シネマ『アサは凛と輝く』上映中。

霜月 識

シネマ『アサは凛と輝く』上映中。

 大学まで電車で三十分。

 郊外にあるこの小さな町には、一つの映画館がある。

 僕、朝陽あさひすめらぎは、毎週その映画館に通っている。

 通う理由は...、皆さんお察しの人もいると思います。

 僕は

 その映画館で働いている女の人、時雨しぐれ りんさんが好きなんです。



 カチャ

 日に当たり、色褪せた茶色のドアを開けシネマ『フィルムズ』に入った。

 「いらっしゃいませー。」

 中に入ったとたん一番最初に声をかけてきたのは竜胆りんどう みさきさんだった。

 「あ、どうも朝陽さん。今日はなにをお探しで?」

 「どうも岬くん。いや、今日は…。」

 僕は口ごもる。

 「分かってますよ。というか今日はじゃなくて今日“も”でしょ。とりあえずこれ、前に観たいって言ってたやつです。今日はもうそろそろで来ると思いますよ。」

 岬さんはDVDカバーに入ったアクション映画をこちらに渡し、通常業務に戻った。

 ここは、滅多に人が来ず、常連となった僕はたまに観たい映画があるとこうやって探してもらい、取り置きしてもらっている。

 そう思っていると後ろで、ドアが開く音がした。

 「こんにちは。あ、どうもアサさん。」

 彼女が視線に入ったとたん、僕の胸は地震が起こったほどに高鳴る。

 「どうも凛さん。今日は15時まで?」

 「そうですね。」

 他愛もない会話だと思われているだろうが、僕はとても楽しい。

 「凛さん、準備できたらやって欲しいことあるんだけど」

 店長である佐神さんからお達しがでる。

 「はーい。じゃあアサさんまた。失礼します。」

 「頑張ってください。」

 そう言い、凛さんはスタッフルームへ入っていった。


 

 『――えっとぉ…、それは…。』

 エンドロール

 パチパチと誰もいない映画館に僕の拍手が響いた。

 人がいないということが僕はこの映画館の良い点だと思いながら、良いところだから、もっと人入って欲しいなぁとも思う。

 シアターから出、次何を観ようかと思いを巡らせていると凛さんが券売機の点検作業をしていた。

 仕事モードの凛さんは、それはそれは格好いい。

 ベージュのパーカーに紺のジーンズ、その上に濃いカーキのエプロンを着ている。

 そして高い位置で結った黒い一纏めの髪と眼鏡がよく似合っており、縁のほうにある泣きぼくろが深い色気を醸し出している。

 点検の作業をし終わった凛さんは僕の方を見、歩き寄ってきた。

 「アサさん。いつものは見終わったんですか?」

 「うん。それで今もう一個見るものを探してるんだけど…。」

 僕がそう言うと凛さんは少し考え、「少し待っててください」と言い、奥に行った。

 「これ面白いですよ。」

 と言ってDVDを渡してくれた。

 それは、歌を映画化したもので、この曲は前から聞いていたものだったからこの映画にも興味があった。

 「ありがとうございます。」

 受け取ろうとするとヒョイっと手を引かれ、トルコアイスが始まった。

 「…凛さん?」

 そう聞くと凛さんはディスクを口許に持っていき

 「…アサさんこの後空いてます?」

 と聞いてきた。

 僕の胸はいつもの78倍高鳴った。

 「空いて、ます。」

 カタコトになってしまった。

 「じゃあ私もう少しであがりなので、これ一緒に観ません?」



 そのあとの記憶は凛さんと一緒にシアターに入ったところで戻ってきた。

 「こっちに座りましょう。」

 一番後ろの真ん中二席に座った。

 「じゃあ再生しますね。」

 時雨さんはリモコンを操作し、スクリーンにオープニングが流れてきた。

 「楽しみですね。」

 凛さんは微笑みながらスクリーンに目を向けている。

 僕はその横顔を眺めた後、笑みを零しスクリーンに向き直る。



 エンドロール

 (あぁ、やっぱり見てよかった。) 

