第3話 うれしい呼び出し

「三石さんって、もっと取っつきにくい人かと思ってたよぉ。いつも静かだからさぁ」

「えと、無事に戻ってこられました……」


「良かったねぇ。で、何から戻ってきたの?」

「あはは……」



教室で、お巡りさんの幻覚を見た後。私にのど飴をくれた、隣の席の女の子――和気 莉音(わけ りおん)ちゃんと、楽しく話をしていた。



「のど飴、ありがとう。でもね、風邪じゃなくて……」

「そうなの? 良かったね! 受験本番って時に、風邪ひきたくないもんね~」



ニッと笑った莉音ちゃんの、茶色のショートな髪が、サラリと揺れる。小顔だから、とても良く似合ってて……いいなぁ。



「短髪、かぁ……」



すると、ポンと頭に浮かぶのは、お巡りさん。シューッと、やかんから蒸気が溢れるように。私の顔は、どんどん赤く染まった。



「ねぇ、冬音ちゃん。やっぱり熱あるんじゃない?」



莉音ちゃんは、ポケットから再びのど飴を取り出す。あぁ、違うの……っ。



「顔、赤いよ。保健室に行く?」



純粋に心配してくれる莉音ちゃんに、申し訳なくて。周りをキョロキョロした後、小さな声で囁いた。



「本当に、風邪じゃないの。

あの……聞いてくれる?」



そして「気になっているお巡りさんがいる」と、初めて人に話した。どういう理由で「気になっている」のか、自分で分からないまま。だけど莉音ちゃんに話した途端――なんと。すぐに、その答えが出た。



「そんなの決まってるじゃん。恋だよ、こーい」

「こ、恋……⁉」

「それ以外に、何かある?」



むしろ何で分からないの――という視線を感じる。うぅ……っ。



「でも私……前の恋愛で、嫌な思い出ばかり増えて」

「うんうん」

「もう恋なんてしたくないって……そう思ってたの」



話しながら、小さくなる私。遠回しだけど、成希の事を口にする事が出来た。だけど、その反動で気持ち悪くなって……。思わず、片手で口を覆う。



「どこぞのヒットソングみたいなこと言ってるけど……って、大丈夫? なんか顔、青くない?」

「……う、大丈夫」



じゃない――自分の事だから、よく分かる。あまり朝食を食べなかったのに、何かが込み上げてくる感覚の連続。吐き気が止まらない……。



「保健室に行こ、歩ける?」

「うぅん……」



力なく机に突っ伏し、ようやく取り出したハンカチを口元にあてる。もしも今、動いたら……絶対に出ちゃう。それだけは阻止しないと……!



「う~ん、困ったなぁ。どうしよう」



どうにかしようと、莉音ちゃんが必死に悩んでくれてるのが分かる。ごめんね莉音ちゃん。決して感染症うんぬんの類ではないから、安心してね……。


そして、私が必死に吐き気を逃がしていた時。この場に、第三の声が響く。



「どした?」

「あ、勇運くん。ちょうどいい所に来てくれた~」



心配した勇運くんが、どうやら話しかけてくれたらしい。私は体を起こせないまま、二人の会話を頭上で聞く。



「勇運くん、ムキムキでしょ? 何とかして、冬音ちゃんを保健室に連れて行ってあげてよ」

「別に鍛えてないけど?」



またまた~と言いながら、莉音ちゃんは席を立つ。そして「道を開けてー」と、クラスの皆に声を掛けた。

ん?“道を開けて”?



「おい三石、大丈夫か」

「うぅ……」



勇運くんが、私に問いかける。口を開くと、アレがアレしそうで……。フルフルと力なく、頭を横に振った。



「そうか。じゃあ――少しだけ我慢しろよ」



言うや否や。もしくは、ちょっと食い気味で。勇運くんは、私が座る椅子をガガガと動かす。そして筋肉質な腕を私の膝下。もう一方の腕を私の背中へと、素早く回した。


え、もしかしてコレ……お姫様だっこ⁉



「ゆ、うく……」



降ろしていいよ

重たいでしょ?


そう言いたくても言えない私に代わり、勇運くんが口を開く。



「どうしても我慢できなかったら、遠慮せずに出していいから」

「ぅ……?」


「お前を受け止める覚悟は、出来てるってこと」

「っ!」



お前を……っていうか、

私の××を!?


