第40話 ずるい命令
ゆかが屋上に行ったのではないかと思い、俺は急いで追いかけた。しかし、そこには彼女の姿は見当たらない。何かあったのか……どこへ行ったのだろうか。胸に不安が募る。
「あきら、くん……?」
ふと後ろからかけられたか細い声に、俺は振り向いた。すると、そこには胸元をきゅっと握りしめ、俯きながら立ち尽くすゆかの姿があった。どうやら俺が先に屋上へ来てしまったらしい。
「おっ」
俺が声を上げると、ゆかは少し顔を上げ、困ったように目を泳がせる。
「え、えと……どうしたの……?」
その不安げな様子に、俺はなぜか意地悪をしたくなってしまった。何かといえばいつも怯えている彼女だ。こんなところであの女二人にでも見つかったら、またイジメられるだろうに。
「お前をイジメようと思って」
少々タチの悪い冗談だと思ったが、彼女には通じるだろうか。
すると、ゆかは一瞬きょとんとした表情を浮かべ、そして少し笑顔を浮かべてみせた。
「え、えへへ……」
「どこに笑うところがあったんだ」
俺が驚き半分に突っ込むと、彼女はただ、安心したような顔をしている。いささかマゾ気質が強いのではないかと思ってしまうほどの反応だが、それが彼女の良いところでもあるのかもしれない。
「それで、何しに来たんだよ?」
気を取り直して尋ねると、ゆかはまた口元をもごもごさせ、しばらくしてから小さな声で言った。
「あきらくんを、待ってたの……」
「俺を?」
その言葉に、俺は少し驚いてしまう。待っていたのが俺だと? 彼女は多くを語らないが、何かしらの思いがあるのだろうか。
ふと思い返せば、ここはゆかとの記憶が少なからず詰まっている場所だ。弁当を無理やり食べさせられたこと、軽く命令をして彼女をからかったこと……そんな数々の行いが、今になってじわじわと胸を刺すようだった。
「……俺のこと、嫌じゃないのか?」
今更ながらそんなことを尋ねる自分が情けなくも感じるが、正直なところ、俺自身がゆかにどう思われているのか怖くもあった。
しかし、ゆかは顔を赤らめ、俯き加減で首を横に振る。
「そ、そんなことない……よ?」
「じゃあなんで俺のこと避けてたんだよ」
「そ、それはね……恥ずかしいなぁって、思って……えへへ」
その言葉とともに、彼女がそっと俺の袖を掴む。その動作に、何かを言われているような気がした。
「わ……ご、ごめんなさい……」
彼女は自分の行為に気づいたのか、すぐに手を離した。そのまま掴んでいても良かったのにと思うのだが、彼女は律儀に俺の前から手を引いた。その仕草に少しイラッとしながらも、俺は軽く言う。
「どうでもいいことで謝るなよ」
するとまた、彼女は「ごめんなさい」と謝ってくる。
何をそんなに謝るのか、何か意識しているのだろうかと思い、ため息をついた。
「ったく、本当に嫌われたかと思っただろ……」
「え……わたしが、あきらくんを……?」
「いや、なんでもない」
うっかり口を滑らせたことに気付き、俺は顔を背ける。
だけど、ゆかは顔を覗き込んでくるので咄嗟に話題を変えた。
「最近はあいつらからイジメられたりしてないか?」
自分が言うべきことではないのは分かっていた。
しかし、気になってしまったのだ。
すると、彼女は少し表情を曇らせて、俯き加減で言う。
「い、イジメられてるなんて思って、ないよ……!」
その言葉に、俺はため息をついて彼女の額を軽く小突いた。こういうところがイジメられる原因になるのだろうに。それを指摘しても、彼女には届かないようだが。
「何だか、平和になったな」
「そう、だね……」
間谷がいなくなったことで、教室の空気は以前よりも穏やかになった。イジメっ子たちも、少し大人しくなった気がする。もしかすると、青木が何か手を回しているのかもしれないが。
「あきらくん……今、なに考えてるの?」
「さぁな、自分でもよく分からないかな。ゆかは何を考えてるんだ?」
「わたしは……あ、あきらくんの隣は居心地がいいなぁ……って考えてるよ」
「なんで?」
俺が言葉を返すと、彼女は困ったように微笑む。
「なんでだろう……そう聞かれると、なんだか難しいね……えへへ」
この不器用な会話がどうしようもなく愛おしく思えるのはどうしてなのか。そんなことを考えていると、ゆかがふと真剣な顔で俺を見つめてきた。
「ねぇ、あきらくん……」
「ん?」
「まだ私、あきらくんの彼女でいいの……?」
突然の問いかけに、俺は少し言葉を失った。内心では聞きたかった言葉だったのだが、どうにも悲しくも感じる質問だった。
「なんで、そんなことを」
「だって、ここ一週間、お話してなかったから……」
彼女が不安げに言葉を紡ぐ。お互いに距離を置いてしまったこの一週間、彼女なりに気まずく感じていたのだろう。青木とのあんな一件もあり、ゆかにとっても色々と考えさせられる日々だったのかもしれない。
「ゆか、お前に言いたいことがある」
少し緊張した表情で俺を見つめるゆかに、俺は彼女を安心させるように命令した。
「俺がいいって言うまで、別れるなよ」
その言葉に、ゆかの顔はみるみるうちに明るくなり、頬を少し染めた。
「う、うんっ!」
彼女の表情から緊張が解け、まるで子供のように嬉しそうな笑顔が返ってくる。その返事を聞いているうちに、俺まで少し笑みがこぼれた。
「はぁ、俺もお前みたいに単純ならなぁ」
間接的にバカにしているつもりで言ったが、彼女はただ「えへへ」と幸せそうに笑う。それを見ていると、俺もつい彼女の肩を引き寄せ、腕の中に彼女をそっと抱いた。
「ひぁっ」
驚きの声を上げる彼女だが、少ししてから照れたように笑みを浮かべて、俺の肩に顔を埋める。その表情があまりに可愛らしく思えて、俺も自然と彼女の頭を優しく撫でた。
「あ、暑くない? あきらくん……?」
「じゃあ離れるか?」
「そ、それは……ずるいよ」
俺の言葉に顔を赤らめる彼女を見ていると、この平和な時間がずっと続けばいいとさえ思えてくる。俺の中にある暗い衝動が、いつまた芽生えるか分からないが、せめて今は、この穏やかな日常を大切にしたい。そんな気持ちが心に広がっていくのを感じた。
「俺も、もう少し素直に生きられたらな……」
心のどこかで、そう思わずにはいられない。
だけど、彼女との妙な関係は長く続けばいいなと思っていた。
罰ゲームで付き合ったカノジョは命令を望む れっこちゃん @rekkochan
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