 そう思えるほどに良い映画だった。

 しかし、それだけではあるまい。

 そう思い凛さんのほうを向くと左目から涙を流していた。

 グシグシと涙を拭うと良かったですね。とこちらを向きはにかみながら言った。

 「綺麗な映画でしたね。」

 「そうだね。」

 「アサさんは感動系の良い映画とか知ってます?」

 僕は悩む。

 感動系あんまり観ないんだよなぁ。

 「なんか、観てると虚しくなったり、哀しくなってくるから見ないんだよね。」

 「そうですか。あそうだ。良い映画あったら教えるので連絡先交換しません?」

 一日に何度も供給過多があっていいのだろうか。

 「いいよ。」

 そう言い、僕たちは連絡先を交換してシアターを出た。

 待合室には岬くんともう一人、女の人がいた。

 「どうも。」

 「どうもこんばんはー。」

 「時雨。今日はもう上がっていいって店長が。ていうか本当はもう上がってるんだけど。」

 「そうですね。お疲れ様でした。」 

 

 その日はもう凛さんと分かれ、家に帰った。

 ガチャ

 そこで僕はぴたっと動きを止める。

 「あいつか…。」

 ため息をつきながら部屋に入ると、案の定思っていたやつが中にいた。

 「紘一。なんでいるんだよ。」

 「ん、皇おかえり。いや、近く寄ったから。」

 「理由になってない。」

 「こんな時間に帰ってきたのか。不良大学生が。」

 「まだ八時だろ。」

 「その様子だと、例の凛さんとかいう人かな?」

 紘一の一言に口ごもる。

 「図星か。一回会わせてくれよ。」

 「絶対やだ。もう風呂入って寝る。」

 こんな風に凛さんの連絡先を手に入れた一日は幕を閉じた。


 次の週

 フィルムスに向かった僕は、凛さんがいないことに違和感を感じた。

 「あの、岬くん。凛さんは?」

 「あぁ時雨は今週、熱が出たって言って休んでますよ。」

 「え、大丈夫なんですか?」

 「大丈夫だとは思うよ。」

 スタッフルームから佐神さんが出てきた。そして何か思いついたような不敵な笑みを浮かべた。

 「朝陽くん今日用事ある?」

 「いや、特には。」

 「だったら朝陽くん。凛さんのお見舞い行って欲しいんだけど。」

 ……………。

 え?

 「凛さんも一人は寂しいと思うし。家の場所教えるから行ってきて。」

 「俺と店長は仕事があるので。できれば行ってくれたら。」

 二人にそう言われ、嬉しさと恥ずかしさを持ちながら僕は凛さんの家に行った。

 「朝陽くんどうなるかな。」

 「店長朝陽さんで遊ぶのやめたらどうですか?」

 「反応がいいんだもの。それに今のは遊びじゃなく、うちの店員の背中を押して一歩前に進ませようとしている親心的なものだよ。」



 「ここが凛さんが住んでるマンション…。」

 いや、大学生が住むところにしては大きくないか?

 凛さんって何者なんだと思いながらマンションの中に入っていく。

 「507号室…。ここか。」

 ドッキドキと跳ねる動悸を抑えながらインターフォンを鳴らす。

 『…はい。』

 聞こえてきたのは怠そうな声だった。

 「凛さん?朝陽だけど…。」

 『…!アサさん?どうして…』

 「いや、佐神さんと岬くんにお見舞い行ってあげてって言われたから…。途中スーパーでゼリーとか水とか、食べられそうだったらうどんとかお粥とか買ってきたからちょっと開けてくれる?」

