第14話 私にできること③
「しゅ、守人さん……! 柴さん!」
二人は、入口の近くにいたんじゃなかったっけ?
あの時、二人は何をしていたっけ?
何で誰の声も聞こえないの?
どうしたらいいの、どうしたら――!
その時だった。ガシャン、と。ガラスが割れる音が響く。見ると、腕や顔に切り傷を作り、血を流している守人さんと柴さんの姿。手には警棒を持っており、その棒で、どうやら交番の内側からガラスを割って、脱出したらしかった。
「しゅ、守人さん!!」
「冬音ちゃん!」
私の声に気付いた守人さんが、急いで駆け寄った。その間、柴さんは無線を使って、応援を頼んでいる。
「どこかケガはない⁉」
「わ、私たちは、無事です……。守人さんも、よく無事で……」
「交番の中で運よく隙間が出来てね、助かったよ」
ふっと笑った守人さん。だけど――
私の一言で、その顔が凍り付く。
「ゆ、勇運くんが! 勇運くんがいないんです……っ!」
「え」
「看板の下に……。夏海のお友達も……っ!」
「⁉」
その時の守人さんの表情は、目から、唇から、顔から――全てのパーツから、色という色がなくなっていた。あとに残ったのは、絶望のみ。守人さんは私と同じく、地面に張り付き動けなくなっていた。
「勇運……」
「守人さん……勇運くんを、助けて……。助けてください!」
「っ!」
私の声を聞いた守人さん。その時の顔は、なぜだか泣きそうで――守人さん自身も「勇運を助けて」と、誰かにお願いしているような。そんな表情をしていた。これから看板に近寄り、がれきの中をかき分けるなんて。今の守人さんに、それらが出来そうな雰囲気はない。
「守人さん……」
「……っ」
「守人さん……‼」
私の声が消えたあと。守人さんは、急に立ちあがる。だけど、それは守人さんの意志によるものではなく。無線で通信を終えた柴さんが、守人さんの胸倉をつかみ、無理やり立たせていた。
グイッ
「しっかりなさい、一葉」
「……っ」
「一葉!!!!」
柴さんの、初めて聞く怒声。その声を聞いて、守人さんの目に、光が戻って来る。だけど、その間も柴さんは、守人さんの胸倉をつかみ続けた。
守人さんが自身の力で立つその時まで、自分が支えるのだと。そう言わんばかりに、柴さんの腕に力が入り続ける。
「これから、すぐに応援が来ます。それを待つ間、あなたがすることは分かってますね?」
「現場の安全確保……、と、ケガ人の救護……」
「私は近隣住民を避難させます。あなたは近づける範囲で構わないので、ケガの把握を」
「了解っ……!」
ビシッと敬礼した後。交番の中から脱出する際に持って出たであろうヘルメットをかぶり、守人さんは看板へと近づいた。
その背中を見届けた柴さんは間髪入れず警笛を取り出す。そして普段の柴さんからは想像も出来ない大きな声で「退避!退避ー!」と、野次馬たちを後退させた。
もちろん、後ろから走って来たお母さんたちも顔面蒼白だった。お母さんは無傷の夏海を見て泣いたが、お友達のお母さんは、わが子の姿が見当たらずパニックになっていた。
「うちの子は、ウチの子はー……っ!!」
だけど、今は柴さんしかお巡りさんが近くにいない。お母さんの心情を察するにあまりあるが、いかんせん人手が足りない。そのため、お母さんのフォローをする人が誰もいなかった。
「れん、連ー!! 返事をして、連ー!!」
夏海のお友達――連くんの名前を、必死に叫び続けるお母さん。その声は悲痛で、聞いているこっちが泣いてしまうほど、胸がしめつけられる。
だけど……ううん。
だからこそ、お母さんのこの声は、今がんばっている守人さんに届けてはいけない。守人さんだって、今、とても頑張っているから。自分の弟が、こんな大きな看板の下にいるなんて――一ミリも想像もしたくないだろうに、そんな現実を前にしても、それでも頑張っている。
勇運くんと連くんを助けるために、自分の気持ちを押し殺しながら頑張っているんだ。
ガシッ
「連くんのママ!」
地面から足が離れなかった私は、グググと力を入れ、連くんママの元へと向かった。そして泣き叫ぶママに、思い切り抱き着く。
「ママ、連くんを信じてあげてください……。お巡りさんが、きっと連くんを助けるから……っ」
「っ! うぅ~、連……っ!」
「私の大切な人も、今、看板の下にいます。絶対に、今、二人は頑張ってる。だから泣くんじゃなくて、応援してあげてください……そして信じて。絶対に、大丈夫だって……っ」
その時、連くんのママは「う~っ」と、嗚咽を漏らしながらグシャリと崩れ落ちた。すると私のお母さんが、連くんママの肩をそっと抱き寄せ、一緒に涙している。夏海も「連くんがんばれ」と。泣きながら、両手を握りしめ祈っていた。
「勇運くん、守人さん……私、待ってる。ずっと待ってる。だから、無事に出てきて……っ」
その時。
群がる群衆の中から、応援のお巡りさん達がやって来る。救急車も消防車も揃い、救出準備が整ってきた。
私は、その光景を見ながら「絶対、大丈夫」と。自身に言い聞かせるように、その場にいる人たちを励まし続けた。自分が言った言葉の通り、二人が笑顔でやって来るのだと。そう心から信じて――
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