第2話
「鮎川さーん、シャンプー終わりましたよ」
トントンと肩を叩かれて意識が戻った
「え、あ?!寝てた、よね?」
「シャンプーって眠たくなりますよね、わかります。俺も店長にシャンプーしてもらう時はだいたい寝てるんで」
目元が隠れているから分からないけど、爽やかに笑ってる気がした
「目元のタオル取りますね、失礼します」
そっとタオルを取った彼はそのままシャンプー台を起こした
「軽く拭きますね。痛かったら言ってください」
ふわふわのタオルでわしゃわしゃとタオルドライをされて、ささっと前髪を戻された
「じゃ、さっきの椅子に戻ってもらって、そこからドライヤーして店長に仕上げてもらいますんで」
家にあるのとは違う高そうなドライヤーで丁寧に乾かされた髪の毛は、光を受けてツヤツヤとしている
「やっぱり家で洗うのとは違う…」
「シャンプーでだいぶ変わりますね。市販のも悪いわけじゃないですけど、成分がやっぱり違うんで」
美容室専売のシャンプーはお高いなりに理由があるってことか
当たり前だけど
「ん。乾きました。店長ー」
「お疲れ様でした。牧田のシャンプー気持ちよかったですか?」
「はい、とても…お上手でした」
寝てしまったことが恥ずかしくて頬がちょっと熱くなる
「カットはまだまだこれから成長してもらわないとだけど、シャンプーはもう1人前だもんな」
「そりゃあんだけシャンプーばっかしてたらそうなりますって」
俺の髪の毛をチェックしながら店長さんが笑う
「鮎川さん、襟足だけすこし整えていいですか?梳いた分で長さが揃ってないので1、2cmだけ切らせてください」
「はい、お願いします」
「ありがとうございます。そしたら切っていきますね」
シャキシャキと髪が切れる独特の音をテンポよく鳴らしながら手早く整えられていく
「鮎川さん髪質いいですね。傷みも少ないし」
「え、あ、ありがとうございます?」
「でも柔らかいからセットはしづらいかな?」
「はい…ワックスとか付けてもあんまり」
「鮎川さんの髪質だとムース状の整髪剤のほうが扱いやすくなるかもしれませんね。牧田ー」
「はい!」
シャンプー台を片付けていた牧田さんが手を止めてこっちへ駆けてくる
なんか犬みたい
「この間サンプル貰ったやつあるだろ。あのムース状になるやつ」
「あぁ!取ってきます」
パッと身を翻してレジの近くの棚をガサゴソしてすぐに戻ってきた
「確かに鮎川さんの髪質に合いそうっすね」
「全体に付けるとベタつくから毛先だけにするか」
何やらプロ同士の話し合いが始まって、ドライヤーで切った髪の毛を飛ばした後に毛先に整髪剤が付けられた
「鮎川さんって職場で身嗜みに規定ありますか?」
「特にはないです」
「じゃあ牧田やってみろ」
「う、うっす。失礼します」
恐る恐るといった手つきで髪の毛をふわふわにされる
何この髪型
「起きたら櫛で梳かして、それからこの整髪剤を毛先に揉み込むようにしてください。その後手に残った分で髪全体的を持ち上げるようにクシュッとしてもらうとこんな感じになります」
いや、ならないだろ
これはプロの手があってこそだろ
「あんまコツとかもなくって簡単っす。分かんなくなったら横の髪の毛を上にガッ!と持ち上げてもらったら似たような形になります」
店長さんの丁寧な説明の後にかなり素人向けの説明が挟まれて、思わず笑ってしまった
「ふふ。うん、わかりやすいです。横の髪の毛を持ち上げるんですね?」
「そ、そうです!!」
なぜかほんのり頬を染めた牧田さんが勢いよく頷く
説明を笑ったのがいけなかった、のかな?
