第4話 衝撃の事実②

「勇運くん、今日は迷惑かけっぱなしでゴメンね」

「迷惑と思ってないから、気にするな」



「私を送る」と言って、引かなかった勇運くん。お言葉に甘えて送ってもらい、現在――無事に、私の家に到着しました。



「何か飲む? えっと、お茶とか……」

「ふっ、いらねーよ」



勇運くんは「お茶」と言いながら、クツクツ笑う。目じりにシワが寄って……ヤンチャそうな、可愛い笑顔だ。



「女子高生が言うセリフじゃないよな。三石、渋いわ」

「え……。し、渋いかな……?」



自分では、自覚がないんだけどな。すると勇運くんは、ポツリと呟いた。「だって」という声の後ろに聞こえたのは――



「だって同級生より年上の大人の方ばかり見てるんだもんな。じゅーぶん渋いっての」

「え……、え⁉」



ボンと、顔から火が出る。だって……勇運くんが言った事って、つまり――



「私がお兄さんを気になってるって、バレてる……?」

「……むしろ、」



バレてねーと思ったの?

と呆れた顔で返され、私の顔はタコの色。「生意気ですみません!」と、すかさず頭を下げた。



「こんな私がお兄さんを好きになるって……ダメだよね。たった一度だけ助けてもらったからって……。ごめん、身の程を弁えなきゃ」



へへと、眉を下げて笑った私に……勇運くんは、またコツンと。私の頭を、グーで軽く小突いた。



「”こんな私”って言うけど、今のお前はカッコイイよ」

「え、私が”カッコいい”? そんな事ないよっ」



だって、自力では成希から逃げられなかったし。過去を思い出すだけで保健室に運ばれちゃうし。交番で書類を見ただけで、目が開けられないし。カッコイイどころか、私の良いところって、何もない気がするよ……。


自分のダメさを改めて痛感すると、ダメージが大きい。だけど勇運くんは、肩を落とす私の隣で――クッと顎を持ち上げ、空を見た。



「お前が、あそこで逃げたくなさそうだったから」

「え?」


「お前から”逃げたくない”って声が聞こえた気がした。”戦ってやる”ってな。だから、一緒に名前を書いたんだ」

「!」



確かに、あの時の私は……そう思っていた。



――ここで引き返したくなかった

――もう私は、あの音に怯えたくない



まさか、それが勇運くんに伝わっていたなんて。勇運くん、スゴイ……。

目をパチクリさせる私を見て、勇運くんは目を細めた。それは、とても柔らかい笑み。



「過去の自分を悔いるのは悪くない。俺だって、悔いて凹んでの連続だ。でもな――過去があるから、今もあるんだ。新しい希望を持てるんだ。今、お前にとっての光って何だよ?」

「!」



その時。

頭の中で、守人さんが浮かんだ。


以前「恋なんてしたくない」と、莉音ちゃんにぼやいた。だけど私は、確かに――恋をする楽しさを、思い出し始めてる。恋をすると、世界がキラキラして見える。今、私にとってのキラキラは、



――はい、行ってらっしゃい



守人さんの周りに、いつも嬉しそうに漂っている。



「……~っ」



そうか。そうだったんだ。私にとっての光は、守人さんだったんだね。


私は確かに、辛い事があった。だけど、その過去があったから……守人さんと会えた今があるんだ。いつまでも過去を悔やむという事は、守人さんと出会った事も後悔しているのと一緒。


それだけは、絶対にしたくない――



「ありがとう。勇運くん……っ」

「三石……お前、泣き虫だなぁ。ってか俺も……敵に塩を送ってどうすんだよ」

「ん?」



聞き返すと、勇運くんは首を横に振った。そして再び袖で、私の涙をグイッと拭き取る。



「じゃあ、またな。三石。危ないから外に出るなよ」

「ゆ、勇運くんも! 勇運くんが家に帰った時、メールをくれると嬉しいです」


「は? なんで」

「だって、心配だから……」



私は無事に帰れたけど、私を送ってくれた勇運くんも無事じゃないと意味がない。だから、無事に帰れたかどうか安心したくて、提案したんだけど……。


なぜか、勇運くんの顔が赤く染まっている。え、どうしたんだろう……?



