七夕の街
じーく
第1話
母が死んだ。
母の死に目には、会えなかった。何故なら、その母の入院費を稼がねばならなかったから。
私が休めば、家族は生きてはいけない。だから私に後悔はない。
冷たいと思うかもしれないけれど、私の人生はこれからも続いていく。
私は、娘を育て上げなければならない。もう、誰も守ってはくれない。助けてもくれない。
たった一人の家族となった娘を、私一人の手で守らねばならない。
直葬を終えた私は、二日で仕事に戻った。
「実のお母さんが亡くなったのに、二日の休みで大丈夫なの?」
荷物を下ろしに来たドライバーの林崎さんが問う。
「だって、もう有休ないですから」
母の入院、転院、ケアマネジャーとの面談、通院、火葬。今年の有休は、もう全て使ってしまった。あとは、休めば休むほど、収入が減るだけだ。
「娘さん、短大に入ったとこだもんな」
私は答えず、黙々とトラックから荷物を下ろした。
私は、宅配便の仕事をしている。自分の住む団地の中を、台車に荷物を載せて配達する配達補助。坂しかないこの団地で、女性に向いている仕事とは到底言い難い。
エレベーターのない五階まで、ミネラルウォーターや米袋を持って上がらなければいけない時もある。もちろん、誰も助けてはくれない。
ドライバーに代わって、個人宅からの集荷も受ける。全く梱包されていない荷物を、
「送れるようにして」
と、頼まれる事もある。
集荷の相談と呼び出されて、実のところ、お嫁さんの愚痴で終わることもある。
一人暮らしのお爺さんお婆さんにとって、家に訪ねて来る人は稀で、本当はただ話し相手が欲しいのだということは、良く分かっていた。
「実の母親には冷たいのに、いい人気取りか」
母の知り合いが、私の仕事ぶりを褒めたのを聞いて、母はそう嫌味を言った。私たちは、お世辞にも仲の良い母娘とは言えなかった。
私は、母が苦手だった。
私は、母が四十歳の時に産まれた子。当時としては、かなりの高齢出産。
授業参観に、年季の入った着物で来ては、
「あれ、誰の婆さんだよ」
とクラス中に笑われ、からかわれ、何度泣いたかしれない。
買い物途中に、
「いつもおばあちゃんとお買い物? 偉いわね」
と声をかけられて、
「お母さんです」
と否定するのも、いつしか面倒になった。
妹の結婚が決まった為に、急遽段取られた見合い結婚。行かず後家の姉がいては、世間体が悪い。
それだけの理由で、私の両親の結婚は決まった。
お互いの写真と、簡単な経歴を聞いただけ。そこに勿論、愛などない。
愛のない結婚から十数年。誰もが、諦めた頃に産まれた子。それが私だ。
「お前さえ、産まれなければ……」
母は、よくそう言った。私が産まれなければ、父と離婚するつもりだったと言う。
でも、その実、離婚して母は一人で生きられたろうか。
いつも不平不満だらけだけど、だからといって何をするわけでもない。
私は、母が苦手だった。
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