに贈られた花が飾ってあった。真っ赤なバラが一輪。

 

 花言葉は――――『貴方を愛しています』。

 


 シャロン・クリストルは、婚約破棄を目指して男装を始めた。彼女は結果として王太子と相思相愛になり、婚約破棄にも成功した。そして二人は結婚し、いつまでも仲睦まじい夫婦になったのだと言う。

 

 一人の令嬢が男装することから始まった物語は、このような顛末を迎えたのだった。

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