第8話 前を向く(勇運)②
「なぁ三石。俺が、お前を好きって言ったら……どうする?」
この気持ちが、いつ生まれたのかは分からない。だけど気づいたら、元カレに怯える三石を守ってやりたいって。そう思っていた。だけど、遠くからだと限界があるから……今度は三石の隣に立って、いつでも手が伸ばせるように。お前を守るために、傍にいたいんだ。
「……っていうか、」
――私も、君の気持ちが冬音の傍にあるまでは、君の背中を押し続けると誓うよ
おじさんは、俺の気持ちに気付いていたのか? まだ誰にも言っていない、俺の気持ちを。まあ……そりゃそうか。あの時は無我夢中だったけど、よく考えれば……。救急車が来るまで、ずっと三石をお姫様だっこしてたんだもんな。そりゃ……、分かるか。俺が三石をどう思っているかなんて。
「父親なら、分かって当然……か」
なぁ親父。やっぱ父親ってすげーな。子供の事なら、なんでも分かるんだな。
親父も、そうだったかよ。本当は俺が意気地なしだって、知ってたかよ。昔からよく泣く兄貴が、きっと将来は警察官を目指すって分かってたのかよ。
「墓参り……行くか」
なぜか無性に行きたくなった。
きっと、俺は親父と話したいんだと思う。少し成長した俺を見てほしいし、そんな俺を見て安心してほしい――と思った時だった。
「私も、いく」
「……は?」
「お墓参り、行く」
振り向くと、今だ寝た姿勢のままの三石。だけど、目はしっかり開いていて……。
え、おい。三石。いつから起きてたんだよ。まさか、ずっと!?
――俺が、お前を好きって言ったら……どうする?
あの時、もしかして起きてたのかよ!?
「み、みみ三石……。
お、おおおは……おはよう」
「うん……、おはよう。勇運くん」
「……」
「……」
この沈黙……どっちだ。三石は聞いちゃったのか? それとも、まだ聞いてないのか? セーフなのか、アウトなのか?
「……っ」
ゴクッと、思わず空気を呑み込む。密室な空間が、どんどん室内の温度を上げているようで……たまらず、窓を開けようと鍵に手をかけた。
でも、
「……」
かけようとして、やっぱりやめた。これは「逃げ」なんじゃないかって、そう思ったから。
「なぁ、三石」
「……ん?」
背中を向けたけど、もう一度、三石と向き合う。近くに椅子があると知り、引っ張って来た。
ギシッ
パイプの軋む音が、静寂な部屋に響く。病院の廊下には、ナースコールや看護師がワゴンを押すコマの音で溢れている。それらの音に助けられながら、俺は震える口を開けた。
「三石。体は、もう大丈夫か?」
「うん、どこも異常なしだよ。ありがとう」
「そうか、良かった」
教室ではない、どこか非日常的な場所。心臓がうるさく唸るのは、慣れない状況に身を置いているせいにして……。俺は真正面から、三石と向き合った。
「あのさ……三石が俺に”助けて”って言った時。俺、言っちゃっただろ」
――こういう時に兄貴に頼らなくて、どうすんだよ
俺の言葉に、三石は頷く。その時、三石の髪がサラリと顔にかかった。俺はそれをどかしながら……三石の白い頬を、手のひらで覆う。
「勇運くん……?」
「兄貴は警察官で頼りになるから、俺に電話するんじゃなくて110番すればいいのにって思った。だけど、本当は……嬉しかった」
「嬉しい……?」
「兄貴より俺を頼ってくれた事が、嬉しかったんだ」
「ッ!」
三石の大きな瞳が、ゆるやかに動いて……俺を捉えた。その瞳は潤んでいて、なぜだか今にも泣きそうで。俺は流れてもない涙をぬぐうように、三石の目じりを親指で撫でる。
「いくら三石が兄貴の事を好きだろうが……俺は、三石の事が好きだから。ライバルである兄貴に勝てたようで、嬉しかったんだ。ちょっとした優越感みたいなもん」
「え……」
今、好きって言った――?
と、三石が驚いた表情で止まる。
「……」
……困らせるだろうか。
また、恋愛の事で悩ませるだろうか。
たぶん、悩ませるだろうな……だけど三石。俺のわがまなな願いを、一つだけ聞いてほしい。
「三石が好きだ。お前を守りたい。三石が兄貴を好きなのは知ってる。それでもいい。それでもいいから――
俺に三石を守らせて」
「ッ!」
その時、更に驚いた三石は固まって……まるで石像みたいに微動だにしなかった。だけど、しばらくして俺の言葉を理解したのか……口をへの字に曲げた後、ギュッと目を瞑る。
そんな三石を見て、俺は「ごめんな」と。やっぱり困らせてしまった事に謝りながら――今度こそ流れた三石の涙を、指でそっと受け取った。
*勇運*end
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