「俺……三石の番号、知らないけど」

「あ、そうだったね。なら、今ここで交換しよっ」

「!」



更に深まる赤――冬なのに、夏の太陽にあてられたみたく顔が色づいている。勇運くん、どうしちゃったんだろう。やっぱり私の家で休んだ方が……!



「スマホ、出して。操作してもいいか?」

「え、あ、はい! もちろん」



私のスマホと、勇運くんのスマホを同時に操作する勇運くん。すごく器用……。今まで勇運くんがモテるって聞いたことあるけど……なるほど。これは確かにモテるよ。こんな優しい人、滅多にいないもん。



――手、借りるぞ



一緒に名前を書いた時の事を思い出して、心が温かくなる。勇運くんが書いてくれた私の字は、きっと、ずっと忘れないだろうな。


そう言えば……



――過去の自分を悔いるのは悪くない。俺だって、悔いて凹んでの連続だ



あれは、どういう意味なんだろう。勇運くんも、何か後悔している事があるのかな?


聞こうかどうしようか迷っていた時。「終わったぞ」と、勇運くんからスマホが帰って来る。画面を見ると、「一葉 勇運」とフルネームで登録されていた。ぶっきらぼうな感じがするのに、どこか几帳面な所が垣間見えて……フフと。少しだけ笑ってしまう。



「おい、なんで笑った……」

「ううん、何でもないよ」



私と勇運くん。お互いが、ニコニコと笑い合っていた今、この時。これからの私たちの関係に変化をもたらす出会いが、突然に訪れる。


それは――



「あ、おねーちゃんだ!」

「あら、本当。冬音、おかえり。調子はどう?」



曲がり角から現れた、弟の夏海と、お母さん。五才の夏海は手を繋ぐことは少なくなったものの、お母さんの隣をピッタリくっついて歩いている。


だけど、私の姿を見た瞬間。夏海は、私へ突進するように――全速力で走って来た。



「おねーちゃん~!!」

「わ、夏海。危ないよっ」



頭をグリグリさせて、私と会えた喜びを伝える夏海。夏海は来年小学生だけど、私と年が離れている事もあって……私に対して、まだまだ甘えん坊。



「……このにーちゃん、だれ? ねーちゃんの何?」



そして、独占欲も強い。「そんな言い方したらビックリしちゃうよ」と夏海に言った後。家族を紹介するために、勇運くんの方へ振り返った。



「勇運くん、紹介するね」



だけど――



「…………~っ」

「ゆ、勇運くん……?」



勇運くんの顔は真っ青で、そして――足も手も、何もかもが震えていた。



「ゆ、勇運くん? どうしたの、大丈夫?」



こんな勇運くん、始めた見た。まるで、何かに怯えてるみたい。もしくは――何かに怒っている、とか?でも、何に?


勇運くんの視線を辿る。

すると、そこには――



「ねーちゃん?」



なんと夏海がいた。



え――?

目の前が、真っ黒になる。勇運くん、夏海を見ただけで、どうして震えているの?



「勇運くん……、勇運くん!」

「っ! あ、悪い……。俺、帰る」

「え、ちょっと待って、勇運くん!」



だけど、勇運くんの足は止まらなかった。私たちから離れるため、絶え間なく交互に足が動き……そして、見えなくなる。



「勇運くん……」



一体、なにが、どういう事?

どうして勇運くんは、あんな顔して震えていたの?



「冬音ー? 今の方は?」

「あ、クラスメイト。今日たくさん私を助けてくれた、とっても優しい人なの」



お母さんは「そう」と言って、私の背中に手を当てる。



「じゃあ、またお礼をしようね」

「……うん」



お母さんの手が、温かい。勇運くんと一緒に名前を書いた時みたいだ。そう。確かにあの時は温かかった。だけど、



今は――



もう一度、スマホの画面に目をやる。そこに浮かぶ、「一葉 勇運」の文字。その文字が、さっきの勇運くんの表情と重なって……すごく尖って見えた。

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