第14話 私にできること


数日間。

私はもぬけの殻のような状態で過ごし、実際に、もぬけの殻の状態で、交番の前を登下校で通った。


その時に、守人さんと出会うことは多々あった。だけど、ふぬけた私とは反対に、守人さんはやっぱり大人で……。



「いってらっしゃい、冬音ちゃん」



と、笑顔で送り出してくれるのだ。もちろん、それに対してぎこちなくしか返事が出来なかった私。



「い、いってきます……」



視線を下げながら、俯きながら。守人さんと目を合わせることなく、一瞬の会話を終わらせる日々が続いた。


もちろん。私の家庭教師を継続中の勇運くんは、何度もこの光景を目にした。だけど「何があったんだよ」とは言わず、黙って見守ってくれている。



「勇運くん、ごめんね」

「……なにが」



最初の頃は、ぎこちない雰囲気がいたたまれなくて、たまらず謝った。だけど勇運くんは、知らぬ存ぜぬを貫き通してくれた。「一体なにがどうなってんだよ」と、根掘り葉掘り聞かれるかと思いきや。私と同じ高校生であるにも関わらず、勇運くんも大人の対応だった。


そんな一葉兄弟の優しさに助けられながら、私は今日も交番の前を通って学校を目指す。


十二月、中旬。

寒さも本格的になってきた季節。白い息の向こう側に、交番の赤い光が見える。そして、赤い光のそばでモゾモゾ動く人物。


それは――



「柴さん……?」

「あぁ冬音さん。おはようございます」



なんと。柴さんが脚立を使って、交番のランプ周辺に、何やら飾り付けをしていた。



「おはようございます。えっと、それは何ですか……?」

「飾り付けです」

「か、飾り付け……?」



”交番に飾り付け”という意味がピンと来なくて。私の頭上に、ハテナがたくさん飛ぶ。すると、ちょうどバイクに乗って守人さんが帰って来る。どうやら、朝のパトロール中だったらしい。



「あ。おはよう、冬音ちゃん」

「お、おはよう、ございます……」



すっと、守人さんから視線を外した私を見た後。守人さんはヘルメットを外す。そして、柴さんが行っている”飾り付け”とやらを見て、げんなりした表情を浮かべた。



「あー、柴さん。それ怒られますって」

「交番のランプは、クリスマスのためにあるものだと、私は常々に思っているのですが」

「消防の人からも怒られますよ、火事にでもなったらどうするんですか。それに、反省文。相勤の俺も一緒に書かされる羽目になるので、絶対やめてください」



すると、まるで「ちぇ」と言わんばかりに。柴さんが、脚立から降り始めた。っていうか、今の二人の会話……。


飾り付け。

柴さんが手に持っている、赤と緑の装飾品……


これらのヒントがあって、やっとピンと来た。




「そうか、あと少しでクリスマス……」



あと一週間くらいで、クリスマスが来る。ふられたばかりだから、完全にノーマークだったよ……。そういえば、ケーキののぼり(宣伝旗)を、あちらこちらで見る気が……。町が妙に色めきだってるのも、クリスマスが近いからか。



「いいなぁ……クリスマス」



ポツリと、そう言った時。バイクを停めた守人さんが「空いてるの?」と、私の顔を覗いた。



「わ、び……ビックリしました……」

「ふふ、ごめんね。それで、空いてるの? クリスマス」

「空いてるっていうか……」



私、そもそも受験生です――と答えると。守人さんは「あ」と、短い声を出した。



「ごめん、そうだよね。家にいる勇運が全く勉強しないから、ついつい受験生って事を忘れちゃうよ」

「え……」



勇運くん、全国模試で一位をとるくらいなのに、家で勉強しないの? じゃあ何であんなに頭がいいの⁉「ずるいー!」と顔を歪めた私を見て、守人さんがクスクス笑う。



「でも、あと少しで受験も終わりだから。その時は、何か打ち上げしようか。三人で」

「え、あ……ハイ」



三人――というところに、守人さんの私に対する気遣いを感じた。私と二人だと、どうしても私が遠慮しちゃうから。だから二人きりにならないように勇運くんも、って……。


すると、飾り付けを諦めた柴さんが戻って来る。



「打ち上げですか。私まで誘ってもらってすみません」

「え」

「ん?」


「ちなみに、私はパスタが好きです」

「……」

「あはは……」



言いながら、脚立をたたむ柴さん。その横を、守人さんが「じゃあ四人ってことで」と、苦笑を浮かべながら交番の中へ入って行った。



「もしかして”三人”って……私じゃなくて、勇運くんでしたか?」

「あ、あはは……」



天然な柴さんに、愛想笑いを浮かべた時。柴さんが「しかし」と。交番の奥へ消えた守人さんを、チラリと見る。



「あなたと話す時の一葉は、元気そうですね」

「え?」


「ここ最近、元気がないんですよ。理由、何かご存じありませんか?」

「え……と、」



守人さんが、元気がない――?

なんで、どうして? だって守人さんは、あんなにニコニコ笑って……。



「元気がないのって……徹夜で事故の処理をした、翌日からですか?」

「ん? あぁ、そう言われればそうですね。あれ? 本当に何か知っていますか?」

「い、いえ……」



その時、サアァと一筋の風が流れる。まるで私の頬を殴るように。風が強く、激しく当たった。



「……冬音さん?」

「なんでも、ありません……」



その時。交番の近くにある建物の看板が、カタカタと音を立てる。大きな看板だけど建物との接着面が少なく、今にも外れそうだった。



「あそこの看板、建物の持ち主に、声かけしないといけませんね。きっと気づいてないんですよ。自分の看板がどうしようもなくなっている事に」

「そう、ですね……」



柴さんの言葉が、頭の中で反復する。



――きっと気づいてないんですよ。自分の看板がどうしようもなくなっている事に



そして、その言葉は。今の私にピッタリはまるのではないかと、そんなことを思った。だって私は、守人さんが”元気がない”ことを。柴さんに言われるまで、気づかなかったのだから。



「私……、学校に行きますね」

「はい。どうやら今日は風が強いので、お気をつけて」

「ありがとうございます」



結局、その後も守人さんの姿は見えず。私は学校を目指した。そして弟である勇運くんと挨拶をするのだけど、



「……」

「なんだよ、冬音」

「あ……、ううん。何でもない」



守人さんって最近元気ない?と、聞くのは違う気がして。だけどやっぱり、気になってしまって。



――あなたと話す時の一葉は、元気そうですね



柴さんのあの言葉の意味を、どうしても知りたいと。そんな事を、思ったのだった。


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