申し訳ないことをしたかも
「前髪をあまり上げたくなければ横に軽く流す程度で大丈夫です。この髪型なら前髪が厚めでも全体的なスタイルは崩れませんので」
「……前髪をあげたくないのバレてます?」
「事情は人によって色々あると思いますんで何とも思わないですけど、職業柄お客様のことには敏感になりがちなので。ご気分を悪くされたらすみません」
「いえ、店長さんも牧田さんも気を遣ってくださってるのは分かりますから大丈夫です」
至極申し訳なさそうに眉を下げた店長さんに首を振る
ここは今までの美容室と違って無理やり前髪を上げたり、容姿を話題にすることもなかった
店長さんも牧田さんも芸能人か?と思うほど顔が整っているからそれなりの苦労はしているんだろう
ここなら通ってみてもいいかも…とちょっと思えた
「あの、ここへ通うには予約が必要ですよね?」
「はい。と言ってもうちはオーナーの意向で大手サイトには掲載されていませんから、お手数ですけど店のHPから予約したしていただく形になっています。次回のご予約…と言うか初回ですね。予約して帰られますか?」
ふわりと微笑んだ店長さんに少し見惚れて、慌てて頷く
「そうしましたら…牧田の名刺からお願いします」
「え?!俺まだお客さん取れませんけど…」
店長さんの隣で大人しく立っていた牧田さんが驚いて肩を跳ねさせる
「そろそろだなってオーナーが言ってたぞ。とは言ってもお前だけでガッツリ取れるわけじゃないから、俺と共同っていう形でな。カットはまだしばらくモデルを見つけて練習だけど、カラーとパーマは解禁だ」
「やっったぁぁぁ!!」
「こら!お客様の前だ!」
「あ、ヤベ…すみません…」
なんかブンブンと嬉しそうに振られる尻尾が見えたし、へにゃっと垂れ下がった耳も見えたような気がしたな…
ゴールデンかラブラドールか…いや、ボルゾイ?
「あの、俺からこんなこと言うのも失礼かもしれませんけど、牧田さんのカットモデルに立候補してもいいですか?仕事の都合があるので毎月ってわけにはいかないんですけど」
「それは、こちらとしては願ったり叶ったりですけど…コイツはまだ半人前ですよ?」
「お気づきかと思うんですけど俺は容姿にそんな拘りはありませんし、日常生活に支障がでなければどんな髪型になってもいいので」
それに牧田さんのカットはとても丁寧で誠実さが見えた
どうせなら己の技術をひけらかす事しか考えていない美容師より、半人前でも牧田さんに任せたい
「牧田さん、どうですか?」
固まっている牧田さんに首を傾げて聞いてみる
もしかしたら練習の為には色んな人のカットをしたほうがいいのかもしれないけど
「ほんとにいいんですか?」
「勿論」
「……店長ー」
「はいはいオーナーには俺から説明しとくよ。それでは申し訳ないですけどお願いできますか?」
「大丈夫です」
「やった!顧客1人目!」
キラキラとほんとに嬉しそうに笑う牧田さんに思わずこちらも笑顔が零れた
「3ヶ月に1回とかでもいいですか?」
「鮎川さんの来やすいタイミングで問題ありません」
「じゃあとりあえず3ヶ月に1度かな。仕事の進行次第ではズレるかもしれませんけど、大体そのペースで来られると思います」
「承りました。ほら、鮎川」
「あ、はい!」
パタパタとレジのほうへ走って行って、手に何かを持って帰ってきた
「俺の名刺とこの店のポイントカードです!次回は初回になるので簡単な問診があります。なので予定の時間より少し早めにご来店ください!」
ペカッと眩しい笑顔で名刺を差し出す牧田さんに吊られて俺も笑顔で受け取る
「2、3日すれば髪が落ち着くので、その段階で気になるところがあったらいつでもご連絡ください」
「ありがとうございます」
「へへ、牧田さんほんっとにありがとうございます!またのご来店をお待ちしております!」
満点の笑顔で見送られ、こちらも会釈を返す
お店を出る時にはフラれた時の沈んだ気持ちはとっくのとうに忘れた去っていた
呼吸と髪を整えて @mioma-11
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