 ブチッとインターフォンでの通話が切れると目の前のドアが開いた。

 「…ども。」 

 「大丈夫?」

 そう言い、袋を手渡した。

 「じゃ、あ僕はこれで…。」

 「待ってください。」

 後ろに振り返った瞬間、凛さんが僕の肩を掴んで引き留めた。

 その手はとても熱く、きつそうだった。

 「こんななので、何もできなくて…。ちょっとご飯作ってもらっていいですか…。」

 勿論です。

 部屋の中に入っていくと、机の上に飲みかけと空いたペットボトルが置いてあった。

 「凛さん、食事摂れてる?」

 「…食べ物少ないのと。買いに行けないのであんまり摂れてない…。」

 「うどん食べられそう?」

 コクッと頷いた。

 「ちょっと台所借りるね。」

 僕は台所に立つと小さい鍋を取り、うどんを茹で始めた。

 「凛さん体温測った?」

 「今日はまだ…。」

 「袋の中に冷●ピタ入ってるから、体熱いならつけて。」

 「ありがとう。」

 そう話しながらうどんが完成した。

 「一応卵使わせてもらって釜玉風にしたよ。」

 「美味しそう…。いあだきます。」

 熱で呂律が回らない様子。心配。

 ツルツルと美味しそうに食べてくれているから心配はいらなさそうだけど。

 「ぷはぁ…美味しい。」

 「ん。良い食べっぷりみたいで安心したよ。」

 「すいません。袋の中のゼリー取ってもらってもいいですか。」

 渡すとパキュッと音を立てて蓋を外し、チューチューと吸っていた。

 「よかった。思ったより元気そうで。」

 「すいません。お手数かけて。」

 「いや大丈夫だよ。」

 「いくらかかりました?その分払います。」

 「ほんとに大丈夫だって。僕がやりたくてやったことだからね。」

 いや、そういう訳にも…、と言いたいような顔でこっちを見てきた。

 「私、実はさんが好きなんです。」

 ‥‥‥‥‥‥。

 え?

 「私が初めてフィルムスのバイトに入ったとき、右も左も分からなかった私に大丈夫だよって優しく接してくれたお客さんがアサさんだったんです。最初、自分でやるしかないって緊張でがちがちだった私をほぐしてくれた、溶かしてくれたのがアサさんなんです。」

 そうだったんだ。

 「僕も、凛さんのことが好きだよ。君のかっこいい、けどちょっとドジなところとか映画のことのなると目を輝かせるところが大好き。」

 口に出すと改めて分かる。

 僕、すっごい凛さんのこと好きだな。

 「じゃあアサさん。付き合ってくれます…?」

 「もちろん。」

 こうして僕と凛さんは恋人同士になった。

 ガチャ

 「おーい凛。体調はどう、だ…。」

 次の瞬間凛さんの部屋に入ってきたのは紘一だった。

 「いや、まさかとは思ってたけどな…。」

 「あ、兄さん。」 

 「え!」

 まさか紘一が凛さんの兄だなんて…。

 「いや、凛って聞いたときはまさかとは思ったが、当たってたのか。」

 「あ、そうだ兄さん。私アサさんと付き合うことになったから。」

 「それはおめでたいことだが、まずお前は風邪を治せ。」

 「そうだね。じゃあもう寝ようかな。」

 「じゃあ僕も帰るよ。」

 立とうとした瞬間、手を掴まれた。

 「恋人の証。」

 そう言い、凛さんは恋人繋ぎをしてきた。

 「はぁぁぁぁぁぁぁぁ。可愛い…。」

 「俺の前で惚気ないでもらえますかお二方。」

 「じゃあね凛さん。」

 「アサさんバイバイ。」

 本当に供給過多が過ぎる。



 次の週

 「というわけで、僕と凛さんは付き合うことになりました。」

 「よかったね凛さん。僕も背中を押したかいがあったよ。」

 僕たちはフィルムスで付き合ったことの報告をしている。

 「付き合うのは時間の問題だと思ってたよ。でも時雨、いちゃつき過ぎて仕事すっぽかすんじゃないぞ。」

 「さすがにそこはわきまえる。」

 「よしじゃあ仕事始めようか。」

 こうして、三人は仕事を始めた。

 僕も何を観るか探していると

 「アサさん。今日アサさんの家行かせてくださいね。」

 そう言うと凛さんはカウンターに立った。

 やはり僕は彼女が好きだ。

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シネマ『アサは凛と輝く』上映中。 霜月 識 @shki

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