尚さら申し訳なくて、ゆるゆる首を振る。だけど、勇運くんは諦めなかった。むしろ、



「抵抗してもいいけど、ムダだぞ。

俺は、諦めが悪いからな」

「……っ」



諦めてもらおうとしたら、逆に諦めさせられた。本人の言う通り、きっと勇運くんは離してくれない気がする。



「勇運、まるで王子じゃん~」

「今度は私にもしてよね、勇運!」



いつの間にか、クラスの皆の花道が出来ていた。興奮している声が、アチコチから聞こえる。


吐き気の方に必死で気づかなかったけど……。モテる勇運くんが、一人の女の子をお姫様抱っこしてる――なんて、前代未聞だったらしい。教室はおろか、保健室に続く廊下まで。歓声や絶叫、色んな声が響いていた。



「勇運くん、ありがとう」

「別に。落ち着いて良かったな」

「うん……ご迷惑、お掛けしました」



現在、私は保健室のベッドで横になっている。勇運くんはベッド脇に立って、私の様子を気にしてくれていた。先生はというと「保護者に連絡入れてくるね」と、退室中。つまり、勇運くんと二人きり。



「保健室、暖かいな」

「……」



下から眺める勇運くんは、シュッとした輪郭が目立って……顔の小ささが、よく目立つ。そして、やっぱり。お巡りさんと、よく似ていた。



「どした、三石」

「な、なんでもない……っ」



目に映るのは、確かに勇運くん。だけど頭に浮かぶのは、



――はい、行ってらっしゃい



あの、お巡りさん。


ストーブのある部屋。ポカポカした温度にあてられ、私の頬がピンクに色付く。



「おーい、次の授業ってさ」

「ごめん、先に教室に戻って~」

「ねぇ、今日の小テストって――」



まだお昼休みの時間。色んな場所から、賑やかな皆の声が聞こえてくる。それが子守唄代わりになって……私はウトウト、まどろんできた。そんな中。



「なぁ、三石」

「……ん?」



今、名前を呼ばれた?


薄く目を開けると、勇運くんが私を見下ろしている。どこか真剣な表情で。そんな彼が、聞くことは――



「お前、もう大丈夫なの」

「だい……、ん?」

「その……」



言いづらそうに、私から目をそらす勇運くん。よく分からないけど……。吐き気は治まったし、今は眠たいだけだよ。だから、



「もう、大丈夫」

「……そうかよ」



ホッと安堵の息をつくように、勇運くんは分かりやすく肩を下げた。真剣な表情は消え、今では笑みが浮かんでいる。


勇運くん、優しいなぁ。コケそうになった所を助けてくれたし、吐きそうな私を保健室まで運んでくれた。今日は、お世話になりっぱなしだ。



「助けてくれて、ありがとう。勇運くんのおかげで……私は、大丈夫になれたよ」

「!」



目を開いた勇運くんが「っ、そーかよ」と頬をぽんっと染めて、顔を下げた。その反応が可愛くて……誰かとソックリで。私の顔が、自然とほころぶ。


あぁ、そうか。あの人は、



――今度は、こけないようにね



「お巡り、さん……――スー」

「……寝た」



まさか寝るとは思わなかったらしい。勇運くんは呆れた顔で、私の髪をくしゃりと撫

でた。



「一時はどうなるかと思ったけど。本当に、もう大丈夫みたいだな」



その時の勇運くんは、とっても穏やか。優しい笑みに、優しい瞳。教室で見る彼とは、雰囲気が違っている。


だけど「それにしても」と言ったあと。端正な顔が、少しづつ歪んだ。



「”アイツ”に熱い視線を送っておきながら、俺に、あんな事を言うんだもんな」



――勇運くんのおかげで、私は大丈夫になれた



「はぁ、気に入らねー」



ムッスリ顔の勇運くんは、今度は私の頬に手を伸ばす。そして、みよ〜んと伸ばして……、



「……ぷっ」



私の変な顔に堪えきれなくなったのか、思わず吹き出す。勇運くんは「くくっ」と笑いながら手を離し、赤くなった私の頬をゆるりと撫でた。



「ま、いっか。

コイツが笑ってるなら、それで」



困ったように笑っても、絵になる勇運くん。これでもかと優しい目で私を見つめながら、



「お前が無事で、本当に良かった」



そんなセリフを言って、近くにあったパイプ椅子を引っ張ってくる。そして音を立てず、静かに座りながら――眠る私の傍に、ずっと居てくれたのだった。


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