第13話 ゲームは終わっている 後編

 俺はイヴァン先輩から本を受け取った後、図書館に引き返し、受付で返却と貸し出しの手続きをした。司書の女性は俺に本を渡すと、


「恋文、見つかるといいですね」


 と言って、励ましてくれた。血の通ったまなざしだった。

 『騎士団の変遷』に栞は挟まれていなかった。

 授業係の手伝いまであまり時間がなく、俺は本を小脇に抱え急いで食堂へ向かった。優雅に食後の紅茶を飲む雪村さんに本を投げ渡し、カウンターにある残飯を漁る。朝と晩は料理が豊富に提供される食堂だが、昼食は弁当を選択できることもあり、簡素で量が少ない。残っていたのは丸いパンが数個とピクルスだけだった。大皿から落ちたチーズを見つけ、俺は嬉々として拾い上げた。

 席に着き、ひとつ目のパンに指で隙間を作ってピクルスを詰め込む。即席のサンドウィッチをほおばりながら、俺は魔眼を発動した。


「まふぁんふぁいふぁん!」


 雪村さんから本を受け取ると、中ほどのページを中心に魔力残渣ざんさが広がっているのが見えた。色も今までで一番濃い。


「どうですか?」


 雪村さんに訊ねられ、俺は喉を詰まらせた。パンが乾燥していて、ピクルスの水分だけでは補えなかった。


「うぐっ」


 飲み物を取り忘れたことに気づき、俺は目の前にあった紅茶を飲み干した。一息ついて言う。


「予想通りみたいだな」


 雪村さんは冬休み明けに入手した栞を、日常的に使っていた。リストを調べ直したところ、彼が読んだ本のほとんどが確認できた。残渣が見えた本の中には、栞から漏れた魔力も含まれていたのだ。

 俺は最も残渣が付着したページを開き、テーブルに置いた。


「雪村さんがバスで最後に読んでいたページだ。ここを中心に残渣が広がっている」


 残渣が見えないせいだろうか。雪村さんはカップに紅茶を注ぎながら疑問を口にした。


「なぜ、栞を挟んだページだと分かるんですか?」


「ずっと観察していたから」


 挿絵に見覚えがあった。


「かっ、観察していたのですか?」


「暇だったから」


 ふたつ目のパンにも穴をあけ、チーズを詰め込む。雪村さんの視線を無視して、俺は話を続けた。


「イヴァン先輩によれば、本はブレク先生が借りていたらしい。俺は先生に栞のことを聞いてみるよ」


 ブレク先生がバルナカルドを封印してあると気づき、栞を回収した可能性もある。


「では、僕はその本を読んでみますね」


 念のために、と彼は言うが、俺は本を渡すのをためらった。


「また貸しは禁止じゃないの?」


「……気になるようでしたら、返却して借りなおします」


 読み途中で返却したため、続きが気になるようだ。俺は受付でのやり取りを思い出し、言った。


「俺が借りたままにしておいて」


 彼女の脳裏にも『騎士団の変遷』は深く焼き付いていることだろう。

 雪村さんは本を受け取ると、すぐに開いて読み始めた。

 ふたつ目のサンドイッチは、ひとつ目よりも乾燥がひどかった。俺は紅茶をもう一杯いただくことにした。




 魔法科の俺にとって、ブレク先生に話を聞くのはなかなかの難題だった。あまり接点がないのである。ブレク先生が受け持つのは実技だけで座学がなく、ゲームが終わり行動も不規則だった。

 翌朝の土曜日、俺は室長から訊ねられた。


「デフォート、今朝はどうする?」


 ブレク先生とイヴァン先輩の朝練は、授業のない土曜日にも行われている。室長は毎日欠かさず見学しており、一走りして俺を起こしに来るのが日課になっていた。俺は寒さに負け、たまにしか見ていなかった。


「今日は見学するよ」


 エリス先生がディングタウンに依頼した魔法具が完成し、上級生でも封印の確認が出来るようになった。昨日は魔法具の調整と引き継ぎ作業に時間がかかったのだろう。いつもより帰りが遅く、ブレク先生と会う機会は得られていなかった。


「雪が降ってるからコートを持って行けよ」


「えー? 室長が温めてくれるんじゃないの?」


「野郎に抱きつく趣味はない」


 俺に暖を取らせてくれなくても、室長は騎士道精神の持ち主だ。俺の前を走り、わずかに積もった雪を蹴散らしてくれた。


「ブレク先生、前よりも雰囲気が変わったよな」


「あー、そうだね」


 ゲームの存在を知らない室長から見ても、ブレク先生の変化は大きく感じられるのだろう。


「普段は気さくな先生なのに、剣を持つと近寄りがたいっていうか……まあ、お前はあの朝練中でも構わずに話していたけどな」


「あははっ、まあ……ね」


 ゲームの支配力が働いていた時は、朝練がねらい目だったのだ。ブレク先生は自分だけの時間と決めていたが、主人公の特権により俺が声をかけても怒られることはなかった。


「あれ、騎士科の先輩たちから悪く言われていたぜ」


「えっ……そうなのか?」


 練習場が近くなると、騎士科の生徒たちが前のめりになっているのが見えた。


「もう始まってるみたいだ! 走れ、デフォート!」


「俺、今も走っているんだけど!?」


 叫び声は届かず、室長は先に行ってしまった。

 練習場は、網で囲まれた広大なグラウンドを十二個に仕切って作られている。ひとつの大きさはテニスコートの半分ぐらいだ。ブレク先生とイヴァン先輩が使用しているのは、いつも角の場所だった。

 はぐれた室長を探していると、カイルに呼び止められた。


「デフォート、お前も見学か?」


「うん。盛況だな」


 見学者が強く掴むせいで練習場の網が破けたのは、つい先日のことだ。用務員のゴビットさんが「これだから騎士科は……」と愚痴をこぼしながら張り替えていた。

 手を振る室長にカイルを示し、俺は彼の隣で見学することにした。


「カイルは参加しないのか?」


 ゲームの設定ではあったが、カイルとイヴァン先輩は親友同士だ。


「オレぐらいの腕じゃ、ふたりの魔法についていけないよ」


 養体魔法について、俺はあまり詳しくない。今はブレク先生が炎を放ち、それをイヴァン先輩が剣でかき消していた。相反する魔法を剣に纏わせることで無効化しているんだ、とカイルが教えてくれた。


「朝練で魔法の打ち合いをしているんだと思っていた」


 俺がそう言うと、カイルは「それは三年生にならないと」と笑った。


「魔法の打ち合いになると、相手の攻撃は避けるか、防御を強化した体で受けるのが基本になる」


 術の発動だけで魔力量が足りなくなることもあるため、二年生が実戦形式の訓練をすることは厳しく禁止されているそうだ。

 イヴァン先輩は華麗な剣さばきで炎を斬りながら、ブレク先生に間合いを詰めていた。

 軸足をひねり横へと飛ぶ。

 先輩の横を炎がかすめ、俺は網を強く握った。避けた炎が、網にかけられた防御の魔法に吸収されていく。

 ブレク先生が怒鳴った。


「イヴァン、そこで避けるな!」


「はいっ」


 俺は昨日のイヴァン先輩を思い返した。

 先輩は三年生になっても、魔力を偽り続けられるのだろうか。

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